13・遊牧の民
前の馬車からリラが立ち上がってこっちに合図したのを見て、セイリアさんも馬車を止めた。
わたしも馬車を降りて急いでリラのそばに行く。
「しばらくここで待機しよう」オルヴァンさんがのんびり言うのを聞いて、あれっと思った。
「遊牧の民がガウルの群れを追っている。ラナを守るためだし、ガウルも冬前に森に移動するからだと思う」リラがそう教えてくれた。
草原を遊牧しながら暮らす民族がいることは、ちらっとギルドで聞いていたし、ラナと言われる羊みたいな生き物を飼って移動しながら生活しているのも聞いたことはあった。なんかモンゴルの民みたいだなと思って覚えてる。
どうやら巻き込まれないように避けていれば危険はないらしい。
「念のため、群れから外れる個体がないか、わたしも気をつけるね」
そう伝えて少しだけ馬車から離れて砂煙の向こうを注意して見た。
十数頭居るだろうか。ガウル、結構大きいな。大型犬より二回りくらい大きそう。そして馬、ドトス。短いツノが一本あって砂色の馬。荷馬車を引いているのよりだいぶ小型で足も細い。
「あれもドトスですか?」セイリアさんに聞いたところ、草原ドトスと言われてるらしく、小型だが丈夫で寒さに強く、長距離の移動が出来るとか。
荷馬車を引くのは荷役ドトス。草原ドトスより大きくて足がずっしりと太く、少し長毛。わたしの知ってるサラブレッドとかよりは体高が低いけど。
眺めているうちに数十メートル先を駆け抜けていった。どうやらハグレも居ないようだ。
再びわたし達は荷馬車を操り、点在屋へ向かう。なんだかいろんな人間が、ちゃんとここで生きているんだなと、ふと思った。
特に問題もなく夕方には点在屋に着いた。
宿泊施設というより、公園の四阿を想起させる、小さな井戸と、後は屋根のあるだけの建物。本当にこちら方面への旅人はいないらしく、今夜使用するのはわたし達だけらしい。
ドトスを荷車から外して水をやり、柱に繋ぐ。性質がおとなしいらしく、触っても嫌がらないようなので藁束での初ブラッシング。ふんふん鼻息が顔にかかって息が生暖かい。触ると暖かくて、ああ、この子達も生きてるんだなと思う。
セイリアさんが火を焚いている。ちゃんとここ、片隅に竈がある。
わたしも小鍋に干し肉と干し野菜を入れてスープもどきを作ってみた。自炊はしてたからなんとかなる、多分。調味料がないけど、干し肉の塩分できっとなんとかなる!
保存用の硬いパンをスープに浸して食べたら割合に美味しかった。案外とリラも気に入ってくれたらしく、おかわりしてまで食べてくれた。きっとこの干し肉がいい味出してるのね。
オルヴァンさんとセイリアさんは荷馬車の中で。わたしとリラは交代で、こちらの屋根のあるところで夜の見張り。
リラが先に起きてたので、途中交代で夜半に起こしてもらう。竈の火は弱く熾したまま。夜は少し冷えるので久しぶりに秋用コートを出して被ってみた。が。
ぱちっと火の粉が弾けたと思ったらしっかり穴が空いた。「そっか、ポリエステル混だと火に弱いかぁ」独りごちる。このまま着ていたら危ないなと、脱いでまた小さく畳んでバッグに納めていたら指先にスマホが当たる。ゆっくり取り出して見てみる。
電源は付かないし何にも反応しない。ただの金属の塊。でも。
「写真データが入ってるんだよねぇ」昔の家族の写真。復元できるとも思えないけど捨てられない。
ひとつ息をついて丁寧にバッグの内ポケットに仕舞い込んだ。
空を見上げると、月。見慣れた月とは違う。
でも雲はあるし、風もあるし、昼の空は青い。ここでも人は生きてるし魔獣も家畜も生きてる。
「……生きてるんだよね」だからわたしも生きなきゃ。
