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―Syunkis story 十番隊隊長十七夜鏡輔―

 俺は忘れてしまっていた。

 自分の名前、自分の正体、自分の過去。

 大切なことを忘れて、俺はこれまで一般人として四年間生きてきた。

 俺の記憶が消えた理由に心当たりはあるが、誰が俺に「杉並俊輝」なんて名前をつけたのかは俺自身、わからない。

 頭に響いた言葉。



 ――自分に反応して誰かが逃げたと思ったら、そいつを捕まえろ。ほぼ間違いなく、そいつは敵だ。追え!

 ――敵に女と男、どちらともいたら、迷わず女の方を狙え。そっちの方が捕まえやすいし、仮に男の方が逃げきれたとしても、そいつに少なからず精神的ダメージを与えやすいんだ。



 これは、幼いときに親父に教え込まれた言葉の一部だ。

 俺は幼い頃から親父に強要されて鍛えさせられていた、って言ってもたいして覚えてなんかいないけどね。

 だって、俺は物心ついたときにはFBIの捜査官をしていたんだから。

 樹里と知り合ったのも丁度その頃。

 俺たちはいつでも一緒に現場に赴いていた、所謂、戦友だった。まぁ、見方を変えると悪友になるのかも知れんが。

 日々が流れるにつれて、俺たちはアメリカでは有名な捜査官になった。天才児と。

 そんなだから、俺は日本に新しくできたSICという組織の十番隊隊長にスカウトされて、隊長になった。……これが、俺の運命を狂わす序曲になるなんて知らず。

 樹里も実績から他のところの隊長にスカウトされたらしいけど、断って俺の下で働くことになったらしい。なんで断ったのかは訊いても教えてくれなかった。それどころか「鈍感」って叫ばれて殴られたこともある。なんで?

 そこでの生活も正直、FBIにいた頃と同じだった。変わったとしたら、俺自身、あまり現場に行かずに他の隊員や樹里との実技の訓練をしたりすることぐらいだった。

 そんなある日のことだった。



「……やぁ、キミが十七夜鏡輔君かい?」



 俺がSICの本部の廊下を歩いている途中、ある初老の男が俺に話しかけてきた。



「……ジェームズ・オリバーソン……隊長ですか」



 この男はジェームズ・オリバーソン。SICの科学者、十三番隊の隊長だ。



「なんじゃい。随分、警戒しているようじゃがのぅ……」

「……黒い噂だらけなんだよ。アンタにはな」



 この男。噂によると、自分の隊の隊員を自分の実験材料にしているとか、そのほか様々なとても口に出せないような実験を繰り返しているらしいのだ。



「……フフフ。そうだとしたら、なんでワシは追放されないのかのぅ……」

「…………」



 それもそうだった。総隊長である雛形景はとても優秀なひとだ。そのひとはここのほとんどの権限を握っているが、この男を追放するようなことは言っていない。



「そんなことよりもだ。今日はキミに用があるんじゃよ」

「俺にはない。失礼する」



 どんな用かは知らんが、ロクな目に遭わないような気がするからスルーしようとする。



「いやいや。ダメじゃって。これは絶対にやらないといけないんだから」

「なんだ?」

「キミのDNAを貰うんだよ。身分証明のためにね」



 ……ああ。なんか樹里も言ってたな。そんなこと言われて髪を一本抜いたって。俺の担当はこいつがやるのかよ。めっちゃいやだ。



「ホッホ。安心せい。ワシはこのあとすぐに雛形隊長に渡すからのぅ」

「……なら、いいんだが」



 そのやりとりがあって、俺はジェームズに髪の一本を渡し、奴に俺の遺伝子を渡してしまった。……あとから知った情報なのだが、これを受けたのは俺と樹里だけだったらしい。

 それから数日後。異変が起きた。

 慌てた様子で俺と樹里に情報伝達隊の二番隊の使者が来る。



「か、十七夜隊長! 芹沢隊長補佐官! た、大変です! 警官たちが暴動を起こそうとしています!」

「「!」」



 ……そうか。やっぱり来たか。この日が。



「わかった。どうすればいい?」

「雛形総隊長によると、これから全隊長重要機密会議を開くらしいです」

「了解。他のところにも連絡を頼む」

「は!」



 使者は他のところに立ち去って行った。



「ふぅ。じゃあ樹里。俺、行ってくっから、他の隊員たちをここに総動員させておいてくれ」

「わかったわ。じゃあね」

「おう」



 俺は樹里と別れ、重要会議室に向かった。

 重要会議室。

 そこは重要な会議に使われる部屋……ってそのまんまだね。



「失礼します」

「おー、わざわざありがとうな」



 俺が入ると雛形総隊長の声が聞こえる。見れば、もう他の隊長が数人来ていた。

 一番隊の雛形景総隊長はもちろん。三番隊の京竹龍侍隊長、五番隊の中目無綺羅隊長、九番隊の暁忍隊長、十番隊の俺。全員で五人の隊長がいた。

 この頃は十五番隊までしかなかったし、十一番隊隊長は派遣、十二番隊の隊長はまだいなかったから、丁度半分の隊長が集まっていた。みんな早いよね。



「や♪ 鏡輔くん♪」



 テンション高く話しかけてくる中目無隊長。まだ、この頃の中目無隊長はオッドアイではなく、両目とも綺麗な青色に瞳だった。



「どうも。お久しぶりです」



 普段は部署ごとに散らばっているから、隊長同士、こうやって顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。ここは基本的にフリーな組織だからね。



「うんうん。なんか外の様子が荒れていて悲しいけど、また逢えたのは嬉しいよん♪」

「…………」



 言葉の中身が色々と複雑で素直に喜べない俺だった。



「ほら、綺羅ちゃん。鏡輔君が複雑そうじゃないか」



 京竹隊長が諭すように中目無隊長に言う。



「あっ、本当だ。ゴメンね~。反応に困っちゃった?」

「い、いえ。光栄ですけど……」



 ニコニコしながら謝る中目無隊長。やっぱり反応に困ってしまう俺だった。



「…………」



 (あかつき)隊長は目を瞑って黙っていた。

 九番隊狙撃部隊隊長の(あかつき)(しのぶ)。彼女は俺と同い年ながら俺より約五倍視力がいい、いつも無表情の少女である。



「よォ、来たぜ……って、なんだ。みんなガキじゃねぇか」



 隻眼と見るからに危なさそうな雰囲気バリバリでやってきた大柄の男は、八番隊の郡山(こおりやま)ジョー隊長。

 八番隊はなんにも考えずに敵の陣に特攻する、特別殺戮部隊。彼の部隊だけは特例を出される以外は、ひとを殺しても罪にならない凶悪な部隊だった。

 郡山隊長自体、極度の戦闘好きの精神が若干おかしいひと。しかし、あれでも結婚している既婚者で、子供まで授かっている立派なパパさんである。



「すいませんねぇ、みんな子供で」



 軽く答える京竹隊長。



「ハッ! ったりめーだ。ガキがこの世界では生きられねぇ……って言いたいんだけどよォ。現にこうしてガキが隊長格になりやがっている。しかもここの半分以上の隊長や隊員がガキだ。大人のオレとしては、大人の不甲斐なさを感じるぜ」



