―第壱拾捌章 銀色のセパメント―
「ふう……。あと、もう少しね」
「……ああ、なんだかしんどかったな……」
「ねえ。二重、三重に仕掛けられていたから手こずったわね」
俺と鏡花は優稀菜が別館校舎二階の入口から多目的ホールまでに仕掛けたワイヤーを、一本ずつ切りながら先に進んでいた。
優稀菜の罠は巧妙かつ精密で、俺たちが少しでも揺らすと全てのワイヤーが動くのだ。
「なかなか、優稀菜もやるわね……」
「俺のダチだからな」
「関係ある? それ」
「少なくとも、俺の友達はおまえみたいな裏で働いているひとばかりだぞ」
「ふふっ。そうかもね」
冗談を言って笑いながら先に進むためワイヤーを切断する俺たち。
そうして、五分が過ぎ。
「……やっと、着いたわね……」
ついに三階の多目的ホールに辿り着いた。ホールの入口は開いており、中の様子が窺える。そこには……。
「……優稀菜!」
俺たちに背を向けて、ホールの中央に立っている優稀菜がいた。
慌てて行こうとする俺。しかし、鏡花に止められる。
「ダメッ! 足元を見て、俊輝ッ!」
「!?」
俺は足元を見て凍りつく。足元、多目的ホールの入口の下の方に幾つものワイヤーが仕掛けられていた。も、もし鏡花が言わなかったら……。入った瞬間、ワイヤーが俺を襲って……俺の体、バラバラになっていたぞ……!
――パァンッ!
鏡花がついに拳銃を使って足元のワイヤーを全て切断した。
『優稀菜っ!』
俺と鏡花がふたりで優稀菜を呼び、多目的ホールに入った。あたりにはワイヤーが俺たちを囲うように張り巡らされている。
振り返った優稀菜の目は、泣きそうながらも怒りを含み、凄く苦しそうなまるで、まるで孤独の煉獄を叩きつけられているような暗い目だった。
「ようこそ。俊ちゃん、鏡ちゃん……」
バタンッ!
ホールの扉が勝手に閉まった! いや、これは……ワイヤーだ! あらかじめ取り付けていたワイヤーを引っ張って扉を閉めたのだ。てか、なんて力だ! この扉、結構重いんだぞ!?
「優稀菜! 助けに来たわ! 行きましょう! 今ならまだ間に合う!」
鏡花が叫ぶ。しかし、優稀菜は首を横に振る。
「……ダメなの。もうダメなのよ……」
「ダメじゃない! 今なら――」
「優稀の言うことがわからないの……?」
暗い表情の優稀菜が鏡花に絞り込むように叫ぶ。
「――もう遅いって言ってんのよッ! 十七夜鏡花ッ!」
優稀菜の指が動く。
シャッ!
あたりに張り巡らされたワイヤーが……鏡花だけを狙って動いた!
「――っ! こんな物っ!」
鏡花は背中から……日本刀を取り出す。……なんちゅうもんを背中に隠してるんだよ。
迫りくるワイヤーを日本刀で次々と切断していく鏡花。あいつの動体視力はハンパないよな。
「無駄だよ……」
優稀菜は忍ばせていた――なんだあれ? 髪とかを梳く櫛か? その櫛を取り出し引っ張る。すると……。
「――くっ! しまった!」
一気に大量のワイヤーが動き、鏡花の体を縛り上げ宙に浮かせていた! あの櫛にもこのワイヤーの先が取り付けてあるのか! 腕を思いっきり縛られているみたいだから日本刀も使えない!
それにしてもなんて精密な操作だ。俺を狙わず鏡花だけを正確に狙って、縛り上げる! そんなことを指と櫛を引くだけでここまでできるのか!?
「優稀菜! やめろ! 鏡花を放せ!」
優稀菜に訴えかける俺。すると優稀菜は言う。
「……俊ちゃんは逃げて! ここに潜んでいるやつは凶悪だよ! だからッ!」
「……じゃあ、なんでおまえはそいつの味方についてんだよ!」
「いいから――」
「よくねぇッ!」
――ドックンッ!
