―第漆章 月影のドリーム―
「お父さん! お母さん!」
ひとりの少女が……炎が渦巻く建物の中で血を流して倒れている両親を抱えて……泣き叫んでいた。そして……場面は一転。
俺は気がつくと、その少女と一緒に燃える建物の外にいた。そして……。
「……だったら――」
少女の言葉はそこで途切れた。
これは夢。目覚めると霧散してしまう……儚い夢だった。
❁ ❁ ❁
「ふぅ……治った治った」
一回寝ただけで風邪が治ってしまった。なんか悲しい夢を見たが……。温度計が平温を指しているから間違いない。しかし。
「しゅ、俊輝ぃ……私、まだ痛い……」
……樹里はまだ、治っていなかった。熱もちっとも下がっておらず、顔色も悪い。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない……」
あたりまえだった。
「おまえも明日あたりには治るさ」
俺はそう言って、ベッドから出る。うん。ちゃんと立てるし、もう大丈夫だろ。
「……俊輝……どこ行くの?」
「いや、俺は下に――」
「――行かないで」
俺の腕を掴む樹里。しかし風邪のせいで弱っているのか、全然力が入っていない。
「寂しい……こういう日ぐらい……私だけを見てよ……」
樹里のその言葉は懇願に近かった。…………。
「ごめん、わかったよ。そうだな。病人をひとりにするなんて、非情だったな」
俺は部屋の椅子をベッドの近くに持ってきて、俺はそれに腰かける。
「……ありがとう……俊輝……」
ニコッと笑う樹里。しかしその笑顔は、やっぱり普段の樹里のものではなかった。
「あのさ……私のお父さんとお母さんのこと……」
「なんだ?」
「喧嘩……じゃなくてね、いないんだよ」
「やっぱり仕事に忙しいのか?」
「……違うわよ」
樹里は悲しそうな顔で言う。
「死んじゃったわ……」
「…………っ」
そ、そんな……。
「亡くなられたのか?」
「……うん。六年前に……ね」
……六年前?
「それって……俺とおまえが出会って間もない頃じゃないか」
おかしい。俺は確かに樹里の両親と会っている。俺に優しくしてくれたことも覚えている。……なのに六年前に亡くなっている? なにがあったんだ、六年前に。
「――――っ」
突然俺の頭の中になにかの映像がフラッシュバックする。……それは、俺が鏡花たちのことを思い出した時の感覚とまったく同じだった。
――優しい笑顔……子供の樹里と遊ぶ俺……午前三時四十八分に止まった大時計……炎上する建物……そして……なにかを言う樹里……。
それだけだった。俺の脳裏に出てきたのはその光景だけ……。でも、燃えている建物は俺が見た夢に似ていたような気がする。
「俊輝?」
「え? ああ、悪い。考え事を、な」
樹里にそう返す俺。どうやら呆けていたようだ。
「ねぇ、俊輝」
「ん? なんだ?」
「私ってさぁ……俊輝にとって、どういう存在かな」
……ん? どういう意味だろう。俺にとっての樹里の存在? そんなの――。
「頼りがあって、大切な存在だと思うぞ」
樹里のおかげで俺は救われた。樹里がそばにいてくれたから、俺は勇気を持てたし、強くなれた。……あれ? 強くなれた? なんでそんなことが断言できたのだろうか。自分でもよくわからない。でも……それは俺がずっと思っていたことだし……あれれ? なんでそう思うようになったんだ?
「どうしたの? 俊輝」
「ああ、いや、考え事だ。うん」
まぁ……そんなことどうでもいいか。
「ありがとうね。……私のこと……そう、思ってくれてたなんて」
心底嬉しそうな顔をする樹里。
「らしくないな。いつもなら、『当然のことね』って言ってそうなのに」
「あら? そうかしら。……うん。そうかも。やっぱり……ヘンだなぁ、私」
「樹里?」
途端に寂しそうな顔になってしまった。
「少し……俊輝と距離が出来ちゃったって感じただけで……こんなになるなんて……私どうかしているわ」
……距離ができた?
「距離ってなんだよ」
「……なんでもないわ。忘れて」
なんでもなさそうだけど……本人が言うならいいか。下手に問い詰めると樹里も辛いだろう。
「そうか……でもいつか、話せるときがきたら聞かせてくれよな」
俺は気の利いた言葉を言えるほど器用じゃない。なら不器用なりに今はそっとしておくことにした。
「……ありがとう……私が寝るまで……もう少し、ここにいてくれる?」
「ああ、いてやるよ」
樹里は笑って、目を閉じた。
今は寝て元気を取り戻せよ、樹里。俺はちゃんとここにいるからな……。
――Zyuris story 安心――
……あれからどれくらい寝たのかなぁ。
私……芹沢樹里は目を開けた。……もう頭は痛くない。熱は下がった。
「うーん。……ん?」
私はベッドから起き上がり背を伸ばしていると……。
「俊輝……」
私は椅子に座ったまんま寝てしまっていた。…………。
「……本当に……ここにいてくれた……」
可愛い寝顔をしている俊輝。……俊輝は性格上、嘘はつかないけど……本当に、ここにいて私だけを見てくれた。
「……私……バカみたい……」
少し自分との約束を忘れられちゃっただけで……しかも、凄く……仕方のない理由で忘れちゃっているだけなのに……寂しがっちゃって……。
でも、やっぱり思い出して欲しい。自分にとって大切な約束を忘れられることは辛すぎる。
「……でも……」
俊輝は……鏡輔はやっぱり、性格は変わっていない。素直で不器用で……その……優しい。
「ありがとう、俊輝」
寝ている俊輝にお礼を言う。…………。
「あんたは……ズルいひと」
私の心を動かしてばっかりで、自分はそれを当然のように振舞っている。だから、みんなあんたのことを好きになっちゃうのよ。……その……私も。
「でも……しかたないわよね」
それが俊輝なんだから。そして……そんな俊輝が好きになってしまったのだから……。
私は俊輝のほっぺを撫でてみた。……そして――ちゅっ。
その頬に……柔らかくキスしてみる。
「……はぅ……」
自分でしておいて、こんなにも恥ずかしく感じてしまう。……綺羅先輩はこれを唇同士でやったんだもんなぁ……。
「……もう少し、頭を冷やしましょう」
私は自分の部屋に戻ろうと、立ちあがる。少しこの部屋から出て行くのは名残惜しかったけど……今はこれで充分。俊輝は私の願いをひとつ、聞き入れてくれた。
「……よっしょ」
私は俊輝を抱き抱え、ベッドに眠らせる。座ったまんまの体勢で寝るのは負担がかかるから。……それにしても私。こんなに腕っぷしが強いんだなぁ。俊輝を軽々と持ち上げられた。私がこうなったのも、俊輝のせいなのよ? 覚えてる?……覚えてないか。
「じゃあ、おやすみ俊輝」
私は自分の部屋に向かった。
To be continued