 郡山隊長の言う通り、ここの隊長や隊員のほとんどが俺みたいな年頃の子どもばかりだった。そもそもSICは「天才児の集まる組織」とも言われているほどだ。



「最近はな、ここの重要な立場にある親たちはみんな、自分の子どもに自分の身を守れるように訓練させるのが多いらしいぜ? 郡山」

「総隊長様よォ。オレはそれが意味わからねぇんだ。親として子どもを大切にしたい。その気持ちは同じ子持ちのオレならわかる。でもな、だからって子どもに無理矢理教育させてこんな暗い世界に連れ込むのは違うと思うんだよ。たしかに、自分で自分を守る術は必要だとは思うがな、それは生まれた途端に教え込ませるのは違うだろ?」

「たしかに、その見方はできるが……」

「結婚して子どもを授かるんだったら親が自分で子どもを守るべきだ。自分で自分の子どもを守れない親なんて親失格だ。そんなんだったら結婚なんかするなってんだ。オレは自分で子どもを守れるぜ? 親にはそれぐらいの覚悟が必要なんだよ。子どもにはこんな、いつ死ぬかわかんねぇような場所にいさせちゃいけねぇんだ」

「そんなこと言っちゃって。あたしだってここにいるよ、パパ♪」



 ぴょっこりと郡山隊長の後ろから顔を見せるひとりの少女。



「……おめぇはただ単にオレについて来ただけだろ、美鈴(みすず)! 親として複雑だぞ!」

「だってあたし、パパのこと好きだもん」

「拗ねるんじゃねぇ! ったく。オレはあれほど反対したのに、美咲のやつ、この世界から引退したのにヘンなことばかり美鈴に教え込みやがって……」

「ママも了承しているんだからいいじゃん」

「よくねぇ! 子供は友達と遊んでろ!」

「あたしだって、ちゃんとした実力者だよ? 前にパパのとこの隊長補佐官に実力で勝って殺して、隊長補佐官の座を剥奪したんだから♪」

「情けねぇぜ、まったく……」



 ……仲のいい親子だな。てか、あんたんとこの隊長補佐官はぶっ殺されたのか……。やりたい放題だな。さすが八番隊。真っ向勝負で殺し合い、地位などをもぎ取る完全実力主義のいかれた連中だ。

 そのときドアが開いて、つり目の少女が入ってきた。



「……オイコラ。親子喧嘩は外でやりやがれ。どけ」

「あぁん? やんのか? ガキ」

「やらねぇよ。安い喧嘩は買わん。いいから席に座りやがれ、イカレ殺戮者」

「……チッ」

「あ。パパが負けた!」

「うるせえぞ、美鈴。オラァ、ガキにゃ弱いんだ。隊長補佐官としてここにいるんだったら、オレの肩でも揉んでくれ」

「はーい」



 郡山親子は自分の席に座りに行った。



「悪かったな、ガキでよ!」



 毒づきながら入ってきたのは暴力団関係B部隊四番隊隊長、勝川(かつかわ)つかさ。

 一言で言うと乱暴女だ。

 元暴力団の隊員たちに「姐さん」と呼ばれているほどのやつ。でも、それでも俺より一つ上の少女だから、傍から見るその光景はかなりシュールである。



「おっそくなりましたー!」

「すみませーん、伝達に手間取りまして。まったく、みんな散らばっているから苦労しましたよ」



 続いて入ってきたのは、情報通達隊二番隊隊長の(なつめ)サリナと棗リリナ。

 唯一の小学生の隊長格で唯一のふたりでひとつの隊長格の双子の姉妹だ。たしか小学四年生程度だったっけかな。

 そんな感じで、十三、六、十四、十五、七番隊の順で隊長たちは集結した。



「よし、始めるぞ」



 雛形総隊長の号令で会議は始まった。



     ❁ ❁ ❁



「――以上だ。おそらく明日あたりに警官たちが騒ぎだすだろうから、各自、備えるように。ここの西は十番隊。北は八番隊。南は五番隊。東側は一番来る確率が高いから、三番隊と四番隊の二隊で頼むぞ。俺たち一番隊は状況次第で増援を送る」

『了解』

「一応言うが、警官はなるべく殺さないようにしろよ? 特に八番隊」

「ふんっ。わーったよ」



 つまらなそうに答える郡山隊長。



「九番隊は屋上で状況を送信してくれ。いざというときには発砲を許可する」

「……了解しました」

「六番隊と十三番隊は武器を作っておいてくれ。ひとを殺さない程度のものだ」

「了解」

「わかったよ」

「二番隊と十二番隊は待機。十一番隊は別任務だから仕方なしだ。救命隊の七番隊は救助の方を援護してくれ」

『了解しました』

「よし、では解散」



     ❁ ❁ ❁



 翌日。

 俺たち十番隊はSICの基地の西側にいた。…………。



「おい、樹里。俺らのとこって、隊員、こんなにいたっけ? 俺の記憶が正しかったら、俺らの隊員の総数は五十二人のはずなんだが……十人ぐらい多いような感じがするぞ」



 樹里が渋い顔で答える。



「……うん。私も気になってたんだ。あのヘルメットを被っている隊員たち」



 そう。ヘルメットを被って顔が見えないやつら以外は、俺が知っているやつらなのだが……。



「ここの応援にでも来たんじゃないの?」

「……そんな話、聞いていないんだけどなぁ。だいたい、なんでヘルメットなんか被ってるんだ?」

「さぁ? 頭を守るためじゃない?」

「うーん。まぁ、いいか」

「敵じゃないんだし、いいんじゃない?」



 そのときはあまり気にしなかったヘルメットの集団。……これが俺の運命を狂わす元になるなんて露にも思わなかった。



『――警察官の群れが東側で確認されました。戦闘態勢に入ってください』

『――こちら、北側担当。警察官の集団を捕捉』

『――南側です。武装警官隊の群れを捕捉。援護します。――以上』



 次々と、警察官が迫っていた。……そろそろ……かな?



