―第肆章 月影のインスタビリティー―
「俊ちゃーん。上がったよー」
「おう」
少し経って、優稀菜が風呂から上がったらしく、俺を呼ぶ。
当たり前のことだが、俺は女の子たちの一番後に入る。だが、樹里は今も寝ているらしく、呼んでも出てこない。
「はぁ……樹里……元気になってくれないかな」
シャワーを浴びつつそんなことを考えていると……イヤな予感がした。
――がちゃ……。
予想的中! 誰かが風呂場に入ってくる! だ、誰だ!? 優稀菜か!? 鏡花か!? それとも綺羅先輩か!?
驚いて振り向く……と。
「……樹里?」
目をとろんとした樹里が立っていた。
「樹里ごめん。今俺が入っているから、少し待っててくれ――」
「――いい」
「ん?」
「そのままでいい……一緒に入ろう」
全裸の……生まれたままの姿の樹里が侵入してくる! お、おい! 樹里!?
「じゅ、樹里! そんなに入りたかったら俺あが――」
「――らないで。……俊輝は……私とお風呂に入るのイヤ……? 鏡花や……優稀菜たちのほうが……いい……?」
いや、誰とも入れません。そう言いたかったのだが……この樹里の様子。「あのひ」とやらが関係しているのか、酷く弱々しい。
「わかった。わかったから……そんな悲しい顔をしないでくれ」
樹里に悲しい顔ををさせるくらいだったら、俺は我慢して樹里の願いを叶えてあげるほうがいい。なに、俺の理性が耐えればいいだけだ。
「ふにゅぅ……」
樹里が俺の背中に抱きついてくる。すると……俺の背中に柔らかいふたつのモノが押しあてられ、俺の心拍数がグンっと上がる。同時に女子特有のミルクのような甘い香りが漂ってくる。……が、我慢だ。我慢しろよ。
「ふぅ……俊輝ぃ……」
「な、なんだ?」
「私……可愛くない?」
……は?
「なに言ってんだ。樹里は可愛いよ」
「……ウソじゃない?」
「ウソなんかついてどうする? 素直に樹里は可愛くて魅力的な女の子だ」
「……じゃあさ……」
樹里が俺を自分の方に押し倒す。不意を突かれた俺は、樹里の方に倒れ込んでしまう。
すると……もにゅん。
俺の顔面が物凄く柔らかくていい匂いのするモノに押し当てられる。
「ゃん……ぁぁあん!」
艶っぽい声を漏らす樹里! こ、こんな樹里の表情見たことない! 俺は明らかに動揺する。
「……はぁ……はぁ……俊……輝……」
「な、なんだ?」
「揉んで……」
「!?」
樹里のその魔法の言葉に俺の身体の色々なところが反応する! や、やばいぞ! 今の樹里は普段とのギャップがあり過ぎる! おかげで俺の理性が耐えられるか、怪しくなってきた! く、くそっ!
「ねぇ……俊輝は……私の身体じゃ……物足りない……?」
「ど、どういうことだ?」
「……私の身体じゃ……性的に満足できない?って訊いてるの」
「――っ! お、おい! 樹里! お、おまえ!」
なんでそんなにエッチな娘になっているんだ! 「あのひ」とやらはこんなに凄い状態になってしまう黒魔術の類なのか!? 怖い! て、てか、今気がついた! み、見えてるぞ! その……ピンク色のモノが……っ!
「ぁん……俊輝ぃ……わ、私を奪……って……」
「グハッ!」
ついに俺の鼻から血が噴き出す! お、おいおいおいおいおい!
「じゅ、樹里! い、いい加減にしてくれ! こ、これ以上は無理だ!」
思わず怒鳴ってしまう俺。すると樹里はビクンっと肩を震わせる。そして……目から涙で潤ませてしまう。
「ご、ごめんよ、樹里。傷つけちまったか?」
「……い、いいの……で、でも……っさ……お、お願い……だから……私を……嫌いにならないで……」
「――――」
俺は震えながら言う樹里のセリフに絶句する。……嫌いになる? 俺が? 樹里を?
