―第壱拾陸章 黄昏のシンセサイザー―
「ふぅ……やっと着いたか」
ギルバードの研究所前。結構時間が掛かってしまった。
「……!」
中から音が聞こえる。……綺羅先輩……早まっちゃいけませんよ……! だって、あのフードの男は……絶対に危険ですからッ!
見ただけで……気配だけでわかった。綺羅先輩も気付いているだろう。――しかし。
――今の綺羅先輩なら戦ってしまう!
冷静さが欠けた人間ほど簡単に扱えるものはない。今の綺羅先輩はまさにそれだ! だから、戦ってしまうッ!
「急ごう! ヤバい気がする!」
俺はさっきまでギルバードと対立していた部屋に向かった。
その部屋に着くとドサッとなにかが床に叩きつけられる音が聞こえた。
「……くっ……う……」
「綺羅先輩!」
その主は綺羅先輩だった。もうすでにボロボロで顔も苦しそうに歪めていた。しかし、手に持った二刀は決して放さず、それを持っている手には血が滲んでいた。
「俊……くん……?」
目を開いて俺を認識した瞬間、綺羅先輩は目を見開き、驚いた表情になった。
「ダメだよ! なんでここに来たの!? 逃げて! あいつはきけ――はっ!」
ドッゴォォォォォン!
さっきまで綺羅先輩がいたところがいきなり粉砕される!
綺羅先輩はすんでのところで飛んで回避した。
砂埃が晴れそこにいたのは、異様な眼光をしている男。おそらく、あのフードの男だろう。…………! あ、あれは……ッ!?
フードを深く被っていたから気付かなかった。無表情のあいつの額に数字が書かれていた。――「0」と。
「やぁ、杉並俊輝くん」
前に来た時と同じところにギルバードは座っていた。……くつろいでいやがる。
「逃げずにここまで来たことは評価するけど……愚かだねぇ。そんなバケモノを助けるために死ぬなんてな」
「綺羅先輩はバケモノじゃねぇ! そして俺は、こんなところで死ぬつもりもさらさらねぇ!」
「はっはっはっは! なんだいなんだい! まだ、わかっていないのかい! そいつは俺が創った合成人の一号だ! 本物の綺羅はな! その一号に殺されたんだよッ!」
なぜか、ギルバードの言葉には怒りを孕んでいた。
「せっかく、いい実験体だったのに……殺しやがって……。おまえも所詮、ゴミに過ぎなかったんだな。ゴミは後片付けしないといけない――零号。始末しろ」
零号はその言葉を聞くなり、翼を生やして綺羅先輩に襲いかかった。……速い! 俺の分析が正しかったら――。
「くっ……!」
綺羅先輩は避けようとするも避けきれず、捕まってしまい、そのまんま床に叩きつけられる! やっぱり、あの綺羅先輩より数倍速い!
零号は着地し、綺羅先輩にゆっくり近づく。……すると、尻尾のようなものが生えた。……あれはサソリの棘! ヤバい! 猛毒だぞ!
「くっ!」
俺は綺羅先輩の元へ行き、抱き上げて救出する。丁度、サソリの棘が襲いかかってきていた!
あ、危なかった……ちょっとでも遅かったら俺、刺されて死んでいたぞ。
「ははは! 君も勇敢だねぇ、杉並くん! その零号は様々な生物の集合体で初めて成功した最強の合成人だ! どんな武器でも勝てんよ!」
やかましい! そんなこと知ってんよ!
