48.召喚士と試練の渦 4
「誰が召喚されたって? アタシのことを言っているなら、その口を八つ裂きにしてやろうか」
「エルフのくせして言うじゃないか!」
ユーベルは俺に言葉を投げかけた後、すぐにマリムに襲い掛かっていた。
岩と土が入り混じった部屋の中を自由自在に動き回るマリムは、土の妖精だけあって、ユーベルの攻撃は確かな感触を得られていないように見える。
目に見えているマリムの核と呼ばれる部分は、人の姿をした彼女では無いということなのか。
「ちっ……これだから実体を隠す妖精は嫌いなんだ」
ユーベルが手にする短剣は刃先が鋭く、触れた岩はすぐに切り込みが入っている。
それなのに、マリム本人にはかすり傷も負わせていない。
側面の壁を利用して壁から壁へと跳び続けるユーベルは、俊敏で攻撃性のある動きを見せている。
ここまでの動きが出来ていながら、ルムデスとの戦いでは見せる間もなく、神聖魔法にやられていた。
それとも”敵”として認めた相手じゃないと、今のような動きで戦わないということなのか。
「ちぃっ! てんで手ごたえを感じられないな。やはりライゼルじゃないと見せないか?」
「え? 俺が何?」
俺に話しかけながら狭い空間の中で、ユーベルは、上手く壁を蹴りながらマリムに攻撃を当てている。
しかし土の妖精であることの優位性なのか、マリムを劣勢にすることが出来ないようだ。
「あっはっはははは!! エルフがその程度かい? あたしに連続攻撃を浴びせようが、致命的な一撃すら当てられないじゃないか! どんなもんかと見ていたけど、そろそろ飽きちまったよ」
マリムの言葉通り、ユーベルの連続攻撃はダメージを全く与えていない。
俺の言葉によって助けに来てくれたはずなのに、力の差は歴然なのだろうか。
「おい、ライゼル! この短剣を受け取りな!!」
「へ? うわっ――ったっ、と……ええええっ!?」
「アタシの短剣にお前の魔力を込めなよ! そうじゃなきゃ、妖精に傷なんざつけられないんだよ」
「ま、魔力を?」
「それが出来ないんなら、お前がその短剣で妖精に向かって斬りつけな! 召喚が出来ないんなら、それくらいやりなよ」
「そんな無茶な……」
召喚士として手にするのは主に杖だ。
それでも短剣くらいは自分の身を守るつもりで、懐に入れておくことはある。
そうだとしても実際に使用したことは無く、する間もなくトルエノたちを仲間に出来た。
「ちっ、戦う気になったんなら、やれよ! アタシが代わりに刻んでやろうか?」
「ひぃっ!! や、やるから。俺がマリムに向かうよ!」
「……吹き飛ばされたら、受け止めてやるよ。遠慮なく行きな」
「ううっ……何で召喚士がこんなこと」
ユーベルが手渡して来た短剣は、何かの骨を研いで作った短剣に見えている。
何の骨なのかは聞かないでおくけど、さしずめ『ボーンナイフ』といったところだろうか。
「へぇ~? あんたに交代かい? 壁を飛び回られることは無いから、気楽だねえ」
「よ、よしっ……」
「エルフでも当たらなかったんだ。あんたに何が出来るってんだい?」
土の妖精マリムは、ずっかりと油断をしている。
召喚こそ未だに出来そうな感覚を得られていないけど、短剣で攻撃をするだけなら俺でも出来るはず。
「せ、せあああああ!!」
こんなにも手にする短剣を力いっぱい握ったことなんて、記憶に無い。
そのせいか、思わず声に出して余裕を見せているマリムに向かって、短剣を突き刺した。
そしてそのまま可能な限りの力を出して、ユーベルのように岩を斬りつける。
当然のように、マリムは人の姿から岩や土に紛れて、実体を隠し続けているままだ。
「ライゼル。そのまま力尽きるまで、岩や土の壁を斬り続けな!!」
「はぁっ、はぁっ……え、ええぇ」
一体何をし続けているんだろう。
これをしたからといって、召喚出来るわけでもないのに。
「な、何だい……!? さっきと違――ああぁがぁっ!? く、崩れる……」
何度も何度も、右に左に斬り込みを入れていただけなのに、マリムの様子が変わった気がする。
血に近いと言っていいのか、彼女を守っていた土壁がボロボロと崩れ、鮮血色の粉塵が辺り一帯に広がった。
ユーベルでは何も起きなかったのに、一体何が起きているのか。
「……やはり」
「へ?」
「そのボーンナイフには、魔力を注ぐことが出来る。ライゼルはさっき、そんなことは出来ないって言っただろう?」
「出来るはずが無いよ」
「無意識なんだろうけど、無我夢中で攻撃を続けているうちに、お前の手……いや、召喚に使うべく魔力をナイフに注いでいたのさ! それの影響で妖精にダメージを与えられているわけだ」
「魔力を……? そんな、そんな感覚なんて無かったのに……」
「ほら、見なよ! ”核”を露わにした妖精が実体を見せた」
ユーベルのいう核とは、人間でいう心臓みたいなもので、それと同時にマリムの本当の姿が徐々に明らかになって来ている。
「ライゼルは気付いてないんだろうけど、”弱点”に無意識の力で触れることが出来るのさ。最初の悪魔にも似たようなことをしたんじゃないのか?」
弱点という大げさなものでも無い気がするけど、確かにトルエノの翼に触れて、そこからだった気がする。
『ふぅーーはぁぁぁー……あっはははは! 何だい、あんた戦える召喚士じゃないか!!』
本当の姿を見せたマリムは、イビルに似た……いや、それ以上に大きく、それでいて全身に盛り上がった筋肉と相まって、何とも包容力のある胸部を感じさせている。
「正体が分かれば、後はアタシがやる。ライゼルは、その短剣を大事に――」
「俺がこのまま彼女に向かうよ。ユーベルは、そこで休んでいて」
「……やっとその気になったわけか」
マリムを”殺す”気は無い。
だけど、彼女が召喚の類なら、力を示す必要がある……そう思えた。
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