いじめの標的
あの日から私の日常は大きく変わってしまった。
龍生さんは姿を見せなくなり、そして誰かが龍生さんと私の会話を聞いていたのか、私に対するイジメが始まった。
初めはすれ違いざまに女の先輩と思いっきり肩がぶつかったり、歩くだけで同じ学年の子達に陰口を言われたりした。でも、凛と美月は龍生さんの事はなにも聞かず、今も変わらず仲良く接してくれていた。二人の優しさもあって私はまだ、精神的に追い込まれずに済んだ。
イジメが続いた二日目の帰り、三人で上履きから靴へ履き変えようとすると、美月の悲鳴が聞こえた。
「ーーきゃっ!!」
「美月! どうしたの!?」
隣にいた美月に振り向くと、その場でしゃがみ込み俯きながら震えた手で靴箱に指を指していた。
靴箱の中を見ると、全体的に白のスニーカーにピンクのラインが入った可愛い靴が、黒で乱暴に落書きされていた。その靴は、今日美月が登校した時、やっと買えたと話していたお気に入りの靴だった。凛は絶句し、自分の事のように悲しい顔で呟いた。
「ーーひどい...靴が...」
「そんな...私だけじゃないの?」
私だけならまだ何とか笑って過ごす事が出来た。
そんな私を見ていた周りは余程気に入らなかったのか、標的が美月に変わってしまった。それは、凛も例外じゃなかったのだ。
凛も自分の靴箱を開けると、生ゴミが大量に入っており、靴はもう使い物にならない程臭いが染み付いていた。
「ーー私もやられてる」
凛は鼻をつまみながら靴を持ち上げて、生ゴミ臭に顔を歪めている。私は自分がイジメられていた時よりも数倍、絶望感に襲われていた。
「凛も美月も私のせいでごめんなさい...」
悲しくてたまらず沈んだ声になり、肩に掛けていた鞄の紐をギュッと握り俯いた。
「気にしないで...やった本人が一番悪いもの」
「そうだよ! ほんと、性格悪いよね!」
美月も辛いはずなのに私を優しくなだめ、凛も明るく慰めてくれた。それでも私の悲しみは消える事なく、深く落ち込んだ。
「二人にまで酷い目に遭わせるなんて。美月も買ったばかりのお気に入りの靴なのに...」
もう一度、美月のボロボロになった靴を見る。
「大丈夫だよ? でもまあ、今日帰る靴がないのは困っちゃったけど」
美月は私が気にしないようゆっくりと靴箱の扉を閉め、眉を下げて軽く笑った。
凛も自分の靴を近くにあったゴミ箱に捨て、片足をちょっとだけ上げた。
「ーー上履きで帰る?」
「そんな...! 私の靴貸すからーー!?」
恥ずかしい思いをさせられないと急いで靴箱を開けると、私の靴は原型をとどめていない程切り刻まれているひどい状態だった。
靴箱を見て固まっている私に二人は近づいて靴を見ると、凛と美月は目を見開いた。
「ーー私達よりひどい状態じゃん」
凛は苦い顔をして私を見る。美月は切り刻まれた靴のカケラを一つずつ手に取っていく。
「容赦ないね...」
「本当にごめん」
ボロボロになった靴の悲しみより、二人に何もできない私に落ち込んでしまった。
「ーー上履きで帰ろっか!」
凛は更に明るい声を出して、動けずにいた私の手を握り校門まで引っ張っていく。すると、横にいた美月も私の肩に優しくポンッと置き顔を覗かせた。
「小夏、気にしなくていいからね?」
「ごめんなさい...」
二人には謝っても謝り足りない。弁償しようと美月に靴の値段を聞くと、『やった本人に弁償してもらう』とちょっと怒りを込めた口調で言った。
♢
次の日、私は我慢の限界が来てしまった。
登校して教室に入った時も、三人の机は落書きでいっぱいになっていた。そして、私達は化学室から教室へと移動しようと階段を降っていた時だった。
ーードンッ
横にいた凛が突然突き出て、勢いよく階段から転げ落ちたのだ。
「ーー凛!!」
「キャーーー!!」
私は反射的に名前を叫びながら手を伸ばすが間に合わず、美月は悲鳴を上げしゃがみ込んだ。周りにいた人たちは目を見開き固まっている。
私は急いで下で倒れている凛に駆け寄り、美月は階段の真ん中で固まり恐怖で動けずにいた。
「ーー凛! 起きて! 起きてよ凛!」
頭を強く打ったのかもしれないので揺さぶることはせず、何度も肩を強く叩いた。
すると、凛は小さく身動きをしゆっくりと目を開けた。