翌朝は早くに出立して、無事に夜になる前にデルマ砦に着いた。石造りの壁が左右に伸びていて、中央に門。一部がそのまま塔になっていて中はまた左右に分かれている。右に宿坊、左手側は煮炊きが出来る竈と広場。奥にある階段を登れば塔の上に行けるのだろう。村はここから少し東に行ったところだそうだが、宿屋は無いと聞いて、今夜は砦の宿坊に寝かしてもらうことになった。
旅人用であろう部屋がいくつか並び、その一つを割り当ててもらう。オルヴァンさん達も今夜はここで宿泊して、明日はわたし達とは少し違う方角に向かうとのこと。
「ここって宿代幾らくらい?」リラに聞いたら、食事も出ないし部屋に寝台もないから通行料だけでいいと。部屋に入ると本当にベッドは無かった。藁が積んであるだけ。
藁を二つに分けてそれぞれ布を被せる。一度外に出て手拭いを井戸水で濡らして絞り、部屋で体を拭いた。取り敢えずは屋内な分、少し安心できる気がする。二人で干し肉を食べて水を飲み、休んだ。
なんだかこういう生活にも慣れてきた。意外に順応性高いなわたし。
翌朝オルヴァンさん達と挨拶して笑顔で別れ、砦を抜けて東へ進む。
この辺りはそんなに木立は多くはないけれど、やや起伏がある土地らしく、低木の茂みがあちこちに見えた。向こうに小さな森というか林みたいなものも見える。その横に村らしき建物がいくつかある場所、柵で囲いが作られていてよく見えないけれど多分あそこだろう。
「村役みたいな人に言えばいいのかな?」柵があって門があり、今は開いているようなので入りながらリラに確認してみた。
「多分。わたしも外での依頼受けるの初めてだから」
そうか、ひとり狩りだったから、王都の森周辺でしか仕事してなかったんだよね、確か。
柵の中に入ると広場になっていて、それを囲むように小さな家が幾つか建っている。他の家と違う造りのひときわ大きな家に向かってわたしは歩いた。
扉をたたきながら声をかける。
「こんにちは!王都のギルドから来ました。連絡が入っていると思います」
家の扉というより館の扉、というのがしっくり来そうな頑丈で大きな扉が内側から開き、背の低い初老の男性が出てきたと思ったらこちらを見て呟いた。
「いや、困ったな」
「???」
「ああ、すまない。ひとまず中へどうぞ」
促されてリラと二人、疑問符を貼り付けた顔で屋内に入ると若い男が二人。
ひとりは赤銅色の髪に革の軽鎧で、背が高く細身だけど筋肉はしっかりありそうな美形。もうひとりは更に、頭半分背も高いが金属の胸当てを付けていてがっしりした体格の、いかにも冒険者。
「ええ?」
この館は村役の人の家でもあるけど小さな集会所にもなっているらしい。何かがあった時の避難所にも。
「一昨日王都ギルドから砦にある魔道通信で連絡が入ったと伝言は聞いてたんだ。ただ今日になってこちらのお二人も魔窟調査依頼で来てくれて」村役の人が汗をかきながら説明してくれる。
「行き違いによる依頼の重複、ですか」要するにダブルブッキングね、困ったな。ちらりとリラと目を合わせていたら、村役の人を押し除けるように、細身の方の男性がこっちに近づいた。
「俺達は交易都市ベルハーフでこの依頼を聞いてね、王都に向かう途中の依頼でちょうどいいってここに来たんだ」
赤銅色の髪の男性がそう言う。身長がわたしより頭ひとつ高い分、見下ろすような形で……いや、これ舐められてるな。緑色の目がこっちを面白そうに見下ろしている。
居たな、こういうの。元請けの営業とかで。仕事は出来るかもしれんがチャラそうで、こっちの見た目で舐めてくる奴。しかも自分の顔のいいのを自覚してるタイプ。
二十歳そこそこに見える。ふふん、お姉さんを舐めてもらっちゃ困るね。
ついっと顔を上げて睨め付けた。
「わたし達、王都できちんとギルドを通してきましたし、ギルドからの先触れも出してます」
この男、わたし気が合わなさそうっ!




