―第肆章 黄昏のマイルーム―
「なによ。なんで私を呼んでくれなかったのよ」
リフォームのせいで広くなったリビング。時刻は午後八時。
ちょっと遅めの夕食を取っていると、樹里がジト目で不満げに俺たちに言う。
「おまえまで来たら俺の理性が保たん」
「優稀はもともと、俊ちゃんとふたりで入ることが前提だったから、しょうがないの」
「わ、わたしは優稀菜が俊輝にヘンなことしないように見張っていただけで、別に他意はないわよ」
呆れる俺、堂々と答える優稀菜、目を泳がせながら答える鏡花の言葉に樹里はなお一層不機嫌になってしまう。
「私だけ仲間はずれはイヤよ。……よし!」
なんか閃いたようだが俺にはイヤな予感しかしない。……こいつらは俺の理性を攻撃するのが大好きだからな。気を付けんととんでもないことになる。
❁ ❁ ❁
それからしばらく経って、午後十時半過ぎ。
俺は寝るため歯を磨き自分の部屋に向かい、ガチャ。部屋のドアを開ける。
「はーい、俊輝♪」
ガチャン。
ドアを閉める俺。……おかしいな。なんか樹里がいたような気がする。しかも、なんかとんでもない格好で。もう一回、確かめてみよう。ガチャ。
「ちょっとぉ、なんで閉めるのよぉ、俊輝」
「じゅ、じゅ、樹里! な、なんだっ、そ、その格好は!?」
樹里はなんと下着姿! 彼女のバランスが整った身体が大切なところ以外丸見え!
樹里の身体は鏡花や優稀菜みたいな巨乳ではない。しかし身体の全ての部分の発育のバランスがとってもよろしいから、鏡花たちとは違った魅力があるな――って、俺は目をすぐに反らしたはずなのになんでこんなに分析できてしまうんだろうか。これは仕事ゆえの能力か? よく二年間も仕事サボってんのにこの目だけは衰えなかったな。
樹里は甘えるように俺の腕を引っ張って抱き寄せ、懇願するような眼を俺に向ける。
「ねぇ、俊輝ぃ……寝よ?」
「グヘッ!」
「わお!」
樹里の発言でついに、俺は鼻血を吹きだす!
だ、だって、普段鏡花より強気でダウン○ウンの浜○雅功やハイスクール○×Dの姫島○乃さんもびっくりのドSのあの樹里の甘えるようなとろんとした顔を見てみろ! 年頃の男子なら奇跡の鈍感の瀬能ナ○ルや、男にしか興味ない漢の阿部○和みたいなやつでも鼻血を出すだろ!
「あらら、俊輝。鼻血鼻血」
部屋からティッシュを持ってきてくれた樹里。ちなみに彼女は俺の鼻血を華麗にかわしていた。運動神経はやっぱ抜群だよな、おまえも相変わらず。
「ほらほら、こっち来てって」
「わかった……って、樹里、おまえ! なんでそんな格好なんだよ!」
「なによ。鏡花や優稀菜は全裸でしょ? 私の方が正統派じゃない?」
「そういう意味じゃねぇよ!」
「細かいこと気にしないの。男でしょ」
「気にしまくるわ! 男だから!」
「グダグダ言ってないで早く一緒に寝ましょうよ」
「寝ねぇよ!」
鏡花や優稀菜にも言えることだが、なんで俺の周りの女子たちは俺とそういう関係じゃないのにこんなに大胆な演出をしてくるんだ! こういうのはちゃんとそういう関係になった男女同士がやるもんだろう!
「いいから寝ましょ。――じゃないと私が強制的にあんたを眠らせるわよ?」
「とんだ暴君だ!? やだよ――」
断ろうと口を開いたところでふと二年前のことを思い出す。……たしか樹里って竹の三十センチ物差しで鉄の塊を斬っていたっけ……?…………。
「……わかった。寝ます」
「よろしい」
鉄の塊を竹の物差しで斬れるほどの腕力を持つやつに殴られると考えたら背筋が凍った。
俺は仕方なく樹里とベッドイン。
「じゃあ、電気消すわよ」
「……どうぞ」
はぁ……また理性の耐久訓練の始まりだ。
「よっと、よし。大佐! 芹沢樹里。ベッドイン完了しました!」
「……そうか。なら俺の理性をなるべく攻撃しないように努めてくれ」
「了解しましぇちゃうにょにょー」
「なんだって!? おまえ今、返答を曖昧にしなかったか!?」
「いいじゃない大佐。女は抱けるときに抱きなさいよ」
「今は抱くときじゃないだろ!」
まったく、なに言ってんだ、こいつは!