なんだか、また、俺、変な感じになってきた……。なんだこれは?――怒りだ。静かだが、少しでも触れると弾けそうになるような、強烈な怒り。こんな想い。なぜか、昔に経験したことがあるような気がする。
「しゅ、俊……輝……?」
「俊……ちゃん……?」
鏡花と優稀菜が同時に俺の異変に気付く。――だって、俺は物凄い殺気を放っているのだから。優稀菜へではない。優稀菜を操っているやつに向かってだ。
瞬間。俺の頭になにかがフラッシュバックする。
――初老の男……なにかの機械……どこかの実験部屋……キレる俺……迫りくる警官……巨大ななにか……そして、容器の中に入れられている、ふたりの人間……。
「……はっ!」
そこまで出てきて終わる。……なんだこれは? 俺の記憶?
「しゅ、俊ちゃん……?」
心配そうに話しかける優稀菜。……やべぇな、俺。自分でもわかる。今の俺は――危険だ。
「優稀菜……今の俺は自分でも、なにをするかわかんねぇんだ。だから頼む。お願いだ。――鏡花を放してやってくれ」
俺の言葉を受け、優稀菜は一瞬手が緩む。しかし――。
「……くっ。それだけは……ダメなのッ!」
なにかに縛り付けられているように叫ぶ優稀菜。
「……そうか……だったら……」
俺はありえないほどの闘志をむき出しにする。
「無理矢理にでも、解放させてやるッ!」
俺は優稀菜に跳び込んでいった。
――Kyoukas story 異変――
「しゅ、俊……輝……?」
わたしは俊輝の様子がまた変わったことに気がつく。
あのときと同じだ。中央階段のときよりは弱いけど……それでも十分、強烈な殺気。
「無理矢理にでも、解放させてやるッ!」
叫び、優稀菜に向かって跳び込む俊輝。……なんか似ているわね、わたしに。
しかし、樹里と戦ったときのわたしとは比べ物にならないほどの、恐ろしいスピードを見せつける俊輝。相変わらず、なんて速さだ。
「なっ!……くっ!」
驚いた優稀菜は俊輝を静止させるために櫛のワイヤー操り……俊輝に縛り上げた!
「なっ!?」
「大丈夫。殺す気はないの。縛り上げるだけなの……俊ちゃんは、ね」
驚くわたしに冷静に返す優稀菜。なんてこと言うの、あの娘は。
……ぷちっ……ぷちっ……。
『?』
俊輝の方からなにかが切れるような音がした。……こ、これって……。
「……!? ま、まさか……」
優稀菜も同じことを思ったのか驚きの表情に変わる。
「……ぬぁああッ!」
――ブッチーッ!
『!?』
俊輝は自分に縛り上げていたワイヤーを……ぶっちぎった!
「……な、なんで……? このワイヤーは特別製で丈夫なものなのに……」
優稀菜が自分の目の前で信じられないことが起こり、明らかに動揺する。……わたしも俊輝がやったような芸当ならできるが、優稀菜の言う通り、このワイヤーは丈夫で中からぶっちぎるなんてことはとてもできない。……なんて俊輝のスペックの高さだ。
「ふぅ……もう一度言う」
ワイヤーを千切った俊輝は、溜息を漏らして優稀菜に言う。
「――鏡花を放せ。優稀菜」
「だ、ダメなのッ!」
「……そうかよッ!」
断られた俊輝は優稀菜に向かって……殴りかかった!
「――っ!」
紙一重で避ける優稀菜。その表情は驚きに包まれていた。
「……俊ちゃん!」
「なんだよ……。鏡花を放す気にでもなったか?」
「違う! 優稀が言いたいのは――」
「じゃあ、どうでもいいッ!」
優稀菜を無視して攻める俊輝。……もう、わたしが知っている俊輝じゃない! あ、あれが普段から友達思いのひととは到底思えない! あれが過去の俊輝? もしかしたら記憶が戻りそうで戻らない不安定な状態なのかもしれない! だとしたら……俊輝の言う通り、あの状態は危険だ!