「……みんな、そろそろ警戒態勢に入ってろ」



 全員、警戒態勢に入った。



『――こちら、西側。警官隊の群れを捕捉』

「――来た。来たぞ」



 俺のその言葉を合図として、完全な戦意を向きだす。



「……見えた。そろそろ行くぞ」



 遠くに警官隊の群れ。みんな武装しているな。SATやSITも何人かいるか?



『――東側です。読み通りこちらの警官隊の量は膨大です。すでに死傷者も数人出ております。増援を。――以上』



 東側……もう少し頑張ってくれ。俺たちは今からなんだから。



「……行くぞ」

『おぉーっ!』



 ――ダッ! 俺たちは向かいくる警官隊に特攻を仕掛ける。



「!? う、撃てぇ!」



 ――パァン! パァン!

 俺たちの突然の特攻に驚いた警官隊がバンバン拳銃を発砲する。…………。



「……なんかさぁ」

「……あぁ」

「……遅いよな」



 さすが俺の隊員たちだ。銃弾の流し方は覚えてる。もちろん俺や樹里も。



「! な、なんだと!?」



 ひょいひょい弾丸を避けながら突撃してくる俺たちに面食らう警官たち。



「遅いんだよ、てめぇら。撃つ速度も弾丸の速度もな」



 ――バキッ。容赦なく殴る俺。



「おーい、おまえら、警官ども。俺らが特攻して驚いて発砲したから拳銃の弾を使いきっているやつが多いはずだぞ」

『!?』



 警官隊たちの顔が歪む。



「投降しろ。武器、全部捨てろ。命は奪わないようにするのが仕事なんだ。今、引けば俺らはなんにもしないと約束する」

「ほ、本当か……?」

「ああ、本当だ。俺はガキだけどな、これでもここの隊長だ。約束は守る」

「……ひ、引けぇ!」

『は、はい!』



 ガシャン。ガシャン。

 怯えた表情で武器の拳銃や警棒を捨てて退散していく警官たち。



「ふぅ、終わった。よし、東側に行こうか」



 こっちは死傷者ともにゼロ。まぁ、勝手に逃げちゃったからね。――そのとき。



「……ぐ、グオオオオオオッ!」

『!?』



 突然ヘルメットをした例の隊員のひとりが苦しみ出して倒れ、驚く俺たち。



「お、おい! どうした!?――樹里! 七番隊に連絡してくれ! それ以外は全員、東側に向かえ!」

「わかったわ!」

『了解しました!』



 樹里は携帯を、他のやつらは東側に向かった――っと、思いきや。



「……ぬ、ヌアアアアァァァッ!」

「……ガアアアァァァァァアッ!」

『!?』



 な、なんだ!? 他のヘルメットの奴らも苦しみ出したぞ!



「お、おいっ! どうしたおまえら!? どこの隊員だ! 顔、見せて貰うぜ!」



 俺がヘルメットを剥ぎとる。――っ!



「……な、なんで、おまえ……俺と顔が似てるんだ……?」



 まるで鏡にでも映したような、俺の顔がそこにあった。…………ヤロウ。



「……ね、ねぇ、鏡輔……」

「……あぁ。たぶん俺と考えていることと、同じだ――って、おい! おい!……ダメか……」



 俺によく似た顔の奴はもう息がなかった。……たぶん、他の奴らも息はないだろうな。だって、ヘルメットの下の顔は、おそらくみんな同じ「この顔」なんだから……。



「……ねぇ、報告する? これ……」

「……いや、いい。これは、俺の問題だ」



 この問題は俺が解決する。これは俺の尊厳の問題だ。



「……わかった。報告しないわ。でも、私はついて行くわ。有無は言わせないわよ」

「……ありがとよ、樹里」



 いいやつを仲間にできた俺は、幸せ者だ。



『こちらは雛形だ。乱は治まったぞ。帰って来い。怪我人は七番隊に伝えろ。――以上』



 警官たちの乱れが俺に乗り移ったのか、今度は俺の歯車が、乱れ始めていた。



     ❁ ❁ ❁



「ここ……か……」

「そうね……」



 翌日。俺と樹里は十三番隊の特別実験施設の前にいた。

 数少ない十三番隊の隊員の話によれば、奴はずっと、ここに籠りっぱなしらしい。



「……さって、行くかね」

「ええ、行きましょうか」



 俺たちは中に入った。すると……。

 ――ドンッ! ガチャッ! ドアが、勝手に閉まった。



「……ヤベッ!」

「……やられたわね……」



 俺はドアを押したり引いたり体当たりしたりしてみたが、開かない。



「……閉じ込められちまったか……」

「そうみたいね……」



 俺たちが呟く。

 ――ジジッ。

 ノイズが走った。



『あー、あー。聞こえているかね? 愚かな実験用モルモットども』



 どっかのスピーカーから声が聞こえた。この声は……ッ!



「ジェームズ・オリバーソンッ!」

『ほほっ。ワシに話があるんじゃろう? だったら一階の立ち入り禁止エリア、最重要特別実験室に向かいたまえ』



 ――ジジッ。

 通信は途切れる。



「……罠だとは思うが……」

「……行くしか、ないみたいね……」



 俺たちはここの奥の方にある最重要特別実験室に向かった。

 そこは、普通の十三番隊隊員だけでなく俺たち隊長格でも見ることができない部屋だった。



「階段があるな」



 ぽっかりと地下へと続く穴があった。



「行こうか、樹里」

「うん」



 穴の階段で地下に降りて行く俺と樹里。その穴は、意外に深い。

 そして五分後。

 ようやく、階段を降りきった俺たちは広場に出た。



「な……なんだここは!?」



 そう叫ばずにいられなかった。



「……まるで、悪夢の実験室を具現化したような部屋ね……」



 樹里が言う通り、まさにそんな部屋だった。

 そこには、色々な機械がぎっしりとあり、試験管も大きいのから小さいのまでたくさんあり、薬品も大量にある部屋だった。うっすらと蛍光灯があるも、部屋の中は暗く薬品の匂いもするため気が狂いそうになりそうだった。



「フフフ。悪夢の実験室とは、いい感想だね、樹里君。最重要特別実験室の地下室へようこそ、十七夜鏡輔君、芹沢樹里君」



 そんなごちゃごちゃな部屋の奥に、ジェームズがいた。



「ウフフ。喜ぶがいいさ。キミ達以外にここに招待した客はいないからのぅ」

「……ジェームズ、どういうことだ?」

「なんじゃい。主語がないのぅ」

「とぼけんな! おまえ、俺のクローン作ったろ!」



 激昂する俺。



「ウフフフ……。まぁ、来たまえ。面白いモノを見せてやるからのぅ」



 俺に手招きするジェームズ。



「おっと、樹里君はここに残りなさい。ワシは鏡輔君とお話したいのでね」

「なんですって? 私も……」

「樹里、奴の言う通りにしろ。隊長命令だ」

「……わ、わかったわよ……」



 しおらしくなる樹里。



「まぁまぁ、いざとなったら――」



 俺は樹里に耳打ちをし、あるモノを樹里に手渡す。



「――わかったわ」



 樹里は了承してくれた。…………さて。



「待たせたな、クソジジイ。――行こうぜ」



 樹里を置いて、俺は警戒しながらジェームズについて行った。



     ❁ ❁ ❁



「ほら、着いたぞい。あれを見てみぃ」



 ジェームズが指を指しながら言う。そこには……。



「あ、あれは……ッ!」



 鋼鉄の巨大で前だけ透明な容器があった。中には水と、俺と同い年ぐらいのふたりの少女がいた。

 ガシャン!

