7・リラの秘密
二人で組んで狩りをするようになって数日目。今日も冒険者門から出たところで大門へ向かうと、いつもと様子が違ってなんだかざわざわしているみたいな空気。よく見ると門の脇に小さな天幕がいくつか立っている。
「ねえリラ、あれはなに?」
「ああ、今日と明日は市が立つ日だね」
「市?」
「土の日と太陽の日の二日間だけ、門前に市が立つの。外壁の外の農家なんかが、余り物や市場に卸せないものを売っていい日なんだ」
「余り物」
「収穫が遅れちゃった野菜を干したり煮込んだりしたのを売るとか。街中で店を出すほどではないけど、小遣い稼ぎたいとかで手作りの小物を売ったり」
うん、フリーマーケットみたいなものなのかな。
「だから今日ラビがうまく捕獲できたらこっちに売るよ」
にこにことリラが笑う。
「え、そうなの?ギルドじゃなく?」
「こっちで売ればギルドより少しだけ高く買ってもらえるし、そのまま焼いたり煮込んだ料理を安く食べられるの。ギルドと違って大型魔獣の買取は無理だけどね」
それはとても興味ありますね!美味しそうだし。もし収穫がなくても帰りにはぜひ寄って覗いてみようと二人で話しながら、今日も農家の荷馬車に乗る。
「ちょっと気になってたんだけど、森で他の冒険者に会わないね?」
ふと思いついて聞いてみた。
「ああ、それぞれ縄張りみたいなのがあるから。追う獣の種類にもよるけど、他人と罠が重なったら危ないでしょ?だからある程度ギルドで範囲を割り振ってくれてるの」
おお、効率的。
「隊を組んでる人は中型や大型狙いに行くし。わたし達みたいな単独や少人数だと、罠や狩り中心だから範囲が結構限定されるよね」
「そういえば、リラはずっとひとりだったの?何か訳が?」
聞いたわたしの顔を見て、リラが悪戯っ子みたいに笑う。
「それは後でね」
そう言われてしまったので、一旦聞くのをやめた。
いつもと同じくお礼を言い、荷馬車を降りて道から逸れて森に向かって歩き出す。
ちらりとわたしを振り返ってリラが話し出した。
「さっきの答えはね、わたしの目にあるんだ」歩きながらリラが言う。
「わたしの特技。魔力が見えるの」
……え?
「内緒だよ?」
こっちを見て笑うリラの瞳は、最初見た時と同じ。明るい茶色に時々赤い光が煌めく。
「目…?」
「なんかね、理屈はよくわからないんだけど、祝福?たまに生まれつきそういう子がいるらしくて。目がいいとか、耳がすごくいいとか、武術が伸びやすいとか」
そういえば〝これって絶対才能持って生まれたでしょ〟みたいな人はいたなぁ。もちろん努力も山ほどしているんだろうけど、異常に音感のいい人とか。アスリートとかも、なんらかのセンスみたいなのがあるんだろうなって思ってたから、そういうものなのかな。ましてここは魔法がある世界だし?