俺は少し真剣に樹里の目を合わせる。
「樹里。俺がおまえのことを嫌ったりするわけないだろ? あんまりそういうことは言うな」
「じゃあ……好き?」
樹里は元気がない瞳のまま、俺にそう訊ねる。
「好きに決まってんだろう。おまえは俺の大切な幼馴染だ。今も昔も、ずっと俺を見守ってくれた最高の親友だよ」
少し恥ずかしかったが、樹里が元の明るい樹里に戻ってほしい俺は、正直に答える。
「……そっか……私……嫌われ……てない……」
「嫌うわけないだろ。……俺は、樹里……おまえを守ってやれてなかったか?」
俺は昼間のことを聞いた。
「……ううん。そんなこと……ない……私……心が弱いから……不安定になっちゃっているだけ……」
再び俺に抱きついてくるが……俺は抵抗せずにそのまま受け止める。
「風邪引くから入ろう、樹里」
「……うん」
俺と樹里は風呂に浸かる。
「……私……弱いから……メンタルが……鏡花たちよりも弱いから……寂しくなっちゃって……」
「なんで寂しくなっちゃったんだ?」
「……最近……俊輝……私よりも他の女の子と付き合うことが……多いから」
……確かに。樹里よりも鏡花、優稀菜、綺羅先輩、歩美といるほうが多かったかもしれない。SICにいるときもシルフィアや響といる方が多かった。
「ごめんな……おまえを放っておいたわけじゃないのに……」
「しょうがないっていうのは……わかってる。私は……十二番隊だから……俊輝とは……違う隊だから……あんまり会えないのはわかってる……けど」
ギュっと俺に抱きついてくる樹里。その肩は震えていた。
「寂しかった……わ、私は……俊輝と働きたかったのに……一緒にいたかったのに……離れ離れになって……私以外の女子を見てるって思ったら耐えられなくて……」
「樹里……」
「二年前は……一緒に働けて嬉しかった……けど! 少ししたら記憶を失っちゃって……目覚めたときの俊輝の言葉が忘れられなくて……私……もう壊れちゃいそうだった」
「なんて言ったんだ、俺」
「……『君は誰?』……そう言ったんだよ。俊輝」
「!」
そ、そんなこと……言ったような気がする。俺は……マジで記憶がなかったから。
「……ありがとうね、俊輝。こんな弱い私のわがままを聞いて貰って……」
「いや……いいから、落ち着いてくれ。……早く元の樹里に戻ってくれ」
「……うん。がんばる……」
樹里にとって、俺に意識されていなかったことが相当寂しかったんだろう。今日はもうなにも言えない。
「……しゅ、俊……輝……か、身体が……」
「ん?」
気がついたら、俺は樹里に思いっきり後ろから抱きついており……手が樹里の胸をもろに揉んでいた!
「ご、ごめっ――」
俺は慌てて離そうとする……が、樹里は俺の手を掴んで、再び自分の胸に押し付けた。
柔らかい膨らみは女子の鏡! 凄くバランスが整っていて馴染みやすく、年頃の女の子の感触だった……って!
「じゅ、樹里!?」
「……ぁ、ん……俊輝が……してくれたぁ……」
パアァっと顔を光らせる樹里! な、なにが起こってんだ!?
「ふぅ……私……熱くて……脳がとろけそう……お風呂のお湯のせいかなぁ……」
ブッ! 樹里の甘いSの言葉に再び俺の鼻から鼻血が噴き出す!……や、やべ……風呂の熱のせいもあって頭がくらくらしてきた……。
「しゅ、俊輝? 俊輝!」
樹里が叫ぶが……俺はのぼせてしまった。……意識が途切れる前になにやら柔らかい感触がしたが……なんだったのか、わからない。
❁ ❁ ❁
「……大丈夫?」
気がついたら、俺はソファに横たわっていた。
鏡花たちが心配そうに俺を眺めている。
「俊ちゃん、お風呂でのぼせてたよ?」
「もう少しでおでん状態だったわ」
「そ、そうか。みんな心配かけたな……あれ? 樹里は?」
さっきまで一緒に風呂に入っていたはずの樹里がいなかった。
「なんかすっごく上機嫌そうにしていたわよ。部屋で寝るって。っていうか! なんであんたと樹里がお風呂に一緒に入っていたわけ……?」
「うんうん」
「それ結構気になるなぁ……」
「兄さん……?」
「ひぃぃ!」
怖い! 怖いよ!