距離を詰められて、ワイヤーを使うのを諦めた優稀菜は櫛を投げ捨て、指のワイヤーは手刀で切断してわたしが解放できないように縛り、俊輝と戦っていた。
❁ ❁ ❁
俺は優稀菜に鏡花を放すように説得しながら戦っていた。
……ったく。なんなんだよ……。
「優稀菜! どうして、おまえは鏡花を解放しないんだ! そこまで、鏡花が憎いか!」
「――違うッ!」
顔を上げた優稀菜は、泣いていた。
「優稀は鏡ちゃんを憎んでなんかいないのッ! ただ、許せないだけなのッ!」
「なんでだよ!」
俺が訊くと優稀菜の頬は真っ赤になる。
「……それは……教えないの……」
俺の問いに優稀菜はプイッと明後日の方向に首を向けてしまった。……どうした?
「……あんたって、本当に鈍感……」
「あん? なんだって?」
「なんでもないわ。優稀菜、同情してあげる」
「……ありがとう」
鏡花が俺になにか言っているが聞こえなかった。しかし、優稀菜には聞こえていたらしく、優稀菜は返答していた。……本当はめっちゃ仲がいいんじゃねぇの、このふたり?
「……そ、それとっ」
「それと?」
「……なんでもないの。いくよ!」
優稀菜が俺に向かってくる。
ひょいっと軽く流すが、優稀菜は読んでいたらしく、俺がかわした瞬間、俺に表拳を入れてくる。…………。
「鏡花より少し速い……程度か?」
俺はその手を軽々と掴む。
「なっ!?」
驚く優稀菜。俺は殴ってきた優稀菜の手を見る。…………っ!。
「おまえ、こんなになるまで戦っていたのかよ……ッ!」
優稀菜の綺麗な手の指は怪我をしていて血が滲んでいた。……当り前か。入口のワイヤーと、多目的ホールのワイヤーを次々と入れ替えて引いて操っていたんだ。扉だってきっと、凄く痛い思いをして閉ざしたんだろうな。
「……もうやめよう。鏡花を解放してくれ、優稀菜」
「……それだけはできないの。優稀の雇い主の仕事が終わらない限り」
「なぜだ!?」
「……したらジュリちゃんが殺されるからなのっ!」
なっ!? 動揺する俺の隙をついて俺の手を振り払い、優稀菜は距離を取る。
「どういうことだ!?」
「……脅してきたの、依頼主が。『俊ちゃん以外のSICの捜査官を見つけたら抹殺しろ。できなければジュリちゃんを殺す。殺し方はおまえに選ばせてやる』ってね!」
「「!?」」
俺と鏡花は優稀菜の言うことに度肝を抜かす。
「で、でも、おまえが嘘をつけばいいんじゃないのか?」
「そんなことは、できないの」
断言する優稀菜。
「相手は隠し扉を完璧に把握している。――もし、相手が優稀のことを監視するひとを寄こしていたら? 嘘をついた瞬間、ジュリちゃんは確実に抹殺される――」
「――その通りなんだなぁ。それがさッ! いい推理だなぁ。ただし少しだけ、違うんだぜぇ? 加賀美優稀菜」
優稀菜の言葉を遮って突然誰かの声が上がる。
ガコンッ!
優稀菜のうしろの方の壁が開いた。……隠し扉か!
