―第壱拾弐章 月影のサポーター―
「……ん」
「起きましたか、兄さん」
「歩美?」
起きたら目の前には真っ白な天井と、涙を浮かべている歩美の顔があった。
俺は身体を起こした。
「あれ……ああ、そうか。俺、撃たれたんだっけ」
「そうですよ、兄さん。はぁ……よかったぁ……ふ、ふぇ……」
あーあー、また泣いちまって。泣き虫だなぁ。
「よーし、よーし。もう大丈夫だよ。お兄ちゃん、もう平気だ」
「兄さぁん」
俺に抱きついてくる歩美。……心配してくれてたんだな。
俺は歩美の頭を優しく撫でる。可愛い妹だ。
「……あ。樹里は? 樹里はどうした!? 無事か!?」
「は、はい。樹里さんだったら残りのヤクザを捕まえに、鏡花さん達と出かけましたよ」
「そ、そうか……よかった。無事かぁ……」
「よくありません!」
歩美が珍しく声を大きくする。目つきも厳しい。
「兄さん、今回は無事でした。ですが! 外科医の方が言っていました。あと少しでもずれていたら兄さんは死んでいたと!」
俺に怒るように言う歩美。
「もっと自分を大事にしてください。兄さんが撃たれて、どれだけの人がどれだけ心配したと思っているんですか。それをしっかり考えたうえで、行動してください」
歩美のその言葉は……俺への心配で溢れ返っていた。……そうだよな。
「ごめん。本当にごめん。……その……約束だったからな。樹里との」
「……兄さん、思い出したんですね。六年前のこと」
「ああ」
全て思い出した。樹里とのあの約束を……。忘れちゃいけなかった、とっても大切な約束を……。
歩美はそれを聞いて優しい顔になる。……まるで、母さんみたいな顔だった。
「兄さん。私は……樹里さんは、きっと喜ばないと思いますよ」
「え?」
「兄さん……誤解していませんか?」
「な、なにがだ?」
歩美の意外な言葉に、俺は困惑する。
「兄さんが樹里さんの立場だとしましょう」
「あ、ああ」
「兄さんは……自分を守るために樹里さんが犠牲になってしまったら、どう思いますか?」
「――――っ」
「嬉しいですか?」
「……いいや、全然嬉しくない」
そんなの……全然嬉しくなかった。歩美が柔らかく微笑む。
「でしょう? きっと樹里さんもそう思ったと思います。約束にも限度っていうものがあります。約束を守るのは当然ですけど……やっぱり、私たちは人間です。守れないことだってあるんです」
「……ああ」
「樹里さんは……『守れないこと』まで兄さんに要求するほど、貪欲な人ではありません。だから……きっと兄さんが自分を庇って重傷を負ったときは、罪悪感で溢れ返っていたと思いますよ」
「……俺は……」
なんてことをしちまったんだ。そんなこと考えていなかった。
「俺は……バカだな。そんなことに気付かないなんて……」
「はい。バカです。ですが、それも人間なんですよ。大切なことは、他人に言われないと気付かない。みんな鈍感なんです。だってそれが人間なのですから」
「歩美……」
「兄さん。いいんです。失敗から学ぶことだってあります。もう……これからは自分の身体を張るって考えはやめてくださいね。守るんでしたら……相手と自分。ふたりとも無事で帰れるように守るんですよ」
「……はい」
俺は……それを痛感した。……そうだよな。俺は樹里と、樹里のために俺が死ぬような約束をしたわけじゃないんだ。
「わかってくれたんなら、いいです。……しばらくの間、ゆっくり休んでいて下さいね。じゃあ、私、一回家に帰ります。作業がありますので」
歩美はそう言って、ここから退出した。
「やっぱり……いい妹を持ったな、俺は」
歩美は……とってもいい子だ。こんな俺とDNAが一緒なんて到底思えないほど……賢くて、優しい妹だ。
歩美に言われた通り……もう少し寝ていよう。
――??? story――
ここか。この病院。
私は俊輝がいる病院の前に来ていた。ったく、撃たれるなんて、なにしてんのよ……。
「さって……アイツの様子でも見に行くか」
私は院内に入る。受付の方へ向かい、
「すみません、私、こういう者なんですけど」
自分のSICの手帳を受付のひとに見せる。
「は、はい。もしかして……杉並俊輝さまに……ですか?」
「まぁ……そうですね。ちょっと彼に会いたいので、彼がいる病室を教えていただきませんか?」
「はい。三階の308号室です。どうぞ」
「ありがとうこざいます」
三階の308号室……よくよく見たらVIP室じゃない。いいところにいるじゃない俊輝。……うん、なんだか腹立ってきた。絶対に後でイジメてやる。
「さーて、気合を入れさせようか」
308号室に着いた私は勢いよくドアを開ける。
そこには……寝ている俊輝がいた。……なんか可愛いわね。……って! ヘンなこと考えない!
「くぉら! 私の生徒! いつまで寝てんのよ!」
私は寝ている俊輝に腹パンを喰らわせる。……ふ、クリティカルヒット!
「ぐへぁッ!?」
目をパッチリ開けて飛び起きる俊輝。額には汗を掻いていた。
「痛てて……げぇ! 響!?」
「なにその反応! ひっどいわねぇ!」
「いやいや! なんでおまえみたいな凄ぇやつがこんなところにいるんだよ!」
おっ。私が「凄ぇやつ」だって。褒めてくれたわ。それは嬉しいかも。
「いやぁ……ね。私が助っ人だったから」
「え?」
意外そうな顔をする俊輝。
「仕事の都合上、こんなに遅れちゃったけど……まだ獲物はいるんでしょ?」
「お、おう。いるぞ。ふたりほど」
「ふたり……か。ちょっと物足りないわね」
「いいよ、物足りなくて。それにしてもおまえが助っ人かぁ……頼りがあるな」
「う……」
どうしてそんな恥ずかしいことを素面で言えるのかしら、アンタは。
「ったく……アンタはなに撃たれてんのよ……」
「ああ……ごめん。心配かけたか?」
「べ、別に心配なんてしていないわよっ。勘違いすんなっ」
「ご、ごめん」
「えっと……謝らなくていいから、行きましょうよ」
「え?」
……ん? 「え?」?
「アンタ……まさか、みんな働いているのにひとりで休んでいるわけ?」
「い、いやぁ……俺は怪我人だぞ?」
「そんなの自分が勝手につけたもんでしょ。そんなに元気になったんなら、行くわよ」
「で、でも――」
「い、く、わ、よ?」
「わ、わかった……」
よし、喝も入れたし、もう大丈夫っしょ。
「ほら、行きましょう。武器は……ああ、あのバッグの中ね」
「……よくわかったな」
「生徒のことを指導するのが私の役目。アンタは私の可愛い生徒なんだから、勝手に死んだり弱音はいているんだったら怒るわよ」
二カッと意地悪な笑顔を浮かべてやる。
「ああ……そうだったな。行こう」
「よし! そのイキよ、私の生徒! ようやく私も戦れるんだから、鏡花たちに取られる前に取るわ!」
こうして、私は俊輝を連れ出し、ヤクザイジメを開始した。
To be continued




