―Yukinas story Episode② 初め……そして、出逢い―
今日は、学校に行く気になれずひとりで家にいた優稀だった。
――孤独。
その単語が頭に響く度に、涙と、昔のことが込み上げてくる。
優稀のお父さんとお母さんは優稀が三歳ぐらいに死んでしまった。原因は交通事故らしい。
だから優稀は、おばあちゃんとおじいちゃんの家に引き取られた。
当時のおじいちゃんたちの家はおじいちゃんが大学教授を定年退職してだいぶたったころだったから、それほど裕福とは言えなかった。
だから小学校には行けなかった。けれど、おじいちゃんのおかげで勉強だけはすることができ、優稀はそれで満足していた。
そんなある日、優稀が七歳、小学校でいうと小学ニ年生のとき、おばあちゃんにこんなことを言われた。
「どうだい、優稀。裏社会の仕事っていうのをやってみるかい?」
おばあちゃんは元優秀なエージェントだったらしく、そう言うことについては詳しかった。
最初はその不吉そうな言葉に首を傾げた。
「うまくいけば、大金持ちにだってなれる。おまえを、中学校に進級させることができる」
「でも、優稀にはおじいちゃんがいるよ? だから、勉強のことは大丈夫だよ?」
なんにも知らずに無邪気に言う優稀。おばあちゃんは首を横に振った。
「……もう、おじいちゃんは勉強を教えられない」
「え?」
「おじいちゃんはね、重い病気にかかっちゃったんだよ。だから、もう、教えられない」
涙交じりにそう言うおばあちゃん。そして、真っ白になる優稀。
「う、嘘……。な、なんとかならないの……? し、死んじゃうの……?」
「死に追いやるような病気じゃないから、死にはしないよ。でもね、手術しないと治らない。そのお金はね、莫大で払えない。だから、もう優稀は、中学校に行かないといけない。小学校の勉強なら、おばあちゃんでも教えられる」
その言葉で、決心した。
「……わかった。やるの。その裏の仕事」
「死ぬ覚悟は……あるかい?」
「あるよ」
即答だった。
おじいちゃんがいなくちゃ中学生の勉強はできない。だったら死あるのみだ。
――勉強できなきゃ地獄だ。
これはおじいちゃんがよく言っていた言葉。
おじいちゃんは進路について詳しい先生だったらしく、よく優稀にそういうことを繰り返し教えてくれたから、優稀はもう現実の厳しさを知っていた。
進まないと死ぬ。だから、その仕事とやらで失敗したらおしまい。もう、戻れない。
「もうひとつ、聞くよ? これからの三年間。優稀、おまえは地獄を見ることになる。それでもいいのかい?」
「いいの。やるの」
「……これから、おばあちゃんは鬼になる。それでも……いいかい?」
「いいの。死ぬくらいだったら、鬼にだって生き抜くやり方を教えて貰うのッ!」
この日を境に、優稀の人生は一変した。
おばあちゃんの言った通り、地獄だった。
一日中、長い時間走らされ、ノルマに辿り着けなければそのぶんだけ腕立て伏せをさせられる。前まで優しかったおばあちゃんの面影は消え、本当に鬼のようになった。
しかしそんな地獄の中でも、唯一、天国と言える時間もあった。
食事とお風呂、睡眠の時間だった。
おばあちゃん曰く「目標に辿り着かなかったらごはん無しとかは、ただの拷問。訓練というのは食事や睡眠、体の管理をきちんとすることも含まれるんだよ」とのこと。
だから、苦しくても走り続けることができた。「終わったらごはん」とか「お風呂」とかそういうのだけで十分、頑張れた。
そして、もうひとつ。天国と言える瞬間が訪れた。
それまで届かなかったノルマを達成したときの「喜び」だった。「頑張った分だけ絶対に力になる」っていうおばあちゃんの言葉は真実だったというおばあちゃんへの信頼も強くなったと思う。そして、新しいノルマを与えられても、頑張れるバネにもなった。
そうして二年が過ぎ、優稀は持久力と強かな体を手に入れた。
次にきたノルマは、武術の取得だった。
これもまた、地獄だった。マスターしてもマスターしてもまた次の攻め方や受け身が優稀に襲いかかる。
そして、もうひとつ。主力武器の使い方だった。
優稀のおばあちゃんはワイヤー使いだったから、優稀も同じようになりたいと思い習った。
しかし、憧れとは程遠く難しい武器だった。
操り損ねれば、自分自身に襲いかかってくる危険な武器。
このふたつは、何回も何回も繰り返して、やっと自分のモノにした。
そして、訓練開始から三年後。
優稀に初めて依頼が入った。
パソコンにも詳しかったおばあちゃんから直々教え込まれたパソコン技術は優稀のモノにはならなかったけど……依頼の受け付け方や情報の知り方、情報の覚乱の仕方、メールのやりとりだけは覚えた。
こうして、優稀は初の仕事を開始した。