 入ってきた鉄でできた扉が閉じた。……簡単には開かない……か。

 ニヤけて言うジェームズ。



「ほら、おまえの妹たちだ。喜べ、十七夜鏡輔君!」



 …………。



「あいつらが、俺の妹だと……?」



 腹の中が煮えくりかえっている俺。もう、我慢できねぇかもしれん。



「ああ、そうじゃ。昨日のゴミどもとは違う、完成されたクローンじゃ。ワシのオリジナルの製法で、調整も済んだし従来のクローンの大半の弱点だった、成長させた状態の誕生による寿命の短縮化もなくした」



 ……そうか。だから、昨日の奴らはすぐに死んじまったんだな……。…………。



「……ゴミ……だって……?」



 俺の殺意はむき出しになる。



「ああ、ゴミじゃ、あんなの。実験の失敗作は所詮、ゴミ」



 ……ブチンッ!



「テメェ、ざけてんじゃねェッ!」

「おお、こわいこわい。まったく、そんな大声出して、どうしたんじゃい?」



 ジェームズのニヤけ顔が俺の神経を逆撫でる。



「……テメェは今、昨日の奴ら……俺の弟たちをゴミ扱いしたな……?」

「ハハハハッ! なんじゃい? キミはあんなゴミどもを弟扱いかい? 優しいのぅ。――そうじゃよ。だって、ゴミはゴミじゃ」



 ……ブチッ。ブチンッ!



「殺すッ! ブッ殺してやるッ!」

「――おっと。キミの相手はこいつに任せよう」



 ――ピッ。

 キレている俺を無視してなにかのボタンを押すジェームズ。

 ――ガコンッ。

 鋼鉄の容器が割れ、そのなかに入っていた俺のクローンが中の水と同時に出てきた。

 目を開けたそいつは綺麗な銀髪の、青色の瞳をした玉のような美少女だった。……とても、俺のクローンとは思えないまったくの別人だった。



「今、おまえ、自分のクローンっぽくないって思ったじゃろ」

「……ああ」

「それもそのはずじゃ。――ほらおまえ、この服を着たまえ。風邪ひくぞい」



 俺のクローンに手に持っていた服を与える。



「完成版と言ったじゃろ? 性別は女に、瞳や髪にはそれらを司る染色体の色を変更したんじゃよ。あと、少しばかり樹里君の遺伝子も使ってね。八割がキミ。二割は樹里君じゃ。おかげで、キミのクローンだとは誰でもわからないじゃろうね。それに対して――」



 ――ピッ。ガコンッ。

 もうひとつの容器も割れた。出てきたのは……。

 ――似ている!

 俺に似た美少女。正確には俺の女の子版みたいな、本当に俺の妹みたいな感じの、愛らしく、整っている顔つきの美少女だった。



「こいつはキミへのプレゼントじゃ。いかにも自分の妹みたいだろう? そりゃそうじゃ。キミの遺伝子百パーセントじゃからのぅ。ワシに遺伝子を提供してくれたご褒美じゃ。フフフ……、少し信頼性がある雛形の名を出したら簡単に緊張を解きおって、まだ子供じゃのぅ。ほら、おまえも。服を着ぃ」



 ……。…………。………………。



「てめぇ、なんのつもりだ?」

「なにもなにも、こいつをキミにあげると言っているのだよ」

「……もうひとり、そっちの銀髪の方はどうするんだ?」



 着替えている銀髪少女に指さして訊く俺。



「ん? こっちはこれからの実験材料に使うんじゃよ。こいつらの量産の実験をしなくちゃいけないからのぅ」



 ……んだと?



「そいつは……また、実験の素材になっちまうのか……?」



 怒りに震える俺。



「そうじゃよ。多少、身体に負担を与えてしまうが、仕方ないじゃろぅ。それがワシのこの研究のテーマなんじゃからのぅ」



 …………。



「……ダメだ」

「ん?」

「……ダメだって、言ってんだよッ!」



 勝手に作った人間をさらに、量産するための素材にするだと!? ふざけんのもいい加減にしろ! 命をなんだと思っていやがる!? しかもそいつは……俺のクローンだ! ふざけんじゃねぇッ!



「……我儘な子じゃのぅ。それで? どうするんじゃ?」

「――こうするんだよッ! 殴り飛ばしてやるッ!」



 ――ダンッ!

 俺はジェームズに殴りかかる。ブッ飛ばして捻じれ曲がった精神を正してやるッ!



「フフフ……」



 奴は笑っていた。……舐めてんのか?

 俺の拳がジェームズに突き刺さろうとした――その瞬間。

 ――ガッ!

 俺の拳が誰かに掴まれていた。



「――っ!? お、おまえ……」



 俺を掴んでいたのは、服を着た銀髪のクローンだった。



「チッ!」



 俺は銀髪少女の手を振り払い、後ろに下がって距離を取る。



「ハッハッハッ! こいつの親はワシじゃ! だから、ワシを守って当然じゃろう!」

「テメェ! ざけんなッ!」



 再び殴りかかろうとする俺。しかし――ダッ! また、銀髪少女が俺に向かってくる。――っ!



「迅い!」



 銀髪少女は俺に素早く近づき、俺に襲いかかる。



「くっ!」



 俺はなんとかかわしながら、攻撃しようとするが……。

 ――ひょいッ!

 よ、避けられた! でもッ!



「似ている!」



 全ての攻撃・避け方が似ているのだ! 俺に! しかし――。

 ――ドンッ!