そんなことを思っていると、綺羅先輩が俺に問いかけてくる。
「……俊くん……なんで……?」
「はい?」
「なんで……助けてくれるの……? 私は、ニセモノ……バケモノなんだよ……?」
「ニセモノなんかじゃないです。バケモノなんかじゃないです。俺にとって、あなたがホンモノの綺羅先輩です。自信を持って下さい」
「――――っ」
目をハッとさせる綺羅先輩。……さて。
「ちょっと、待っていてくださいね。綺羅先輩」
俺は向かってくる敵――零号に目を向ける。
「俊くん……? ま、まさか……」
どうやら綺羅先輩は気付いたようだ。
「だ、ダメだよ! あいつと戦ったら……死んじゃうッ!」
涙を溜めて俺の腕を掴む綺羅先輩。
「……いいから。もういいからッ。さっきの言葉だけで充分だからッ! 絶対にダメッ! 俊くんは生きなくちゃ、私は許さないよッッ!」
「……俺は死にませんよ」
「……へ?」
間の抜けた顔をする先輩。
「ちょっと、あることをするだけですから」
俺はそう言って、綺羅先輩を放し、懐から……モチがくれたあるモノが入った袋を取り出した。
「――先輩。そこから動かないでください。死にますよ」
袋から取り出したのは……小さなピストルだった。……俺は笑ってしまう。
「ん? そんなもので勝てると思うのか? その零号は色々な生物の集合体だぞ? たかが小さな拳銃では、零号の遊び道具にしかならん」
「勝てるさ……。なぜなら――」
俺はもうひとつ袋から取り出した。それは一見するとただの薬莢にしか見えない、が。俺はその薬莢が一個だけ入ったマガジンをピストルに込め……。
「――はっ! ま、まさか、それは……ッ」
ギルバードが気付いたようだがもう遅い、俺は速攻でピストルの引き金を引く。
――ドォンッと、とても小さな拳銃からでは想像もつかないような物凄い音が響く。
その弾丸は速攻で零号の身体に貫通せずにめり込み。――そして。
――ドォォォォォォォォォンッ!
零号の身体が爆発し、影も残っていなかった。
「……貴様……あの弾丸は……爆弾だったのか。しかもとても強力な」
ギルバードが俺にそう訊いてくる。
「そうだよ。うちに優秀な武器屋がいてな。そいつが俺に渡したんだよ。まったく、どこをどうすればこんなアッブない爆弾を弾丸に変えて、こんなバカみたいな速度を叩きだせるんだか」
これは引き金を引いた瞬間、取り付けられた爆弾の安全ピンが抜けて発砲され、少し経つと起爆するというなんとも斬新かつ危険な武器だった。普通は、弾丸は発砲されると溶け始めてしまうから、爆弾とかにしても意味はないんだが……どういう技術があるのか、モチはそれを克服させてこれを造り上げたのだ。……怖い。その代りこっちにも衝撃が大きくて少し血が出ちまったが、まぁいい。
「ちっ……零号も俺の自信作だったんだけどなぁ……。はぁ……結局俺が創って生きているのはその一号だけ……か」
アメリカ人みたいに手を上げて嘆息するギルバード。……なぜ、まだあんなにも冷静なんだ。この勝負は完全に俺たちの勝ち……もうほかの合成獣もいたとしても勝てない。なのになんであんなに余裕なんだ?
「……フフフ……じゃあね、その一号に戦わせてあげようかな」
「……は?」
今、なんて言った? その言葉の意味がわかったのか、綺羅先輩がびくつく。
「フフフフ、俺が創った合成人にはな、特殊なマインドコントロールを仕掛けているんだよ。俺が『合い言葉』となる言葉を言った瞬間、一度だけ……そのマインドコントロールに試験体は支配されるんだよ。……もちろん、その一号も例外じゃないぜ」
「そ、そんな……や、やめて……ッ!」
「はっはっは! おまえを助けに来た男を自分の手で葬るといい! 合い言葉は――」
「やめてッッッ!」
「――消し飛べ、黒き鳥、サラマンドラ――」
その言葉を放った瞬間――。
「……うっ! うううっ……」
綺羅先輩が頭を抱えて呻き始めた。
「……俊……くん……にげ……て……」
「き、綺羅先輩?」
「逃げて! 私……わたし……あぁ……意識が……」
だんだん綺羅先輩の目が虚ろになっていき、瞳が赤く光り始めた。
「だ、大丈夫です――」
「逃げてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッッッ!」
そう叫ぶと、綺羅先輩は一回フッと力が抜けてしまう。…………。
「先輩?」
俺が綺羅先輩の顔を覗き込んだ――って!