そこには半分だけ顔に仮面を被ったフード姿の男がいた。
「あ、あなた、誰……?」
優稀菜が驚きの表情に包まれる。
「ん? 俺かぁ? 俺はおまえの依頼主だぜぇ――加賀美優稀菜。ずぅーっと、こっから見ていたぜぇ。ここにいるやつ全員、いい運動神経してるなぁ、おい」
「う、嘘! あなたはここの宝を――」
「くくく、くくっ……ハハハハハハハハハハッ!」
優稀菜の言葉を聞いて、仮面男はおかしそうに笑う。
「なによ! なにがおかしいの!?」
激昂する優稀菜。しかし、仮面の男はただ、優稀菜を嘲るかのように笑うだけだった。
「くくくっ。だっておまえ、まだそんな絵空事を信じていたのかよッ! バッカじゃねぇの!? クハハッ! 腹痛ぇ!」
「! な……に……?」
「あぁん? そんな絵空事をまだ信じてんのかって言ってんだよ!」
「……って、ていうことは……」
「ああ、そうさ! 全部作り話だよ! 最初っからおまえをずっと見ていたんだぜぇ? じゃあなんでおまえを雇ったかってぇ? そんなの簡単だ」
仮面男がバカにするように優稀菜に告げる。
「おまえに地獄を見せたかったからだよッ!」
「!?」
衝撃を受ける優稀菜。しかし、仮面男の下劣な言動の嵐は止まない。
「俺はなぁ。最初っから狙いはおまえだけだったんだよ、加賀美優稀菜! この隠し扉を見つけた瞬間からなぁ!」
「ど、どういうことなの……?」
「ヒヒヒッ。俺は最初、この隠し扉を使っておまえに地獄を見せようと思ったんだけどよぉ。おまえの周りの奴らを調べるとあら不思議。SICの捜査官だらけ! そこで俺は閃いたんだ! この隠し扉を囮にして、その捜査官どもを使っておまえに地獄を見せようとなぁ!」
ゲラゲラ笑いながら仮面男が続ける。この場にいる俺たちにも聞こえるようにハッキリと。
「まず俺は、なぜか増え続ける捜査官の情報を集めたあと、こんな噂したんだ。『この学園にはなにかが隠されている』『それを狙って夜な夜な誰かが徘徊している』ってなぁ。そうしたらよぉ。そこの銀髪の女がきてここを徘徊し出した。……ククッ。バカなやつらだって俺は笑いを堪えるのに耐えたよ。全て俺の計算通りだってことも知らずにホイホイここに寄こすんだからなぁ」
「なんですって!?」
ワイヤーに縛られている鏡花が怒りの声を上げる。
「うるせえぞ、女。どうせおまえは動けねぇ。こいつのせいでなぁ」
仮面男は優稀菜に指を向けて笑う。
「あとはどうやって、おびき寄せるかだった。――杉並俊輝。てめえをなぁ」
……んだと……?
「なぜ、そこで俺が出てくる……?」
怒気を含んで仮面男に返す俺。しかし、奴は気にした様子もなくケラケラ笑うだけだった。
「おまえはこの加賀美優稀菜にとって最も強い心の支えだったからだよ!」
! なんだと……!? 優稀菜は真っ赤になって俯いてしまう。……なんてこった。俺は優稀菜にとってそこまでの存在になっていたのか。
「だから、おまえをどうにかしてSICに引き入れ、加賀美優稀菜の敵役になってもらう必要があった。そこで考えたのが加賀美優稀菜の趣味だった」
人差し指を立てて聴きたくもない説明する仮面男。
「こいつの趣味の恋愛シミュレーションゲームはネットで取り寄せている。そして、新作は迷わず全部買う癖がある」
……こいつ、どこまで優稀菜のことを知ってんだ? ただのストーカーじゃねぇか。
「そこで、俺は新作のやつを買い、こいつに送りつけたんだよ。こいつが杉並俊輝にゲームを渡すと踏んでなぁ。案の定、こいつはおまえにゲームを渡してくれた。帰るときにでもこっそり抜き出して、机の中にでも入れようと思っていたんだが――」
間を挟んで、仮面男は爆笑する。
「――そのまま置いて帰っちまったもんだから、それはそれは大爆笑! 手間掛けずに済んだからなぁ! 助かったぜぇ? アッハッハッハッハッ! 杉並俊輝! おまえは、一年前に忘れ物をしたときは何時であろうと学校に忍び込んだことがあるだろう? それを踏んでたのさぁ!」
「じゃ、じゃあ……俊ちゃんがSICに入ったのは……」
力なく仮面男に訊く優稀菜。
男の口元がニヤァっといやな笑みになって言った。
「ああ、そうさぁ! 偶然なんかじゃねぇ! ずぇーんぶ、俺が仕向けたんだよぉッ! SICのシステムを利用してなぁ! ヒャーッハッハッハッ!」
「そ、そんな……」
力が抜けてへたり込む優稀菜。…………
「でよぉ。昨日のテメェの表情。ゾクゾクしたぜぇ? 加賀美優稀菜。ずっと隠し扉からコッソリ見ていたんだからよぉ。杉並俊輝を縛り上げて泣いている姿。そしてぇ! なぁんにも知らずにあそこの銀髪女にマジギレしやがってよ! 全部俺の仕業だとも知らずになぁ!」
……あぁ、ヤバい。俺もうダメかもな……。そろそろ……か?