 攻撃が……重い!――っ! この重さはまるで……。



「それはそうじゃ。運動神経は元からいいように調整しておいたし、おまえの戦い方と戦闘体験の記憶だけを脳内に移植しておいたからのぅ。戦闘は初めてじゃが、戦闘体験までおまえと同じ状態じゃ。チート状態じゃ。それに加えて樹里君の記憶も使ったから二重の強さだと思うぞぃ?」



 やっぱり! この力強さは樹里のものだった!

 俺は隠密機動隊。

 だから俺の動きは素早いし、多彩な戦闘術まで取得しているかわりに、攻撃の威力は少し低い。っていっても、並みの相手は二発か三発で決められるけど。

 しかし一方、樹里は本来、力がとても強く豪快な攻撃を好む。

 今はそういうのは隠密機動隊では滅多に使わないから、樹里はそれを封印して、文房具などの軽い武器になるものを使った攻撃方法に切り替えたのだ。

 てか、いつの間に俺と樹里の記憶も盗んでいたのかよ! どんな方法を使った!?

 ――ボコンッ!



「うおっ!?」



 銀髪少女は俺に殴りかかってくる! 俺は少女の拳を両手で受け止めるが……お、重い! 押し負ける!



「……クソッ!」



 俺はなんとか殴りかかっていた銀髪少女の手を放すのと同時に、この場を離れる。

 ――ドッゴォォン!

 銀髪少女の拳はそのまま床に叩きつけられた。そして、その床は大きく凹んでいた。

 つぅーっと冷や汗をかく俺。



「ホホッ! なかなかの攻撃力やのぅ」



 横で楽しそうに見ているジェームズ。



「……くっ! おい! おまえ、いいのか!? このままで!」



 俺は銀髪少女に話しかける。



「このまんまじゃ、おまえ。永久にアイツの実験材料だぞ! そんなんで本当にいいのかって訊いてんだ!」



 しかし、無表情で俺に向かってくる銀髪少女。



「おい! 聞こえているか!? 本当にいいのかよ――って、うおッ!?」



 ――ヒュンッ! 俺のついさっきまで顔があったところに、銀髪少女の拳が通る。



「残念。そいつにはワシがマインドコントロールしておいたんじゃよ。キミの声は一切、届かんよ。ヒヒッ」

「チックショウ!」



 このジジイ、なんてことを! 俺はとにかく、銀髪少女から逃げ続ける。



「おいおい、鏡輔君。さっきから、なんで攻撃しないんじゃい? 攻撃する隙はいっぱいあったじゃろぅ? まさか、攻撃なしで勝てるだなんて思っているまい」

「ハッ! なに言ってんだてめぇ?」



 俺はわからない表情をしているジェームズにハッキリと言う!



「こいつは、不本意ながらも生まれてきちまった、血の繋がっている妹なんだよッ! だからだッ!」



 俺は視線を銀髪少女に向ける。とても無表情な顔だった。



「おいッ! おまえ! いい加減にしろッ!」



 ――ビクッ! 銀髪少女は少し怯えた表情をする。



「俺の質問にいい加減答えろ! おまえは、そこに座っているジジイの研究材料にされ続ける! 肉体の負担もある実験だ! とてもきついと思うぞ! それでもいいのか!?」

「無駄じゃ。行け」



 ――ダンッ!

 しかし、俺の言うことは聞かず、俺の方に跳び出してくる銀髪少女。……ダメな兄貴だな、俺は。妹すら助けられないなんてな……。どうせ避けようとしても避けきれない。俺は目を閉じて銀髪少女の拳を受けようとした。が。



「……?」



 いつまで経っても拳が飛んでこない。

 目を開ける俺。そこには……。



「……にい……さん……」

「!? お、おまえ……」



 もうひとり、俺に似たクローンの少女だった。

 そいつは俺に向かってきた銀髪少女の拳を、両手で抑え込んでいた。しかし、やはり重いらしく、可愛らしい顔は苦しく歪み、腕や脚はプルプルと震えていた。



「ちっ。来いッ!」

「……へ? あ……」



 俺は少女の胴を掴んで離れる。



「ほぅ。そういえば、そっちの方にはマインドコントロールはしていなかったね。あと、おまえの記憶を戦闘体験だけでなく全て植えつけいるんだっけね」

「! そ、そうなのか?」



 ジェームズの言葉に俺は助けてくれた少女を降ろして訊く。



「……はい。私は兄さんの記憶を、全て持っています。幼い頃から戦闘訓練を受けていたこと。今年、SICに来たことも」



 ……そうか。



「よしよし」



 俺は笑顔で少女の頭を撫でる。



「……へ?」



 ポカンと間の抜けた顔をする少女。



「よろしくな。俺の妹」

「……え? で、ですが……」

「なんだよ。今頃『私は兄さんのクローンなんですよ』ってか? もう、そんなこと関係ねぇよ。どんな生まれ方をしていようが、おまえは俺の血が繋がった妹だ」

「に、兄さん……うっ」



 泣いてしまう少女。おー、よーしよーし。



「泣くなって。今から、名前をやるからな」



 さて、なんて名前にしようか――。

 ――ヒュンッ!



「うぉあっ!?」



 考えている俺にいきなり拳が飛んできた! 俺はギリギリ気付いて避ける! び、ビックリした!



「あ、あぶねーじゃねーかッ! おい! そこのクソジジイ! 今、俺、こいつの名前を考えているんだからそいつの攻撃をやめさせろよ!」

「ふんっ。やーだね」



 なんてジジイだ。子どもかよ……。

 しかし、お構い無しに俺を襲う銀髪少女。



「おおっと、名前考えながら逃げよッ!」



 えっと、名前名前はっと。

 ――ドンッ! 銀髪少女の拳が飛んで来る。



「あっと……」



 ん?「あ」?……よし、「あ」から始めよう。「あ」から始まるのは……「歩く」? さっきから走ってばっかだから「歩く」って単語はなんか和むなぁ。あとは、こいつ可愛いしな。「美」の字を足してみよう。……うん。これだッ!



「よっしゃ、おまえの名前は『歩美』だ!」

「え? わ。わた……し……」



 座ったままポカンとする少女、いや、歩美。



「そうだ。これからおまえは歩美だ! 十七夜歩美! いいな! 忘れるな!」

「に、兄さん……」



 また泣いちまった。泣き虫だなぁ。



「あとは――」



 ――ブンッ!

 さっきから俺を襲ってくる銀髪少女。



「おわっと、おまえの名前も考えてやるからな……にしても」



 さっきっから殴ったり蹴ったり連続技を決めようとしてくる銀髪少女に向き直る。



「あっぶねぇんだよ! おめぇは!」



 俺は銀髪少女の攻撃を容易にかわす。



「な、なに!?」



 驚くジェームズ。



「おまえはそこで見てろ、クソジジイ!――来いぃぃぃぃぃいッ! 樹里ィィッ!」

「――あいよ!」



 ――ピッ。ドッカァァァァァァァァァァァァンッ!