「あはは。まぁ、気にしないでよ。私、俊輝とお話ししようと思ったんだからさ」
お話? それはベッドの中でしなくちゃいけないことなのか?
「あのさ、俊輝……いえ、鏡輔は私と出会えて、嬉しい?」
「…………」
樹里が俺の旧名で話しかけてくる。そして俺の胸にそっと抱きついてきた。
「……当たり前だろ。おまえがいなかったら今の俺はここにいない」
樹里と会わなかったら、俺は「ひとを信じる」っていう行為を決してしていなかったと言い切れる。ジェームズのところに行ったときも、樹里がいなかったら俺はマインドコントロールされていた鏡花に殺されていた。いや、SICにすら、入れていなかったな。
「……そう。そっか……」
「逆におまえはどうなんだ?」
「幸せに決まってんじゃない」
即答してくる樹里。そ、そんな速攻で答えられたら、照れるじゃないか。
「今照れてる? 鏡輔。体温が少しだけ上がってるわよ?」
「気持ち悪いぞ、おまえ。なんでそんなことわかるんだ」
「だって、私は鏡輔のことなら、なんでもわかるんのよ。前に言ったでしょ?」
「……そうだったな」
思わず呆れてしまうと同時にホッと安心する。
樹里はやっぱり変わっていない。昔からずっと。
厳しくて、気が強くて、腕っぷしも強くて、でもどこか優しくて、こう見えて少し寂しがり屋だったりして、可愛くて、そして、ずっと俺について来てくれる存在。
「でも、鏡輔は変わったわ。だって今は『杉並俊輝』だもんね。妹もふたりもできた。私以外の女子とも仲良く喋るようになったわ」
「……そうだな。ゴメンな。おまえは変わらないのに俺だけ変わっちまって」
「謝ることじゃないわ。昔は少しピリピリしたもの。丸くなったわ。それに私だって、少しは変わったのよ?」
「なにがだ?」
「ライバルができたことかしら」
「ライバル?……あぁ」
そうだよな。鏡花も優稀菜も十分実力があって強いよな。ケンカとか。
「……あんたはなにもわかってない」
「ん?」
「……なんでもない」
少し機嫌が悪くなったように、少しきつく俺を抱く。
……今気付いた。
なんで俺はこんなに冷静なんだろう。
樹里に抱きつかれているのに。しかも凄い格好で、だ。
樹里は美少女だ。だから、こんなことされていたら間違いなく年頃の男子は落ち着かない。事実、俺は優稀菜と鏡花と一緒に風呂に入ったときは終始、ドキドキしていた。
でも俺は、樹里に抱きつかれているのにまったく取り乱していない。最初の凄い格好を見たときはドキドキしていたのに時間が経つにつれて、むしろ――。
俺は思わず樹里に抱き返していた。樹里の柔らかくて温かい身体の感触が俺に伝わってくる。
「……俊輝? ど、どうしたの?」
「……やっぱりそうだ」
「?」
俺は樹里に素直に自分の思ったことを言う。
「……なんか、安心するな」
「――ッッ!?!?」
瞬間、樹里のお顔が真っ赤っかになった。
「そ、そそ、そそそそれってっ、ど、どど、どういうこと!?」
「うん。なんかな、安心するんだよ」
「えええっ!? そ、それって、う、嬉しいけどっ、こ、心の準備が……」
「いや、なんでもない。気にするな」
「気にするわよ! ど、どういうことよ!?」
「まぁまぁ、気にするな」
落ちつかせるため樹里の頭を優しく撫でる。
「はぅ……」
樹里は俺に撫でられて照れたのか、鏡花みたいに体を小さくなってしまっていた。……樹里のこういうところが似たんだな、鏡花。通りで可愛いわけだ、あいつ。
「しゅ、俊輝……ずるいわ」
「なにがだ?」
「わ、私だけをドキドキさせて……もぅ……俊輝のバカ……」
……やっぱり樹里は可愛い女の子だ。とても俺なんかとは釣り合わないほど……。でも樹里はこんな俺と一緒でも「幸せ」と言ってくれる。……本当に、俺はいい友達を持ったな。樹里だけじゃない。歩美も鏡花も優稀菜も綺羅先輩も龍侍さんも琴美も、みんなみんな、いいひと達ばかり……俺は仲良くなれた。本当に幸せ者だ、俺は。
それから少し樹里と話をしながら俺は眠りについた。
To be continued