「まぁ、でもよぉ。一応、半分は当たってるんだぜぇ? たしかにあの女がここを徘徊なんてしなければ、こんなことにはならなかったんだからなぁ! アーッハッハッハッ! よかったなぁ! 昨日のおまえの言い分は正に! 正論だぜぇ?」
――ブチンッ! ドォンッ!
「――テンメェェェェェェエッ! ザケてんじゃねェぞ! ゴラァッ!」
天井に向かって銃を発砲し、威嚇。そして、仮面男に大声で怒鳴り散らす!
拳銃は鏡花の物と同じはずなのに、一際大きな音だった気がした。
仮面男は一瞬俺の言葉にびくつく。この場にいた鏡花や優稀菜もビビっていた。しかし仮面野郎はすぐに余裕の笑みを浮かべる。
「ふ、ふんっ! それで? どうすんだ?」
「まずはそのきったねェ言葉が出ねェように顎の骨を粉砕してやるッ! そのあとは肋骨の骨ェ、全部、ギッダギダに叩き折ってやるッ!」
おいおい、なんてこと言ってんだ俺。そんなことしたらあいつ、半殺しになっちまうだろ? ヘタしたらショック死だ。俺も十分口が悪いね。ビックリだ。自分の思いをそのまんま言ったらこんなこと言っちまった。なんか、鏡花に似ているな。
「ほーう。そんなこと言っちゃっていいのかなぁ?――来いッ!」
仮面男は隠し扉の中に隠していた誰かを突きだした。――――。
『――樹里ッ!』
「――ジュリちゃんッ!」
俺と鏡花、優稀菜は驚きの声を上げる!
そう、そこには樹里がワイヤーで縛られていた。
「ハハハッ! 安心しろよぉ、杉並俊輝! やったのは加賀美優稀菜じゃあねぇからよ。俺がやったんだよ! 今日、ここを見張っていやがったからなぁ、ひっ捕えてやったのさぁ! ヒャハッ! 全員、動くなぁッ! 武器を捨てろ! 動いた瞬間、この女の脳天を吹き飛ばすッ!」
樹里と右手に持つ拳銃を見せびらかして、余裕を見せる仮面男。仕方なく、俺は奴の指示に従い銃を捨てる。
「樹里! なんでここに来た!?」
「……私だって、優稀菜を救いたいと思うに決まっているじゃない……」
口を尖らせる樹里。
「ほらよ、加賀美優稀菜。これはこいつが持っていたものだぜぇ?」
ポイッとなにかを優稀菜に投げる仮面男。――それは、樹里のSICの手帳だった。
「……ウソ……」
優稀菜は目をパッチリ開けて樹里を見る。
「……本当よ、優稀菜。これが現実」
樹里は容赦なく優稀菜に言う。
爆笑する仮面男。
「アッハッハッハッ! いいこと言うなぁ、女ぁ! その通りだ加賀美優稀菜。これが現実だぁ! 結局! おまえが仲間だと思っていた奴らは、どいつもこいつも全員SICの捜査官! 俺もこいつらも全員、おまえの敵だぁ! ヒャーッハッハッハッ!」
「……そ、そんなぁ……」
絶望する優稀菜。……野郎ッ! なんてことを言いやがるッ!