 俺の張り裂ける声に反応して鋼鉄の扉が吹っ飛び、樹里が飛びだしてきた。



「まったく。いいものを持っているじゃないの」



 樹里に渡しておいたプラスチック爆弾。この爆弾は特別製でな。ほとんどの物を吹っ飛ばす強烈なもんだ。



「いいじゃねぇか。隊長なんだぞ? 俺は」

「それにしても、その隊長さんが大苦戦中だったじゃない」

「俺の俊敏さとおまえの力強さが合わさったやつが相手なんだぞ?」

「ふん。まぁ、このジジイは捕えたから、存分にやりあいなよ」

「あんがとよッ!」



 樹里はジェームズを捕え、首に物差しを当てていた。



「ふん。たかが物差し程度で――」



 ――ズバッ。ガシャン。

 ジジイがなにかを言いきる前に、樹里は近くにあった鉄の扉の破片を三十センチ物差しで切り捨てた。…………。



「物差し程度がなんだって? えぇ?」

「…………」



 あーあ、だまっちゃった。……あの物差し、本当に竹でできているのか? 怖ぇ……。



「ほら、あんたはその娘を説得なさい」



 ――ドゴンッ!



「おおう!」



 ヤベヤベッ。いつの間にか俺から距離を取っていた銀髪少女が襲いかかる。相変わらずなんて威力だ。あぶねーよ。

 また殴りかかってくる銀髪少女。……ったく。



「――もうおまえの攻撃は見えるんだよ!」



 俺は少女の腕を掴む。何回同じ攻撃を受け続けたと思ってんだ。



「なっ!?」



 銀髪少女がようやく声を上げる。……可愛い声だな、意外に。でもやっぱり気が強そうな雰囲気だね。



「ほら、次こいよ」



 俺はそいつの手を放し距離を取らせて、手招きする。

 ――ダンッ!

 俺の挑発に少しキレた様子の銀髪少女が俺に突っ込んでくる。――似ているな。俺に。キレるとついつい、なにも考えず突進してくるクセ。だから――。



「おまえの弱点は知ってんだよ!」



 ひょいッと普通にかわして、無防備になった背中に抱きつく俺。



「!?」



 驚いた表情の銀髪少女。――よし。だんだん目に光が戻ってきたな。



「……なぁ。おまえはな。俺の妹なんだぞ?」

「い、いもう……と……?」



 よしよし。ちゃんと話せるようになってきたな。俺は優しく話しかける。



「そうだ。俺の妹なんだよ、おまえは」

「で、でも……わたしは……鉄の……子宮に……」



 ……そっか。自分がクローンという自覚はあるんだな。



「まぁ、たしかにおまえはクローンだな」

「で、でしょ……? だ、だから……」

「だからどうした」

「え?」

「おまえがクローンであろうがなんだろうが、俺の血をわけた妹に変わりはないんだよ」

「!……くっ、うぅ……」



 ペタンと力が抜け、泣きながらへたり込む銀髪少女。……なんで俺のクローンはこんなに涙脆いんだ? 俺ってそんなに泣き虫だったっけ?



「よしよし。待ってろよ、今から名前を――」



 ――ガンッ!



「ッ!?」



 俺の頭に激痛が走る。な、なんだ!? こいつの攻撃じゃねぇ。



「鏡輔! うしろ!」



 頭を押さえながら樹里の言葉で後ろを振り向く。そこには……。



「な、なんだ……こいつは……」



 巨人がいた。

 俺なんかよりも全然大きい、全長四メートルぐらいの巨人。

 長い白髪のまったくの無表情。目が完全に据わりきってしまっている。しかし、操られているわけではない。が、自分の意思も感じられない。――まるで、魂が入っていない抜け殻のようだった。

 ――ブンッ! ゴッ!



「ぐッ!」



 巨人の拳が頭に直撃した! い、痛ぇ! な、なんだこいつは!



「ヒヒッ。そいつはワシの傑作じゃよ。『アドバンテージ』。キミと樹里君、そして雛形の遺伝子を全て組み合わせたクローンじゃ。さらに色々な生物の長所も取り込み、体長も大きくしておいた。攻撃の的は大きいが、逆に攻撃するリーチの長い。だから、飛び道具がない今のキミにはこいつには勝てんよ。――こいッ! アドバンテージッ!」



 ――バサッ。

 巨人、アドバンテージの背中に翼が生え、ジェームズの方に飛ぶ――って、や、やべ……意識が薄れてきた……。



「ね、ねぇ……だ、大丈夫……?」

「に、兄さんッ!」



 心配そうに眺めてくる銀髪少女と俺は必死に呼ぶ歩美。……そんな顔、すんな。



「……ヘヘッ。大丈夫だ、ふたりとも。それよりもおまえの名前だったな……。そうだなおまえは……」



 薄れて行く意識の中、俺はこいつの名前を必死に考えた。

 ……そうだなぁ。こいつ、俺にそっくりだから「鏡」の字……だ。あと……は……、女の子っぽく……「花」でいいか……?



「よし……今日からおまえは……『鏡花』……だ……」



 ――ガク。

 俺はそこで気を失った。

 ……よかった。名前、ちゃんと決めてあげられて……。



 ――Zyuris story その後の真実――



 いきなり後ろから現れた巨人「アドバンテージ」。

 そいつは鏡輔を倒し、私――芹沢樹里の方に跳びかかってきた。



「くっ……」



 なんとか避けたが、私がさっきまで捕えていたジェームズがいない!