依頼主の敵は、優稀が子供っていうので油断していたから、簡単に縛りあげることに成功した。「謎の天才児」と噂され、優稀は仕事が一気に増えた。と同時に、全ての依頼が優稀にとって簡単すぎる上に十万とか二十万とか「そんなにくれるの?」っていうものが多かった。……おばあちゃんの指導と、優稀の努力が報われた瞬間だった。
そして、おじいちゃんの手術費や中学校の費用とかが払えるようになり、おじいちゃんは復活。優稀は中学校に入ると同時に家を出て、独立することになる。……でも。
――孤独、だった。
ただただ、孤独だった。
中学校は公立の物だったから、小学校のとき、一緒の学校だった子が多かった。小学校に通ってなかった優稀には友達なんていなく、ひとり、孤立していた。
その頃からだ。優稀が寂しさを紛らわすために仕事で稼いだお金で度々、恋愛シミュレーションゲームを買うようになったのは。……たぶん、憧れていたんだろうな。その主人公や幸せになるヒロインたちが。裏の社会の仕事ですっかり冷めきってしまった優稀の心のどこかで。
そんな感じで優稀の中学生活は、幕を閉じた。
そして、高校生活が始まった。
最初は中学のときと同じく、なるべく目立たないように生活していた。
向島学園を選んだのも、そこがわけ有りな生徒が少なからず通うという裏世界ではちょっとした有名な学園だったから。あと、家から近いという理由で、特にこだわりなんかはなかった。
そんなある日。優稀の下駄箱に異変が起こる。
六月のある朝、優稀の下駄箱を開いたとき、一通の手紙があった。
それは、所謂ラヴレターというものだった。しかし、優稀にはどうしたらいいのか、まったくわからなかった。
恋愛や怒り、憎しみなどの感情は優稀の仕事上、最も操りやすい道具みたいなものだったから。恋愛シミュレーションゲームをやっていても、正直、恋愛感情に関しては、あんまりわからなかった。
人気のないところで手紙の内容を読む。
そこには、優稀に対する想いが綴られていた。どうも中学校から優稀に想いを抱いていたらしく、今日、この想いを綴ってくれたらしい。…………。
「……くだらないの」
最初に出た感想がそれだった。
自分のことについてまったく書かれていない。
自分の気持ちだけ押し付けて、自分の特徴、性格、趣味、相手の気持ちの配慮、そのようなことはまったく書かれていない。
でも、気持ちはわかるな……困ったことに。
たぶん一方的な自己満足。優稀の外見が気にいっただけだろうね。単純に。
でも、わからない。
断り方がわからない。そして、この気持ちが真実、優稀自身を愛していないという確証も残念ながら、ない。
「……どうした? 加賀美」
「……へ?」
どうすればいいのかわからない優稀に、ある男の子が話しかけてきた。
優稀は突然の男の子の声に間の抜けた声を上げて振り向く。
そこには、背が高いひとりの男の子がいた。……誰だっけ? 見覚えはあるんだけど、わからない。でも、ひとつだけわかるのは、この男の子は手紙の送り主じゃないということ。それだけだった。
もし、この男の子が送り主だとしたら、おそらく今は、優稀には話しかけてはこない。だって、この手紙には返事の時間と場所まで指定しているんだから、それまでの間に話しかけるなんておかしいから。送り主がよほどいい加減じゃない限りは。
でもこの男の子は見た感じそんなにいい加減そうではなく、優しそうな、でもただ者でもなさそうな不思議な感じだから送り主じゃない。
「なんだよ……同じクラスの奴のことくらい覚えていてくれよ。俺なんかクラス全員の名前と顔を覚えてるんだぞ?」
少し寂しそうな顔をして言う男の子。……あ。
「……あぁ、杉並君……だっけ?」
「おおっ。覚えていてくれた! よかったぁ。結構色々なことをやらかしてんのに『もしかして俺って空気なんじゃね?』って思ったよ」
朗らかに笑う男の子――杉並君。たしかに彼の言う通り、彼は色々なことをやらかしていた。
忘れ物をしたからと言って夜の学園に忍び込んだり、定期的にいろいろな学年の男子や女子を集めてなんらかの会議を開いたり、授業中寝ている男子生徒にイタズラしたりとなにかと笑いに包まれている彼だった。
そんな明るい彼が、どうして優稀みたいなのを覚えているんだろう。優稀はなるべく目立たないように過ごしていたから、覚えられていなくてもおかしくないのに。
「……よく、優稀のこと覚えてたね」
「はぁ?」
優稀の言葉になにを言っているのかわかんないといった表情をする杉並君。
「おまえ、結構有名なんだぞ?」
「……え?」
杉並君の言葉に間の抜けた声を出す優稀。……は? 優稀が有名? なにもせずにただ目立たないようにしているだけの地味な優稀が?
「な、なに言ってるの?」
「……おまえ、気付いていないのか? 自分がとびっきりの美少女ってことに」
――っ。冷静だった優稀の顔は完全に真っ赤に染まる。び、美少女? ゆ、優稀が?