「この女を救いたいかぁ? 加賀美優稀菜」
仮面野郎のその言葉にハッと顔を上げる優稀菜。
「ほ、ほんとに!? 助けられるの!?」
「ああ、救えるぜぇ? しかも、おまえにしかできねぇ仕事だぁ」
「な、なにをすればいいの……? どうすればいいの!?」
や、ヤバいッ! 最悪の流れだ! 俺は今さっき――。
「そいつが投げ捨てた銃で、自分の頭ぁ撃ち抜け!」
――っ! や、やっぱりッ!
俺はさっき奴の指示で銃を投げ捨ててしまった。
「……ほんとに? 本当にそんなことで、ジュリちゃんを助けてくれるの?」
優稀菜はもう奴の言葉に虜になってしまっていた。
「ああ! 助けてやろうともッ! もとから、俺はおまえだけが狙いだったって言ってるだろう?」
――ウソだ! こいつ、優稀菜が自殺した瞬間、樹里を殺す! だってもう人質なんていらないんだから。そのあと、お得意の隠し扉で逃走するつもりだ!
「……わかった。――やるの」
カチャッ……。
優稀菜は俺が捨てた銃を拾い上げる。
「優稀菜! 撃つな! 罠だ!」
「うるせぇぞッ! さぁ、撃て! 頭をだ!」
眼を閉じ、銃口を頭に持っていく優稀菜。だ、ダメだ!
「――おっとぉ。待て待て。最後に言いたかったこと、言っていいぜぇ、加賀美優稀菜。遺言の時間くらい許してやるよぉ。三分間、待ってやるぜぇ? ヒャーッハッハッハ! 俺って心、寛大だねぇ! なぁ!」
……狂っていやがる。こいつ、もう人外だ。
「……俊ちゃん……ありがとう。こんな私を友達って呼んでくれて……。結局、最後に私がめちゃめちゃにしちゃってゴメンね……」
優稀菜がもう諦めたように俺に言う。一人称も変わっている。
「ば、バカッ! 撃つな! 優稀菜!」
「……私はね、ずっと孤独だったんだ……。でもね。俊ちゃんのおかげでいい夢を見ることができた。凄く幸せな夢だったよ。……思い出したんだ。私は、現実の厳しさを学ぶためにひとり暮らしを始めたっていうことに……」
優稀菜の告白は続く。
「……だからね、これもまた、現実なの……。私が死ねば、ひとがひとり救われる。しかもそのひとは、私にいい夢を見せてくれたひとの友達。そして、私を友達と呼んでくれた友達。これほど、いい恩返しはないと思うよ……」
クソッ! 優稀菜にはもう俺の声が届いていねぇ! あるのは樹里のために死ぬ覚悟だけだ!
「……ゴメンね、鏡ちゃん。私のせいで、傷ついたよね」
「優稀菜! あんたが死んでも、樹里は助からないわ!」
鏡花が叫んでも、優稀菜は首を横に振るだけだった。
「ううん。逆に私が死なないと確実にジュリちゃんは殺される。それだったら、言うことを聞いて望みに賭ける方が効率はいいの。もしかしたら、本当に助かる可能性もある」
「バカッ! ダメよ! 絶対にダメ!」
叫ぶ鏡花。しかし、もう優稀菜は鏡花を無視。樹里に話しかける。
「……ジュリちゃんもゴメンね。でも、ありがとう。現実を受け入れたくない私に現実を見せてくれて。逃げるような形になっちゃうかもだけど、私はきちんと受け入れるよ。本当に、感謝しているの……」
「……たしかに、私は『これが現実』とは言ったわ……」
樹里は静かに口を動かす。フッと笑う優稀菜。
「でもね、あなた。ひとつだけ勘違いしていないかしら?」
「?」
不思議そうな顔をする優稀菜。
「私たちは、あなたが私たちSICの敵だなんて、一言も言っていないわよ?」
「時間だ! 撃てぇッ!」
仮面男の言葉を受け、眼を瞑って優稀菜が引き金を――。
――パシュッ! パリィンッ!
「……? あ、あれ……ど、どう、して……なの……?」
――引く前に静かな銃声とガラスが割れたような音が響き、優稀菜の手に持っていた銃が、彼女の手から放れ、宙を舞った。そして……。
――パシュッ!
