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―第壱拾伍章 橘のアイデンティティ―

「ふぅ……もう大丈夫かな」



 少しの間、空を飛んだ綺羅先輩は最初に俺たちがいた山奥の道路に着地した。



「俊くん、みんな。大丈夫? 怪我はない?」

「は、はい、俺は大丈夫です。……ですが……」



 俺は警官たちの方を見る。警官たちは路上に座ってビクビクしていた。

 綺羅先輩がへたり込んでいる警官たちに手を差し伸べる。すると……。



「ひぃぃっ!」

「ば、バケモノぉっ……!」

「こ、殺さないでくださぃっ!」

「…………ッ」



 その言葉を聞いて、一気に悲しそうな顔になってしまう綺羅先輩。……こいつら。



「おい、おまえら! その言い方は――」

「――いいよ、俊くん。ありがとう」



 俺が警官たちに怒鳴りつけると、綺羅先輩が悲しそうな顔で俺を止める。

 そして怯える警官たちに綺羅先輩は言う。



「……行って」

「……え?」



 警官のひとりが驚いたように声を漏らす。しかし、綺羅先輩は悲しそうな顔をしながらも優しく、話しかける。



「行っていいよ。この坂を下れば町だよ。大丈夫。私はなんにもしないよ」



 ……傷ついているはずなのに。悲しくて耐えられないはずなのに綺羅先輩はそれでも優しく、涙をこらえて笑う。



「……ありがとう」

「……すみません」

「……あの……このことは内密にします」

「うん、大丈夫。だから、ね。行って」

『はい』



 警官たちは走り去って行った。



「…………ふぅ」

「綺羅先輩?」

「え……あ……」



 綺羅先輩が自分の翼を憎々しげに掴む。



「……ゴメンね、俊くん」

「なにがですか?」



 なんで謝るのだろうか。なんにも悪いことなんてしていないのに。むしろ、立派なことを成し遂げたのに。



「……私は……ニセモノなんだ」



 ――っ。その言葉を聞いた瞬間、俺の心が痛くなった。……しかし、俺は心のどこかでそうなのではないかとは思っていたことだった。

 ……この前の会議。隊長格全員と二年ぶりに会ったとき、みんな一瞬で俺を「十七夜鏡輔」だとわかった。でも綺羅先輩はどうであったか。俺が記憶を取り戻したとき、綺羅先輩は俺を、そう判断できなかった。おかしいと思ったんだ。他の隊長格はわかったのに、なんで綺羅先輩だけはわからなかったか。理由は……今の綺羅先輩が、二年前、俺と会った綺羅先輩じゃなかったからだ。だから俺のことをわからなかったんだ。いや、知らなかった。

 凄く悲しそうな顔で俺に言う綺羅先輩は、笑っていた。



「……さっき、ギルバードたちも言っていたけど……私は合成人第一号。中目無綺羅の純クローンとカラスの合成人なんだ。人間じゃない。そして……綺羅先輩じゃないんだよ」

「き、綺羅先輩――」

「――違うよ。わ、私は……ニセモノ……本物の綺羅先輩はね……二年前に、私が消したんだ。……じゃあね、俊くん」

「え? どこかに行くんですか?」

「さっきの研究所だよ。ギルバードを逮捕する」

「だったら俺も――」

「――来ないでいい!」



 いつもの綺羅先輩からでは想像もつかないほどの強い否定に俺は少し驚く。



「……ごめんなさい、俊くん。だ、騙していて……本当に……ごめんなさい……」



 とうとう涙を流してしまった綺羅先輩。でも、その涙を拭う。



「私が、ギルバードと決着をつけるよ。……大丈夫。俊くんは逃げて。これは私とあいつの問題だから。俊くんは関わらなくていいんだよ」



 綺羅先輩は再び漆黒の翼を広げ、飛ぶ。



「……じゃあね、俊くん。ありがとうね」



 その言葉を残して、綺羅先輩は研究所へ飛んで行ってしまった。…………。



「……こんなので、いいと思ってんですか……綺羅先輩……ッ!」



 綺羅先輩じゃない? ニセモノ? 騙していた?……そんなの関係ない! 俺が知る限り、あなたが綺羅先輩だッ! ニセモノなんかじゃない! 騙してなんかいない! さっきまで俺や警官たちに優しく語りかけていた言葉はニセモノなんかじゃないッ!



「綺羅先輩……俺はしつこい男ですよ。この程度じゃあ、俺は諦めません!」



 俺は再び、ギルバードの研究施設へ足を運んだ。



                            To be continued

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