―第壱拾壱章 黄昏のクロウソング―
「……ふぅ……」
響とのレッスン生活二日目の夕方。
なんとか今日のレッスンを終えた俺である。……しんどい。
「響……容赦してくんねぇ……」
響のステータスがあまりにも高く、正直手も足も出なかった。
――攻撃の仕方なんて、相手から受けてそれを分析するのが一番早いのよ。幸い、アンタにはそれがすることができる眼を持っているから少し受ければできるようになるわ――とか言って、俺に好き勝手攻撃しやがって……痛かったんだぞ? いや、技のやり方は覚えられたからいいけど。
丸二日、響にいじめられてヘトヘトの俺は気分転換に外の空気を吸おうと一番隊隊舎から出る。外はすっかりオレンジ色に染まって綺麗だった。
「……ふぅ……一番隊隊舎と比べると天と地の差だ」
歩いていると一番隊隊舎内ではすっかり俺の話ばかり。しかも俺を目にすると俺に挨拶してくるんだ。心臓がバックンバックン言っていたよ、俺。
「……ん?」
そんなこと考えていると俺の目の前に黒い影が通り過ぎて行った。
「……ああ、カラスか」
通って行った方に目を向けると、そこには一羽のカラスが一番隊隊舎の裏側に飛んで行くのが見えた。しかしどういうわけか、その場所にカラスが一羽、また一羽と、次第に数が増えて行く。
あの裏になにがあるのかどうか、興味を持った俺は裏側に行ってみる。……って、あれは……。
「綺羅先輩?」
そこには綺羅先輩が無数のカラスと戯れていた。伸ばした人差し指に停まったカラスたちの頭を綺羅先輩は一羽ずつ優しく撫でながら笑っている。カラスたちも綺羅先輩に心を許しているらしく、抵抗せず綺羅先輩に懐いている様子だった。
夕焼けをバックに綺羅先輩がカラスの頭を撫でる光景は一枚の絵画のようだった。
「あ、俊くん」
俺に気付いた先輩は俺に手を振る。――すると……バサァアッ!
「ひゃわっ!?」
俺と目が合ったカラスたちが一斉に飛ぶ。地面にいたカラスたちもそれにつられて一気に飛ぶ。――するとどうなるか。綺羅先輩のスカートがふわりとめくれてしまった!
「し、白!」
「うわーん、見られたー、なんてね♪」
困惑してつい声が出てしまった俺に、綺羅先輩はわざとらしく声を上げる。
「おおーい。俊くんは悪いひとじゃないよーう!」
綺羅先輩がカラスたちに呼びかけると、再びカラスたちが綺羅先輩に近寄る。
「よしよし、いーこいーこ♪」
再びカラスと戯れる綺羅先輩。…………。
「あ、あの、なにも見てませんよ?」
「じゃあ『白』っていう単語が出た理由をお聞かせ願おうかな?」
「……すいませんでした、嘘です。眼福でした」
「別に気にしていないからいいよ。そんなことより、なんでこんなところに来たのん?」
「え? な、なんとなく?」
「ふぇ? なんとなくでこんなところに来たのん?」
「い、いや……カラスが集まっているから何かあるのかなって」
「ああ、そっか。うん、確かに気になっちゃうかもね」
朗らかに笑う綺羅先輩。
「カラスと話せるんですか?」
「ん? うーん、そうだなぁ……話せるっていうか……フィーリング?……うん。そうそう、フィーリングだよフィーリング。意思疎通っていうのかな。あ、以心伝心かな?」
綺羅先輩は可愛らしく首を傾げながら答える。
「明日……頑張ろうね♪」
「はい、俺もさっきまで響にいじめられていました。おかげで少しは強くなったと思います」
「響ちゃんは来るのん?」
「わかりません。たぶん来るのかと思いますけど……」
「ふーん。……そっかぁ……」
少し残念そうにする綺羅先輩。どうかしたのかな?
「……まぁ、いっか。ホントは俊くんとふたりがよかったんだけど……」
「え? なんか言いました?」
声が小さくて聞こえなかった。
「……いいよ、なんでもない……」
うーん。なんか言いたそうだけど……下手に追究する必要はないかな。
「じゃあ、またね俊くん。また明日、会おうね♪ バイバイ♪」
「あ、はい。また明日」
綺羅先輩はそう言ってこの場から立ち去った。
❁ ❁ ❁
二日ぶりの十番隊隊舎に入り、ホッと安心する俺。……ああ、これだよ、これ。一番隊と違ってこういう少し和やかな方がいいよ。
今は太陽もすっかり沈んだ夜の八時。
俺は最初に「集合場所」になっていた部屋に入った。すると……。
「杉並元隊長! おかえりなさい!」
『おかえりなさい!』
「……俺はおまえらのご主人様かよ。でも俺はそんなおまえらが好きだ」
俺に気付いた瞬間、まるでメイドや執事のような態度を取るみんなに苦笑する俺。
『元隊長ぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
俺の言葉に隊員たちは涙を流していた! お、おい! 俺はいつからおまえらのアイドルみたいな立ち位置になった!? やめてくれ!
なんだか怖くなった俺は、逃げるように部屋を出て鏡花の部屋――「隊長・隊長補佐官室」に入る。
「俊ちゃーん! おかえりー!」
「おう。ただいま――って、うおっ!?」
そこにいた優稀菜は俺と目を合わせるなり、俺に正面から抱きついてきた!