「い、痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえッ!?」
再び銃声が響いたとき、仮面男の銃を持っていた右手を撃ち抜いていた。…………。
「…………琴美!ナイスタイミングだよ!」
琴美が……優稀菜を救ってくれた。あのとき――鏡花から俺を助けた、あの夜と同じように。
俺は樹里に叫ぶ。
「樹里! 来いッ!」
「ふんッ!」
ブッチーッ!
樹里が俺と同じようにワイヤーをぶっちぎる。…………。
「なんだよ。やっぱり脱出できるじゃねーか、樹里」
「やっぱりってなによ、やっぱりって」
「わざと捕えられていたんだろ? あれぐらいのこと、俺にできておまえにできないわけないだろ」
なぜか、俺にはそんなことを言える自信があった。
「仕方ないでしょう。こう演技でもしないと優稀菜に伝わりにくいじゃない」
「まったく不器用なやつだ。……優稀菜。わかるか? 俺や樹里が言いたいことが」
「……へ?」
俺に話を振られた優稀菜はまだ状況を認識していないのか、キョトンとしていた。
「今、撃ったスナイパーはな、SICのある女の子が撃ったものだ。俺はそいつに昨日、怖い思いをさせちまったがな」
茫然としている優稀菜に、俺は苦笑交じりにできるだけ優しく話しかける。
「だからな、おまえは救われたんだよ。SICにな。つまり、おまえは俺たちの仲間なんだよ。これが現実だ」
「しゅ、俊ちゃぁん!」
俺に抱き付き泣く優稀菜。よしよし、もう大丈夫だ。もうひとりじゃないからな。
――パシュッ!
「よっと。――ありがとう、琴美! 優稀菜。わたしたちは元から、あんたを敵だなんて一回も考えたことないわよ」
琴美の狙撃でワイヤーから逃れ、優稀菜に優しく話しかける鏡花。
「俊くんや鏡花ちゃんの言う通りだよん♪」
「お疲れ、俊輝くん、鏡花ちゃん」
入口から綺羅先輩と龍侍さんが入ってくる。
「綺羅さん! 龍侍さん! いったい、どこにいたんですか?」
鏡花が驚いて訊く。
「いや~。ごめんねぇ。もうひとりのダミーを追いかけまわしてたら時間が掛かったよ。あいつ、隠し扉を熟知していてねぇ。でもボッコボコにしてとっ捕まえて縛り上げて隠し扉の地図を没収したから、もう、隠し扉は使えないようにしておいたよん♪」
『?』
綺羅先輩の「使えないようにしておいた」の意味がわからず、思わず首を傾げてしまう俺たち四人。――すると。
――ドンッ!
先輩たちの後ろから無数の警官隊が入ってくる。
「手柄を渡すことを条件にSATとSITの団体様をお呼びいたしましたっ。てへ♪」
「ダミーを見つけた瞬間、綺羅ちゃんが張り切っちゃってねぇ。止めなかったら死んじゃっていたよ、ダミー。――隠し扉は警察が完全に抑えているからもう使えないよ」
龍侍さんが苦笑交じりに説明してくれる。……こ、怖ぇ。…………。
「だってよ、仮面野郎。もう逃げられないぜ?」
見下しながら仮面男に言う俺。しかし、仮面男は意味深に笑うだけだった。
「……ヒヒッ! それはどうかなぁ?」
「なに?」
「おまえら、なんで俺がここから一歩も離れなかったのか、わかんねぇのか?」
『!』
たしかに! あいつはなんだかんだ言ってあそこから一歩も動いていないっ! まさか……。
――ピッ。ドゴンッ!
なにかの音とともに仮面男が姿を消した――否。落ちた。隠し落とし穴に。
「――しまった! ダミーの方はあんな落とし穴の情報はなかった! あいつ……ダミーの方は最初から捕まえられることが前提で計算していたんだ。やられたなぁ」
綺羅先輩がそう言う。あ、あの野郎ッ!
「チッ!」
俺はその落とし穴に落ちて奴を追った。
To be continued