「あのな、樹里が問答無用で入って来ただけだよ。お、俺は知らん」
「あー、そうやって誤魔化すんだ」
「いやいや、本当だって。……それにしても、誰が俺に服を着せてくれたんだ?」
『!?』
俺のその疑問に女性陣が頬を赤くし、もじもじしている。……まさか……。
「おまえら……か?」
『………………』
全員、ますます頬を赤く染め上げて行く。
「い、いや! そ、その……見ていない……わよ?」
「嘘言いなさい。あなた達凝視してたじゃない」
いつの間にかリビングにいた樹里の言葉に俺は戦慄する!
「し、していないわよ……」
「……た、多分……」
「あ、歩美ちゃん、なにも……してないよね?」
「は、はい……はふ……」
……この反応。絶対見られた。……なんだこの恥ずかしさは。
「はぁ……まったく……まぁ、私も見たけど……」
さらっととんでもないことを言う樹里。聞かなかったことにしよう。
「ゴメンなの! 俊ちゃん! お詫びとして優稀の大切なところの全部見せてあげるの!」
優稀菜はそう言うと……いきなり服に手を掛け、服を脱ぎ始めた! お、おい!
「ちょ、ちょっと優稀菜!……わ、わたしも……ッ!」
「なら私も!」
「私もです!」
それに続けとばかりに鏡花、綺羅先輩、歩美も服に手を掛ける!
「うわー! あー! いい! 脱ぐな! 結構だ! 俺はなんにも気にしてない!」
俺は必死で制止の声を上げる!
しかしみんな声が聞こえていないらしく、服を脱ごうとする!
「もう……みんな。そんなに強引に俊輝に迫ったら、嫌われちゃうよ?」
『!?』
樹里のその言葉に反応して、全員がその場に硬直。そして、せっせと服を着替えなおした。
おお、樹里よ! よくやった!
「サンキュ樹里。ていうか、やっと元気になったか」
「うん……でも、また寂しくなっちゃうかも……」
「なんでだ?」
「いや……ね」
「…………」
そうか。俺が昔強くなろうとした理由を思い出して欲しかったんだっけか。でも、そんなの思い出して樹里になんかあるのか? よくわからん。
「でも……いつかは思い出して、ね」
そう言って俺に抱きつく樹里。しかし……。
「じゅ、樹里!」
「ジュリちゃん!」
「ジュンちゃん!」
「樹里さん!」
他の女性陣はそれを見逃さない。
「わ、わたしだって!」
「優稀もなの!」
「じゃあ、私も参戦!」
「じゃ、じゃあ、私も……っ」
「お、おいおい――むがっ!」
そして全員、俺に抱きついてきた! あ、熱い! 勘弁してくれ! 色々なところが当たってるぞ!
「は、放れてくれ! お――」
重いという単語は飲み込んだ。なんか地雷っぽかったから。
「……ふぅ……今はこれでいいわ」
真っ先に放れてくれたのは樹里。
「私、今日はもう寝るね。お休み」
そう言って、樹里は部屋に戻った。…………。
「みんな? そろそろ離れてくれ」
『イヤ(やーなの♪ いやだよん♪ いやです)』
「…………」
俺はもう、なにも言えなかった。
「あ、そうだそうだ、俊ちゃん」
「ん?」
「あとで優稀の部屋に来てなの」
「わかった――って、お願いだから離れてくれい!」
俺の必死な叫び声が木霊した。……理性をがりがり削るのはやめてくれ。
To be continued