 穴のあいた天井を見上げれば、翼が生えたアドバンテージの肩に奴がいた。



「ハッハッハッ! ワシは暫く姿を消すよ! 雛形に言っておいてくれい! 『十三番隊隊長、ジェームズ・オリバーソンは裏切って逃走した』とな! ほれ、テープレコーダーじゃ! これで証拠ができるぞい」



 ジェームズは私にテープレコーダーを投げてくる。私はそれをキャッチして激昂する。



「ふざけんじゃないわ! 降りてきなさい!」

「やーだよッ! ハッハッハッハッハ……」



 笑いながら、ジェームズはアドバンテージと一緒に空の彼方に消えて行った。



「チッ! きょ、鏡輔ッ!」



 倒れている鏡輔に駆け寄る私。



「に、兄さんがッ!」



 慌てるクローン――いや、歩美。私は鏡輔の様子を見る。



「大丈夫。頭を強く打って……気絶しているだけよ……」

「……よ、よかった……」



 安堵の息を吐く歩美。……悪い娘じゃないわね、この娘。



「……鏡花……わたしは……鏡花……」



 もうひとりの銀髪のクローン――鏡花は鏡輔に付けられた名前を繰り返して呟き――。

 ――フッ。



「ちょ、ちょっと……!」



 突然、気絶して倒れる。……きっとマインドコントロールが完全に切れて、疲れちゃったんだろうね。この娘も悪くない。悪いのはあのクソジジイだ。



「……せ、芹沢さん……」

「樹里でいいわ。あんたは、鏡輔の妹なんだから」



 クローンだろうがなんだろうがどうでもいい。あんたは鏡輔の妹だ。



「……じゃ、じゃあ、樹里さん。……どうしましょうか?」

「…………」



 ……………………。


「どうしよっか?」



 ニッコリ笑顔で答える私。うん。どうしよう。ホントに。



「……報告します?」

「イヤッ! 絶対ダメッ! それはッ!」



 それだけは絶対ダメだ。報告した瞬間、歩美と鏡花は処分される!



「……じゃ、じゃあ、どうすれば……」



 困ってしまう歩美。…………こうなったら一か八か……ね。

 携帯を取り出す私。



「え、えっと……どちらに、お掛けするのですか……?」

「――鏡輔の父親よ」

「!」



 あのひとなら……なんとかしてくれるかもしれない。私を可愛がってくれていたし、それにあのひとは――。



「現在のFBIの長官の十七夜秀之氏に、ですか……?」

「そうよ。今から電話してみるわ」



 私は秀之氏に電話を掛ける。

 ――プルルッ。プルルルッ……ガチャ。



『もしもし』

「あ、もしもし。おじさま? 芹沢樹里です。お久しぶりですね」

『おお! 樹里ちゃんだね。いやいや久しぶりだね。どうだい? SICの生活は?』

「……正直、今日をもって、最高が最悪になりましたよ」

『――なにか、あったのかね?』



 朗らかだったおじさまの声色が真剣なものに変わる。



「……ジェームズ・オリバーソン」

『……彼の仕業か……。……もしかして、変な実験でもされたのかい? たとえば……クローン複製術、とか?』

「……流石、聡いですね」

『彼は危険人物だから、あえてそっちに送り込んで警戒していたのだが……失敗したようだね』

「ええ。まんまとあなたの息子さんのクローンが生まれてしまいました。二体も。今ここにいますよ。一体は落ち着いており、もう一体は現在意識不明です」

『そうか……。――わかった。今からそっちにヘリを送る。樹里ちゃんと鏡輔、そして、二体のクローンを保護させる。だから、樹里ちゃんは雛形君にジェームズの裏切りについてだけ報告。クローンについては絶対に喋らないでくれたまえ』

「了解しました」

『今から二十四時間後にヘリが到着する。頼んだよ』

「はい。では失礼します」



 ――ピッ。

 電話を切る私。歩美に話しかける。



「いい? 今から二十四時間後にヘリが来るわ。それに乗るからね。それまで鏡輔と鏡花を見てて。私は今から雛形隊長に報告してくるからね」

「わ、わかりました……」

「よしよし。じゃあ、行ってくるからね」

「は、はい……。いってらっしゃいです……」



 私はここを離れ、報告しに行った。



     ❁ ❁ ❁



「なに!? ジェームズが裏切った!?」

『!?』



 重要会議室。雛形総帥が驚きの声を上げる。会議中だったらしく、全隊長格と一部の隊長補佐官が揃っていた。



「はい。私と隊長の十七夜鏡輔が奴の不審な行動に気が付き追ってみたところ、彼は裏切って車で逃走しました。十七夜隊長は今、逃走しているジェームズを追っています。ナンバーはすみません。控えていません。おそらく偽装ナンバーです。これが証拠のテープレコーダーです」



 雛形総帥にテープレコーダーを提出する。さっきちょっと聴いたけど、私とジジイの会話がそのまんま録音されていた。……舐めたことをしてくれる。



「ふーん」

「あのおじいちゃん、裏切ったんだ」

「面倒そうだねぇ……」

「おいおい、龍侍。簡単な話だ。見つけて殺すだけだ」

「まいっちゃったなぁ……」

「パパ、ジェームズ殺していい?」

「ダメだ、美鈴。――オレが殺す」

「…………」



 各自、声を上げる隊長と補佐官たち。



「……今日は『武装警察官集団デモ事件』の会議をしようと思ったんだがな……予定が変わった。――ジェームズの今後の対策会議に変更する!」

『はい!』



 こうして、ジェームズはSS級犯罪者となって指名手配されることになった。



     ❁ ❁ ❁



「来たみたいよ……」

「そうですね……」



 あれから二十四時間後。FBIのヘリが到着した。鏡輔の鏡花もまだ寝ていた。

 ヘリの乗務員が顔を出す。その顔は……。



「マリー!」

「ジュリー! 久しいネ!」



 乗務員は和泉真理。

 私のアメリカの同僚で特徴的な口調の金髪ハーフ。今はFBIの幹部のひとりだったっけ。



「あなたがいるなら、信用してもよさそうね」

「用心深いネ、ジュリー」

「だって、事情も事情だから」

「クローン人間なんて本来、存在してはいけないからネ。まぁ、乗ってョ。少なくても私は味方ョ?」

「……そう願うわ。さぁ、乗りましょう、歩美」

「はい」



 こうして私たちはアメリカに渡った。正確には、またアメリカに渡った。



     ❁ ❁ ❁



「さぁ、着いたネ」

「……久しいわ。この建物を見るのも」



 アメリカのワシントン州にそびえる巨大な建物、FBIの本部。



「マリー、担架を持ってきてくれる? 見ての通り意識不明のひとがふたりもいるのよ」

「わかったョ。ちょっと待っててネ。ジュリー」



 マリーは言い残して担架を取りに行った。



「ふぅ。もう大丈夫よ。あなたたちは無事に保護されるわ……」

「そ、そうなんですか……」



 複雑な顔をする歩美。……?