「俺たちの会議の中ではおまえの名前は絶対と言っていいほど出るぞ? 俺らが定期的に行っている美少女ランキングでも絶対に上位に食い込むほどだ」
???
「い、いやっ。ゆ、優稀は地味だよ?」
「? おまえはいったいなにを言っているんだ?」
不思議そうな首を傾げる彼。……ゆ、優稀の方が不思議なんだけど?
「地味だろうがなんだろうが、可愛い女の子だったら男子も女子も注目するに決まっているだろう?」
「!?!?!?」
……わ、わけがわからないよ。こんなの絶対おかしいよっ! 優稀が可愛い!? なんで!? どうして!? えっ!? ちっとも理解できない!
「う、ウソでしょ? ゆ、優稀が仮に可愛いとして……」
「仮にじゃなくて、可愛いんだぞ?」
「〰〰〰〰っ! と、とにかくっ! ゆ、優稀はねっ、中学のとき全く注目されて……いなかった……んだよ……?」
恥ずかしさのあまりヒートアップしていた優稀に寂しさが襲い掛かってくる。……なんでだろう。そんなことわかっていたつもりなのに……涙が込み上げてくる。
「お、おいおい。ど、どうしたんだよ? も、もしかして、俺、変なこと言ったか?」
自分がなにかしたのかと勘違いしちゃって顔を真っ青にして慌てる杉並君。
「ごめんね……。優稀、思い出しちゃって……」
優稀は誰にも言えなかったことを、自分の中にずっと閉じ込めていたことを彼に話してしまった。
「優稀……友達なんて……いなかったから……」
……まったく。なに言ってんの、優稀は。そんなこと、杉並君に話して一体なんになるの……。涙は止まらない。……なんでよ、早く泣き止んでよ、優稀。
バッ。
気付くと、優稀の手は杉並君に掴まれていた。……へ?
「だったら、だったらだ。俺がおまえの最初の友達になってやる!」
「――っ!」
彼のその言葉は優稀の心に強く響き渡った。
彼の瞳に映る感情は、優稀に対する憐みのようなものではなく、ただただ、本当に優稀を受け入れてくれるような優しい感情だった。
優稀を掴む彼の手には、どこかに落ちそうだった優稀を引っ張ってくれる命綱みたいな安心感で満ち溢れていた。
「い、いいの……? こんな、優稀で……」
でも、やっぱり自分に自信のない優稀。……なんでだろう。仕事のときは自信をもって請け負っているのに、こういうときの優稀はまったく、自信がなくなってしまう。
「いいに決まってんだろう! これで俺も友達が増えたし、しかもそいつはランキング上位の美少女だ! おいしいことばかりじゃねぇか!」
目をキラキラさせながら語る杉並君。……なんか自分の欲望も混じっているような気がするけど、そんなところも面白いひとだなって思った。……でも、そっか。こういう前向きな性格だからみんなに好かれるんだね。変なカリスマの持ち主なんだ。
「おまえ、下の名前は優稀菜っていったっけ?」
「……覚えていてくれたんだね。優稀の名前」
自分の一人称が「優稀」だったから間違えられてもおかしくないのに。
「言ったろ? 俺はクラスメイトの名前は全員覚えているって。なんかな。自分の周囲の仲間の名前は全員覚えるクセがあるんだよ、俺には」
「……そうだったの」
「それにな、あそこには俺の幼馴染らしい女もいるから安心しろよ。女の子同士、話し合いたいだろうしな」
……む。仲がいい女の子がいるだって? でも、幼馴染「らしい」ってどういうことなんだろう――って、なに考えているの! 優稀は!
「ほら、行こうぜ、優稀菜。こんな人気がないところよりも、みんながわいわいしているところの方が楽しいぞ?」
……もう優稀を下の名前で呼んでる。
「ねぇ、杉並君の下の名前はなんていうの?」
「ん? ああ、俺は俊輝って言うんだ」
ふーん。じゃあ……。
「俊ちゃん……って呼んでもいい?」
「ぶっ!」
思いっきり吹きだす、杉並君。……? どうしたの?
「そんな風に呼ばれたこと……一回もねぇ」
「……あはっ。じゃあ、優稀が初めてなの」
……なんだか嬉しかった。「初めて」っていうだけで。
「ねぇ、ダメ……かな?」
杉並君は背の高いから思わず上目使いになってしまう優稀。
「い、いやいやいやっ。うん。いいぞ。別に」
真っ赤になりながら肯定する杉並君――俊ちゃん。……こういうときに美少女っていうステータスが役に立つのかもね。
「やったぁ。えへへ、俊ちゃん♪」
一気に上機嫌になる優稀。
――キュンッ。
急に胸がウズウズした。な、なにこの気持ち? なんだか壊れちゃいそうな、切ないような、でも嬉しいような、この気持ち。
……あっ。そっかぁ……。これがトキメキってやつなんだろうな。優稀は冷めていた人生初のこの気持ちと温かさを大切にしたいと思った。
当然のようにラヴレターの送り主には丁重にお断りしておいた。
――Yukinas story end――