――シャッ。
綺羅先輩が細い刀で俺に斬りつけてきた。俺はすんでのところでかわし、少しだけ頬に掠めただけだった。
「き、綺羅先輩?」
顔を上げた先輩の両の瞳が……完全に赤く輝いていた。……表情が消えている!
「もう手遅れだ。そいつはもう俺のマインドコントロールに支配された。そいつを殺さない限り、止められない。そいつは全ての物を壊しつくす。フフフ……俺はここで撤収するよ。それじゃあね」
そう言うと、ギルバードは走り去って行った。
「おい! ふざけんな! 待て――って、おわ!?」
しかし綺羅先輩は俺に斬り掛ってくる。
「綺羅先輩ッ!」
「…………」
もう俺の言葉が聞こえていないのか、無表情の綺羅先輩が翼を使って高速で俺に斬り掛る! や、ヤバい! 速すぎる!
「……くっそ!」
俺では綺羅先輩は止められない! 実力が違いすぎる! これじゃあ、殺す殺さない以前に俺が殺される! ヤバいぞ! 俺の体力的に! 相手は綺羅先輩だからモチの武器はおろか、拳銃もなにも使えない! 俺はただ、綺羅先輩はかわしながら室内を逃げてまわった。
――Mad scientists side――
「フフフ……愉快愉快」
研究施設の一室。ギルバードはモニターで綺羅と俊輝の戦いを見ていた。
その顔は邪悪なものだった。
「一号よ、これで杉並くんに殺されるもよし。そして、杉並くんを殺すもよしだ」
殺されればもちろん死ぬし、逆に俊輝を殺せば、綺羅は自らを憎み、自殺するだろうとの考えだった。
マインドコントロールは強い衝撃が起こると覚める。よって、綺羅が俊輝を殺した時にマインドコントロールが解けるだろうという魂胆だった。
「フフフ……俺はこのショーを見終わったら逃げさせて貰おうかな。はっはっは!」
マッドサイエンティストは愉しそうに薄暗い部屋の中で嗤った。
❁ ❁ ❁
俺は部屋中を駆け回り、先輩から逃げていた。
綺羅先輩は全身武器庫人間。
毒煙に刀、拳銃に暗剣など、色々な武器を使用してくる。その上、力やスピードも物凄いから、俺がかわしたところに突撃して壁にひびを入れたり、壊したりしていた。
「綺羅先輩!」
俺は必死に何度もそう呼びかける。が。やっぱり効き目はなく、そのまんま攻撃してくる。
くっそ! どうすりゃいいんだ!? 俺の体力もそろそろキツい!――って!
「うわっ!?」
俺は転がっていた瓦礫に躓き――そのまんますっ転んでしまう!
『ヤバい! 殺される!』
そう考えた直後、俺の首に綺羅先輩の青龍刀が襲いかかって――。
「…………?」
――来なかった。恐る恐る、瞑っていた目を開けてみると……。
「……はぁ……はぁ……」
俺の首の少し横の方に刀がぶっ刺されていて、金色の目をした綺羅先輩が荒く呼吸をしていた。
「……俊……くん……」
「綺羅先輩ですか!?」
俺が驚いて訊く。すると、綺羅先輩は俺から距離を取った。
「……に……げて……意識は戻ってきている……けど……身体が……言うこと……聞かない……」
苦しそうな表情の綺羅先輩。そして、俺にこう言う。
「……殺して……俊くん……」
と。
――Mad scientists side――
「ハハハハハハハハハハッ!」
丁度その頃、ギルバードは哄笑していた。
「あぁ、面白い面白い! 意識はしっかりしていても、身体は言うことは聞かない! いやぁ、まさに生殺し状態だねぇ! その上、自分から殺してって!」
マッドサイエンティストは、今は面白おかしくモニターを見ていた。が、もう少し経つと俊輝が驚きの行動に出て、自分が呆気にとられるなんて知らずに。
To be continued