「ーーんっ いたたっ」
頭じゃなく背中を強く打ったのか、起きあがろうとして痛みが出た腰に手を当てながら顔を歪めた。
「ーー大丈夫!? 美月、凛起きたよ!」
目覚めた凛に一安心し、階段の上で動けていない美月に振り向き手招きをした。すると、美月は勢いよく立ち上がり急いで私達の元へと降りていく。
「凛! よかった...よかったよ〜!」
凛と目があった美月は目に涙を浮かべ、上半身だけ起き上がった凛に抱きついた。
「いたっ! 痛いよ、美月!」
本当に痛いのか少し怒り気味になる凛に美月は気づかず、バッと顔を上げて両肩を掴んだ。
「ーーそうだ! 保健室行こ! 先生呼んでくるね!」
美月は保健室へと走ろうと立ち上がった時、周りから囲まれていた隙間から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ーーこんな所でどうしたの?」
数学の教科者を持った純也先輩が、注目を浴びている私達を不思議そうに首を傾げていた。
「純也先輩...!! 助けて下さい!」
純也先輩にイジメが原因の事は言わず、凛が落ちたとだけ説明すると、先輩は驚いた顔をして急いで凛をおんぶし、保健室まで連れて行ってくれた。
♢
打撲だけで済んだ凛は、保健室の先生に手当てをしてもらった。元気そうな凛を見て、純也先輩と私はホッと息を撫で下ろした。
「大怪我じゃなくてほんと良かったね」
「そうですね...良かった」
階段から落ちた凛を見た時は血の気が引き、震えが止まらなかった。あんなにヒヤッとした思いは初めてだった。ベットで横になっている凛は、純也先輩にお礼を言った。
「助けてくれてありがとうございました」
純也先輩は優しく微笑み、気にしないでという風に首を横に振った。すると、次の授業まで五分前の鐘が鳴り先輩は慌てた。
「ーーじゃあおれは移動教室だから行くね!」
私と美月は凛のことが心配で次の授業に行く気がなく、保健室に残った。
すると、凛が静かに口を開いた。
「ーー先輩にいじめのこと言わないの?」
「余計な心配かけたくないから...」
純也先輩は今年受験生だ。勉強で忙しいだろうし、とても優しいから私達の事を心配してくれそうでまだ甘える事は私には出来ない。
凛と美月は顔を見合わせると、すぐに美月は私に顔を向けた。
「聞いてもいい? 龍生先輩と小夏はどういう関係なの?」
巻き込んでしまった手前、もう誤魔化すことはできないと、私は意を決して二人に話す。
「ーー赤い糸で繋がってるの」
二人は驚く。凛は戸惑っているのか、ちゃんと聞こえていたはずなのにもう一度聞き返した。
「ーーえ!? もう一回、言って?」
「龍生さんと私、赤い糸で繋がっている運命同士なの」
私ははっきりと言葉にすると凛は黙り込み、次は美月が口を開いた。
「どういうこと? 純也先輩が運命の相手じゃないの?」
「純也先輩も龍生さんも私の運命の相手だよ。私の両手には、二つの赤い糸があるの」
二人は信じてくれるだろうか。幻滅されるんじゃないかと不安になり、私にしか見えていない赤い糸を膝の上で弄る。だが、二人は私の不思議な赤い糸を信じ美月は納得したように話した。
「だから、龍生先輩とも仲が良かったのね」
私の話を二人はすぐに信じてくれ、心の底から信頼できなかった私は罪悪感でいっぱいになった。
「...隠しててごめん。でももう安心して! 私二人から離れるから。だから安心して学校生活送れるようになるよ」
私は安心させれるよう精一杯の笑顔で二人を見ると、凛はだんだん怒った表情になり、痛いはずの上半身を起こした。
「何言ってるの!? 私達は大丈夫だよ!」
凛の言葉に美月も大きく頷いているが、それでももう私は二人に甘えることなんてできなかった。
「これ以上、二人を危険な目に遭わせたくないの!
このまま一緒に居たら、次は美月が危険な間に合うかもしれない。そんなの耐えられないよ...」
私は必死に二人を説得し、美月と凛は渋々承諾してくれた。そして、『耐えられなくなったらすぐ私達を頼ること』そう約束した。
体育祭までの三日間、私は一人でイジメを耐え続けた。だが、私も予想しなかった事が体育祭の日に起こるのだ。
純也先輩の一人称を僕→おれに変更します!