「どうしたの?」

「いや、私たちみたいなのがいいんでしょうか?」

「?」



 歩美が隣で寝ている鏡輔と鏡花を見て不安そうに言う。



「だって、兄さんや樹里さんがなんとおっしゃろうとも……私は、私たちはクローン人間であることには変わりありません。本来存在してはならない人間。そんな私たちを本当に生かしてくれるのでしょうか?」

「…………」

「それだけじゃありません。私たちの存在を知っている兄さんや樹里さんに、なんにもしないのでしょうか?」



 私に現実が叩きつけられる。

 ……歩美の言う通りだ。人間のクローンなんて存在してはいけない。しかし、存在してしまっている。しかも成功して外傷や後遺症もない完品の状態だ。そして、その存在を知ってしまっている私と鏡輔は上層部からしたら邪魔な存在だ。



「私は……覚悟できていますよ……?」



 ……覚悟。たぶん……殺される覚悟……だろう。



「…………」



 すっかり黙り込んでしまう私。



「ジュリー。担架持ってきたョ――って、あれ? どうかしたネ?」



 心配そうに私に覗き込んでくるマリー。



「大丈夫ネ? 今から全員、十七夜さんのところに行くョ?」

「……?」



 へ? なんで、じきじきにおじさまに話ができるの?



「さぁ、いこうョ。――あんたたち、そのふたりを担架に乗せるネ! ほら、グズグズしないョ!」

『は、はい!』



 屈強そうなサングラスの大男は、マリーの指示に従って鏡輔と鏡花を担架に乗せる。……なんとも言えないシュールな光景だった。



「ほら、ついてきてョ」



 私たちはマリーについて行った。



     ❁ ❁ ❁



 コンコン。



「失礼します。監察官長の和泉真理です。例の四人を連れて参りました」

「うむ。いいよ」



 ガチャ。

 局の中のとある一室。

 大きなデスクの椅子に座っているダンディそうな、しかしどこか、優しそうな感じの男性がいた。

 このひとこそ、現FBIの長官かつ鏡輔の父親、十七夜秀之氏。

 日本人初めての長官……つまりそれは、かなりの実力と実績を積んでいる証。



「寝ているふたりはそこのソファに寝かせておいてくれ。もういいよ。キミたちは出て行きなさい」

「はい。――ほら行くわョ! あんたたち、タラタラしないネ!」

『う、うす!』



 マリーたちは退室していった。…………。



「さぁ、キミたちはそこに腰かけたまえ。今からお茶を立てるからね。ハハハッ。なに、今は立場とか気にしないでいいよ。樹里ちゃんは私の息子の親友だし、そっちの娘は、どうやら知らないうちに生まれた私の娘らしいしね」



 朗らかに笑いながらティーポットからお茶を注ぐおじさま。



「さぁさぁ、飲みたまえ。なに、毒なんか盛っちゃいないさ。キミたちは大切なお客様なんだから」

「……そうですか」



 私は勧められてお茶を飲む。……おいしい。どうやら、本当に入っていないらしい。てか、飲んで確かめるって、どうかしてるわね、私。



「まぁ、今日はね、お話をしたくてね。――キミ、名前は?」



 おじさまが歩美に訊ねる。



「はっ、はい。歩美といいます……」

「歩美ちゃんか……樹里ちゃん。そっちの娘は?」



 寝ている鏡花に視線を向けて私に訊くおじさま。



「えっと、鏡花……です」

「ふむ、鏡花ちゃん……か。なかなか可愛い娘たちを創ってくれるじゃないか、ジェームズ君も。はっはっは」

『……へ?』



 笑うおじさま。???



「いやいや、失礼。歩美ちゃんも鏡花ちゃんも別に殺したりなんかしないし、樹里ちゃんにもなんにもしないよ」

「……な、なぜ……?」



 歩美が訊く。



「本当は全員、なんらかの処分をするつもりだったんだけどね。でも、私を含めてほとんどの幹部が否定してね。取り止めになったんだ」

「そ、それじゃあ……いいんですか……?」



 おじさまが笑顔で頷く。



「ああ、いいんだよ。キミと鏡花ちゃんは今日から私の娘だ」



 ……。…………。………………や。



「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ! やったね、歩美!」

「じゅ、樹里さん!」



 抱き合う私たち。FBIって心広かったんだね! てっきり、頭の固いおひとばかりだと思っていたよ! 見直した!



「おっと、感動中に失礼だが、一つだけ条件がある」

「? 条件……ですか……?」

「そうだ。それはな――」



 おじさまは鏡輔と鏡花の方を見て複雑そうな顔で口を開く。



「――鏡輔と鏡花ちゃんの今までの記憶を全て封印する」

『!?』



 ……な、なんですって……?



「鏡輔にはSICをやめて、一般人として生活させる。名前も変更する。歩美ちゃんは記憶を失った鏡輔の監督と監視をしてもらう」

「な、なんで、そんなこと……」

「鏡輔の性格からして、目覚めたら怒ってジェームズを探すだろう。そのとき、変なこと口走ってクローンの存在を知られたら、世間に非難され、問題になる。だからだよ」



 ……たしかに。鏡輔ならなんかやりそう。



「そして、歩美ちゃんも鏡花ちゃんも、キミからの報告だと鏡輔の情報が頭にあるんだってね」

「……はい」

「だったら、鏡輔に性格も酷似している可能性がある。だからだよ。歩美ちゃんは鏡輔の記憶と今までの出来事を全て把握しているから、あえて記憶を残して鏡輔を見守って貰いたい。鏡花ちゃんはFBIの施設に入って、再び戦い方を一から教え込む。樹里ちゃんはもう、事の重大さがわかっているだろうからなんにもせずにいつも通りの生活を送って貰いたい」



 ……そうか。でもッ。



「……だったら、私もSICから脱退してもいいですか?」

「! し、しかし……」

「私も鏡輔を見守りたいです! だって――」



 これだけは譲れなかった。私は――。



「――鏡輔が好き……ですから……」



 真っ赤になる私。



「……わかった。いいだろう。キミも鏡輔の近くにいてもらおう。条件付きでな」

「どんな条件でもいいです! なんですか?」

「SICの十二番隊に入って貰う。あそこは確か隊長がまだいなかったね?」



 じゅ、十二番隊!?



「! で、ですが、あそこは……」

「そうだ。パソコンのハッキング部隊だ。キミの専門じゃない。そこで……」



 歩美に視線を向けるおじさま。



「歩美ちゃん。キミにパソコンの訓練を受けて貰う。そして隊長になるんだ。樹里ちゃんは歩美ちゃんの隊長補佐官を務めて貰う」

『…………』



 黙り込む私たち。



「どうだ? 歩美ちゃん。パソコンのハッキング・クラッキング技術を学ばないか?」

「……わかりました。これも兄さんのため……なんですよね……?」

「ああ、そうだ」

「なら……引き受けます!」



 こうして、歩美は十二番隊の隊長、私は十番隊の補佐官を辞めて十二番隊の補佐官になり、別任務として名前を「杉並俊輝」に変えた鏡輔と名字だけを「杉並」に変えた歩美と一緒に一般人に装って、生活を送ることになった。

 これが、全ての真実だった。




                      To be continued



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