4・ステータスオープン!
………………。
えっと、発音が悪かったとか?
「スティタス・オープン!」
……………………。
……何も出ない。
一階の食堂のざわめきが扉の方から聞こえてくる。
うわぁぁぁぁぁ!恥ずかしすぎる。
思わずベッドの上で顔を覆ってごろごろとのたうち回ってしまった。
そうよねー!目の前にウィンドウが、とか、無いわよね!そんなんゲームだけだよね!知ってた‼︎ 知ってたけどやっぱ一回やってみたいじゃん?もしかしたらって思うじゃない!異世界とかってさ!でも羞恥がすごいわ、どうしようもうほんと。
ひとり悶えていたらリラが帰ってきた。
「どうしたの、エリカ?」
「ど。どうもしない、です」勝手に自分で恥ずかしくなってただけです、ほんと。
「明日、装備、買い いこ」
リラが提案してきた。
確かにわたしの服装は浮いているだろうし、多分防御力ってほぼ無いよね。
「今日、稼ぎ たくさん。買える」
なるほど、とりあえず今日は予想外に稼げたということか。ならばまず、防御、つまり命と、次に衣食住が優先だよね。
それと、気になってるのは今日測った魔力。なんか魔法使えるかもしれないし、もし何か使えたら生存率が上がりそうだからそこはぜひ鍛えたい所存。
でもそれも明日。今日はもう肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱい。そうリラに伝えて、ようやくベッドに転がった。さすがに限界。
遠くから聞こえる鐘の音。
【適応処理中】適応率:82%
ナチュラルに頭に流れるログ。
「おはよう」と言いながら木枠の窓を開ける音、リラの声。目に入ってくる朝の光、体の下の硬いベッドの感触。
……起きたらいつもの自分の部屋、とかいう希望は消えた。
ああ、異世界だぁ。
「おはようございます」リラに応えて顔を上げる。
朝の光に埃が見える。食堂から食べ物の匂いが上がってきて、空腹に気がついた。生きてるな、わたし。
「顔を洗ってきます」そう伝えて部屋を出た。
手洗い場は一階に降りて向かいの角だ。幸いなことにトイレは水洗、埋め込んである魔石に手をかざすと水が流れる。顔を洗うところも同じ理屈みたい。
よく見ると、ギルドの魔道具と同じように、魔石には小さな刻印がしてある。
これが魔力とやらを感知して水を流す仕組みなのかな? ということは下水道とか上水道とかのインフラがそこそこ整っているっていうわけか。
ついつい、3D上下水道図面を頭に浮かべてしまった。わたしは水道じゃなくて土木、つまり橋梁や道路のほうの仕事してたんだけど、当然宅地造成やると上下水道図面なんて嫌でも見慣れる。そういえば最後のCADのデータ、あれはどうなったんだろう。誰かが送信してくれたかしら。
夕食と同じようなスープとパンの食事を摂ったら、さっそくリラの後をついて古着屋へ向かうことになった。昨日は気が付かなかったけれど、宿から出て道を挟んだ向かい側に大きい広場があり、荷馬車がたくさん止まっている。不思議そうな顔をしていたんだろう、わたしにリラが説明してくれた。
「あそこで荷物の品書き検査や税を徴収してる」
そういえば大きな道があって荷馬車や人がたくさん並んでいたことを思い出した。
「あっち、東大門。わたし達が出入りするのは南の小門、冒険者専用。もっと向こう側は北の貴族門。だから間違っても北門は使っちゃいけない」
一番大きな門は商人や旅人が使うってことね。わかった。北の貴族門には用が無いからいいけど…貴族門?
「貴族って…」そんな身分制度が?
「貴族、会うことはない。けどもし会ったら、目を合わさず喋らず逃げる」
いや、怖い。
中世を舞台にした漫画とかでよくあった、不敬だとかで首刎ねられたりとか?絶対会いたく無いね!
「気をつける」
リラがうんうんと首を振ってくれた。
いったん道に出て、宿の左側から路地を進むと小さい店が並んでいる通りに出る。それこそ日本の昔の小さな、地域の商店街みたいな感じ。ヨーロッパとかでもあったよね、間口の狭い店がいくつか並んでいる。ガラスはあまり普及してないみたいで、どの店も戸口を大きく開けている。
迷うことなくリラが一軒の店に入っていく。慌てて後を追う。
革独特の匂い、壁にはベルト?ウエストポーチのようなものがいくつか下がっている。そして並んだ棚には古着が何枚か重ねてある。見た感じ、素材別かな?