「だ、抱きつくな優稀菜! む、む、胸が!」
や、柔らけぇ! しかも形変わってるぞ! いつ見ても凄ぇ!
「こ、こら、優稀菜! 俊輝から離れなさい!」
奥から現れた鏡花が優稀菜に注意する。
「やーなの♪ だってぇ、二日もしてやっと帰ってきたのに明日、またいなくなっちゃうんだもん。だから優稀は今日、明日の分まで俊ちゃんを感じておくの♪」
「な、な、なんですってっ!?――わ、わたしだって! えいっ!」
鏡花は優稀菜に対抗してか俺に後ろから抱きついてくる! せ、背中にとっても柔らかいモノがふたつ当たってるぞ! やっぱ鏡花も大きいよな……じゃない!
「おい、鏡花! 優稀菜! 離れてくれ! 色々とヤバい!」
「やだ」
「やーなの♪」
「…………」
俺はいったいどうすればいいんだ? 誰か助けてくれ。俺の理性が崩壊する前に。
「ふぅ……いいお湯でしたわ……。隊長、お風呂開きましたよ――」
頭をバスタオルで拭きながら――下着姿で現れたシルフィアが俺と目が合った瞬間、見事に硬直した。おお。まるで芸術品みたいに括れたウエストですね。胸は鏡花……樹里より少し小さいくらいか。でもこれはこれで絶妙なバランス加減だ。なんで女性はどんな体型でも魅力的に見えてしまうのであろうか。
「な、な、なななっ、俊輝さん!? いつおかえりでしたの!?――って、隊長! 優稀菜さん! あ、あなたたちもい、一体なにを……!」
「優稀はまた俊ちゃんがいなくなっちゃうから、今日、俊ちゃんを感じておこうかなってさ、シルフィー」
「わたしも……同じよ」
お顔を真っ赤っかにしたシルフィアの質問に平然と凄いことを答える優稀菜と顔を赤くして答える鏡花。……シルフィアが「優稀菜さん」、優稀菜が「シルフィー」と呼んでいるあたり、仲直りはできたようだな。
「そ、そんなにひっついていたら……その……俊輝さんも理性が保たないと思いますわよ? 俊輝さんだって男の子ですし」
「うぅ……シルフィアァァァァァァァ! おまえだけだ! この場で俺の見方についてくれる存在は!」
俺はそう叫んでいた! し、シルフィア、なんていい娘なんだ!
「そ、そうですか。それならよろしくてよ!」
「むーっ」
「…………」
上機嫌になるシルフィア、それに反比例して不機嫌になる優稀菜と鏡花。そして――。
「ふん!」
「はっ!」
「いてっ!」
腹部への優稀菜のボディーブローと同時に、その丁度上の部分の背中を鏡花にエルボーされた!……物凄く痛い。
俺は立つことができず、その場にうずくまってしまう。
「俊輝のバカ」
「俊ちゃんは鈍感なの。鏡ちゃん、お風呂、入りに行こう」
「ええ、行きましょ」
鏡花と優稀菜は風呂に入りに行った。なんか言われていたが、意味がわからなかった。鈍感? 今の攻撃を悟って先に手を打てって言いたいのか? 俺は二日間でそんなに強くなってはいないぞ。
シルフィアが心配そうに屈んで俺に話しかける。
「だ、大丈夫ですの、俊輝さん?」
「あ、ああ。だ、大丈夫だ、シルフィア。そ、そんなことより」
「そんなことより?」
「お、おまえ……その格好……」
「へ?……きゃあ!」
シルフィアは下着姿。屈んでいるために、胸の谷間がブラから見えてしまっていた!
「も、もう……俊輝さんのエッチ」
胸を腕で隠し、顔を赤らめさせて言うシルフィア。……かわいいな。
俺は立ち上がってシルフィアに謝る。
「ご、ごめん、シルフィア。ありがとうな。あのまんまじゃ、俺の理性がヤバかったよ」
「い、いいんですのよ、私は。……明日の中目無隊長との初……いえ、復活ミッション。頑張ってくださいな」
俺に応援をくれるシルフィア。なんていい娘なんだ。
「よしよし」
なんとなく、シルフィアの頭を撫でる俺。
「……はぅぅ……」
すると、シルフィアは湯気がたってしまいそうなほど顔を真っ赤っかにさせてしまう。
「も、もう……私は『一応』あなたの上司ですわよ?」
「……一応を強調させるなよ、おまえ。不安になっちまうだろうが、上司にそんなこと言われちゃあ」
「だって、そうじゃないですか、実際。私や……鏡花隊長よりも全然、俊輝さんの方が実力は上ですもの」
「そんなわけない。俺はただの堕ちた元隊長だよ。こんなこと言うのもなんだが、俺なんかより全然、おまえや鏡花の方が強い。伸びしろも多いと思う」
「そ、そうですか? ありがとうございます。じゃ、じゃあ、私はトレーニングルームに行きますが、俊輝さんは?」
「俺か? そうだなぁ、風呂にでも入ってくるかなぁ。……そういえば男湯はどこだっけ?」
「えっと……ここでは確か――」
シルフィアに教えて貰い、俺は風呂に入って床についた。
To be continued