「それでね、魔力の流れが変に歪んでる人がちょっとだけわかっちゃうんだ」
「歪んでるひと」
なんとなくわかってきた。リラは若くて可愛い女の子だ。
「邪な思いがある人を避けた結果、一人が楽とか、そういう感じ?」
「そう」
今度は全開の笑み。ちょっと下がった目尻が可愛い。
「だからエリカは安心」
「はい?」
「エリカはすごく変で、でも整ってたから。変な格好してたけどつい声かけた」
「???」意味がわかりません。
どうやらリラによると〝とっても濃くて、でも歪みがなくて整ってた〟らしい。本人もこのくらいしか説明できないみたい。わたしはもっと訳がわからない。淡々とリラは続けた。
「この目は狩りには便利。だけど目に入る範囲しかわからない」
後ろは見えないということね。
「それ知られたら利用されちゃうね」
「そう。だから気をつけるようになったの」
「確かに」
頷きながらわたしは肯定した。そりゃ慎重になるし、一人が楽って思うよね。そしてそのおかげで多分わたし助かったんだ。感謝しかない。そっと手を合わせた。ありがたや。
あ、もしかして行き帰りの農家さんも見分けてるとか?そう聞いたらそこまではないらしい。
「最初は警戒してたけど、そこそこ長くやってると顔見知りになるから」
それはそうですね。
リラは十六歳で村から出てきて、そろそろ一年になるそうだ。もう立派に独り立ちしてる。自分が十六の頃を思い出してみると、同級生と帰りにファストフード店に寄ってお喋りしたり、恋バナ聞いたり、受験勉強したり。お母さんのお弁当、食べたい気分じゃないからってこっそり捨てたりもしてたな。
思い出して少し泣きたくなった。
「エリカ、どうしたの?」不意にリラの短い三つ編みが跳ねて顔を覗き込まれた。
「ちょっと親を思い出しちゃった。もういないんだけど」
わたしは軽く頭を振って顔を上げる。
「大丈夫。それより罠、うまく掛かってたらいいね」
リラが軽く肩を叩いてくれて気持ちを切り替えた。
森に入っていつも通り用心しながら罠を置いた場所へ進む。
一つ目の罠には残念ながら今日は何も掛かっていなかった。餌だけ取り替えて、次の罠を見に行く。
「掛かってるみたい」
リラの声に、周囲を用心しながらそっと耳を澄ますと生き物が暴れているような音が聞こえた。多分そんなに大きくない魔獣かな。太ったラビだったらいいな。〝肉串〟という魅惑的な言葉が浮かぶ。
「止まって。魔力の流れがおかしい」不意にリラの声に緊張が混じった。
「ラビが掛かってるけど、他にも何かいる」
えっ、何かってなに。
「茂みの陰に隠れてて。様子を見てくる」
リラが静かに告げるのを聞いて、そのまま音を立てないようわたしは茂みに隠れた。リラはそっと中腰になりながら木の間を移動していく。
後ろから伺っていると、リラの背中が一瞬、緊張で硬くなったのがわかった。そのままそっと後ずさりする格好で戻ってくる。
「罠にかかったラビを狙ってボアが来てる。一旦逃げよう」
音を立てないようクロスボウの準備をしながらリラが囁いた。
ボア?
「!」衝撃で大きく体が揺れてしまい、茂みの小枝が音を立てる。数メートルほど離れた罠の場所から唸り声が聞こえた。まずい、気付かれた!
リラはそのままクロスボウを構える。慌ててわたしも声がした方に短杖を向ける。左手に短剣も握った。
大きく草木が揺れ、バキバキと小枝を折る音を立てながらボアが出てきた。大きい。羊くらいのサイズだけどみっしり肉と毛皮だ。これは逃げても追いつかれる、と本能的に理解した。
「足を狙って!」リラが叫んだ。ゆっくりとこっちに向かってくる。
「ウォータージェット!」
足元を狙うが動いているので当たらない。
「ウォータージェット!ウォータージェット!」
焦って打ち込んだ一発が前足を掠めた。
それまで様子を伺いながらこちらに向かっていたボアが一瞬怯んだのを見て、リラがボルトを打ち込む。二本ほど刺さったようだが浅い。ボアの目が確実にこちらを捉えて、走り出した。唸る声、真っ赤な目、口元の牙。逃げられないし間に合わない!どんどんこっちに向かってくるのがスローモーションのように見える。空いた口、息遣い、獣特有の匂い、それを見ていながら頭の片方で必死で何か無いかと考えて。左手の短剣を向けて叫ぶ。
「ライト!」
まるで野球場の照明を目の前にしたような光が、あたりを真っ白に染めた。目を開けていられない。反射的に一瞬目を瞑ったあと見やると、ボアが逃げていくところだった。
助かったー!
「まだ目がチカチカする」思わずへたり込んでしまう。
「逃げた?」リラが目を抑えながら聞いてきたので謝る。
「うん逃げた。ごめん、目、大丈夫?」
「大丈夫みたい」ぱたぱたと瞬きしながら答えてくれて。ほんとごめん。まつ毛長いな。
「ひとまずラビは回収しよう」
「そうね」
まだ少し足が震えているけど、わたしはなんとか立ち上がった。
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