「革の胸当てとズボン、欲しい」
リラが伝えると、店主と思しき白髪混じりの男性が何枚か出してくれた。
何の革かわからないけど、確かに丈夫そう。
「こっちの胸当てはドメス。傷はあるが、革はまだ死んでねぇ」
店主が節くれだった手で軽く叩くと、硬い音が返る。
「ズボンはラナ革だ。ほつれは直してある。駆け出しなら十分だろ」
リラに促され、胸当てを身体に当ててみる。
少し重い。でも妙な安心感があった。
どんな動物なのか、または魔獣なのかわからない。ふと昨日と今朝見た牛に似た、荷を引いていた動物のイメージが過ぎる。あの生き物なのかも。交渉はリラに任せよう。
「胸当てが二十七銅。ズボンが二十二銅だ」
それを聞いたリラが、そばにあった棚からさっとミサンガのような、紐で編んだブレスレットを取る。
「これ合わせて50銅!」
いい笑顔。
店主はふっと笑って了承した。
「新人の祝いにそれも付けてやるよ」
「ありがとう!」
さすがだ。あっという間に揃った。あ、でも武器ってどうしよう?
それ以前にわたし戦闘力って…?
リラが促してくれたのでそのまま店で手早く着替えて、コートはバッグに畳んで入れた。秋用の薄手で良かった。ショルダーバッグも肩紐部分を外して皮紐の短いのに変え、腰に括り付ける。
「一度ギルドに戻って魔力、何が使えるか検証したい、です」
考えたけどこれ多分重要よね。自分でもちょっとわくわくするというか、未知なものは理解して把握しておきたい。どうやらリラも、そこは気になってたらしく、同意してくれたので冒険者ギルドに向かった。
相変わらず交渉はリラに任せっきりで申し訳ないけれど、何もわかってないわたしが口を出すことで混乱させるのは避けたいから仕方ない。ごめんねリラ。
ギルドのカウンターでなにがしかの話をしたようで、演習場に行くことになったようだ。
ギルドの裏口は二つあって、ひとつは買い取った肉や素材を処理して業者へ卸す場所、もうひとつが戸外の演習場らしい。扉から出てみると、そこは柵で覆ってあって結構広い。地面は土が踏み固められていて、小学校の校庭みたい。土埃が舞っている。
昨日受け付けてくれた男性、ゲイルさんだったかな?短く揃えた黒髪で、ギルドの制服らしい黒い上着を着ているその人が案内してくれた。
「魔力は結構あったから、魔法試してみるか?体は鍛えていないようだし」
「はい。その方がいいと思います」一も二もなく同意する。
普通のOLは鍛えてませんし、格闘技とかも無理です。
「昨日の魔道具反応だと、どの属性にもそこそこ適性がありそうなんだよなぁ。まずは水系で試すか」
そう言いながら、短い杖を貸してくれた。
肘から手首くらいの長さで片方が少し太くなっている木の杖、太くなっているところに石が埋め込んである。
「魔法、使ったことは?」
「ありません!」むしろあったら怖いわ。
「じゃあ、向こうに見える的に杖を向けて、この杖の魔石に魔力を流す」
多分二十メートルくらい、離れている場所に木で作った的が見えた。U字を逆さにしたような形。そこへ杖を向けて手を伸ばしてみる。
「そのまま的を水で貫くような感じでやってみて」
魔力を流すってどうやるのかな。以前アニメで見たように丹田からとか?
【身体状態適応開始】
不意に頭にログが流れる。
どきん、と心臓が鳴って、心臓近くから何かが流れている。血圧が急に上がってきた時みたいに。
〝的を貫くイメージ、水で金属を切るジェットカッターを一点集中で〟
自然と言葉が口から出る。
「ウォータージェット!」
シュッと音がしたと思ったら的に穴が空いていた。
ゲイルさんとリラの動きが止まった。
「……魔力制御力が異様に高いな」
暫くしてようやくゲイルさんが呟く。
リラは、と見ると妙に納得したような顔をしている。
一拍遅れてわたしの脳内はパニックだ。
え、これ、どういうことですかー⁉︎




