10・ボア戦再び
食事を摂って宿の部屋に戻る。リラがちょうどお風呂が済んだところだったので、さっき見た依頼書の話をしてみた。
「銀貨20枚って割といい収入じゃないのかな?」
髪の水分を拭き取りながらリラは少し考えるそぶり。
「調査依頼なら危険度は低いけど、デルマ砦村はここから北東に向かって二日くらいかかるはず」
ふうん、結構遠いのね。
「往復5日くらいかかってその金額だとそこまでお得でもないのかな?」
「まあまあ良い依頼かもしれないけど、調査した内容にも関わるよね」
髪を拭き終わった手拭いを、窓近くに張った紐に乾かすために掛けながらリラが説明してくれた。
「ラトや、ヴェスラが巣食ってるなら危険度は低いけど。ガウルが群れてたり、グラウルの集団がいたら調査だけでも危険」
リラが例に出したのは小型の魔獣だろう。確かに、それなら逃げやすいけど、流石に狼系のガウルとか、あのゴブリンみたいなグラウルの集団とかは怖いな。
「わたしたち二人くらいだと、ラトやヴェスラが居たのなら丁度いい依頼、だけどそれ以外だったら危ないと思う」
「うん、そうだね。ちょっといいかなって思ったけど、今回は見送ろうか」
「一応保留にしとこうよ。他の誰かが依頼を受けるかもしれないし。それにエリカの魔法練習の成果も確認しなくちゃいけないし?」悪戯っぽく笑ってリラが言うので、この件は少し様子見ということにした。
翌日は、昨日設置し直した罠を確認しにまた森へ。
「そういえばここの森って名前あるの?」
「んー、名前あるのかもしれないけど、みんなここ〝王都の南森〟って呼んでる。そして昨日言ってた依頼書の、デルマ砦がある近くの森は、確かヴィアの森って呼ばれてる」
わたしは先日ギルドの資料室で見た地図を思い浮かべた。地図といってもかなり大雑把な、ここ近郊だけ記されてる、地形も何もあまり判然としないものだったけど。
「あ、テラヴィア大河がある近くだから?」
「そうそう。わたしの出身の村は反対側のアウレバ河の支流沿いで、そっちはとても田舎なんだけどね」
「結構遠いところ?」
「うん、二十日くらい離れてる」
それは結構遠いな。
そんな話をしながら罠を廻る。
今日はひとつ目の罠にラビが掛かっていて、「ウォーター」が活躍。いや地味に便利。二人で一緒に解体して肉を葉に包む。「とても助かる」にこにこしてリラは嬉しそう。
「次の罠に何も掛かってなくても、また少しウリを捥いで持ち帰れたら市に卸せるね」わたしも答える。
そして昨日ボアが出た近くの罠を見に行く。慎重に。
「止まって」リラが囁いた。まさか?
「昨日のボアだ。ボルトが刺さったまま。少し弱ってるから余計に、罠にかかったラビを捕食しに来たんじゃないかな」
ひそひそと言葉を交わす。
「今日はしっかり対決しよう」そうリラが囁いてクロスボウのボルトを準備する。
「あちらに待機するからエリカは前足を捌いて」
心臓が痛いと錯覚するほど高鳴って息が浅くなる。
昨日は一点を狙おうとしてて失敗した。だからギルドでやった練習は〝横に薙ぐ〟。面を切断するイメージで、前足をさばく。よし、わかった。
ゆっくりと体の向きを変えて杖を構え、心の準備をした。
向こう側でリラが頷いて、わたしたちより後方に向けて石を投げ、わざと音を立てる。
ラビを食べていたであろうボアが用心しながら茂みから顔を出した。一歩、二歩。
いまだ!
「ウォータージェット!」地面に水平に!切り裂け!!
シュッと音を立ててボアの前足が二本、すぱんと切れて、ボアがどんと音を立てて前のめりに倒れ込む。すかさずリラが目を狙ってボルトを打ち込んだ。すごい、貫いた!
しばらくビクビクと痙攣して、ようやくボアが動きを止めた。
思わず息を吐く。
「……やったぁ」
ものすごい血の量と獣臭。怖さと緊張で杖を握る指が震えている。
さすがにリラも緊張したらしくて、少し顔色が悪いけど、クロスボウを背中にしまってボアに向かっていく。
「若い雄みたい。重いから魔石抜いて内臓捨てても持ち帰られるかな?」
見たところ確かに。この大きさなら80kgくらいはありそう。
「でもせっかくだから持って帰りたいよね」
うん、そう思う。怖かったし、頑張ったし!
後ろ足を縛って、やや大きめな石があるところまで引きずり、石を支えになんとか斜めにして血抜きをする。
「あ、そうだ!ちょっと待ってて」思いついて、わたしはリラに声をかけてから手頃な枝ぶりの木を探す。
「ウォータージェット」
手首ほどの太さの枝を何本か用意して、交差させて紐で括る。大きな三角になるように組み立てた。日本でも昔〝背負子〟みたいな感じで使われてたのってこんなのだったよね?かなりあやふやだけど直接引きずるより確かこの方がマシなはず。
「これに括り付けたら引っ張って持って帰れないかな」
リラがびっくりした顔で、大きく目を見開いた。
「エリカすごい」
皮も脂肪も厚く、短刀では切り込みが入らなかったので、これもウォータージェットでお腹を切り裂いて内臓を掻き出した。手が血まみれになるのを「ウォーター」で洗い流しながら。
魔石を抜いて内臓も抜いて血抜きもしたせいか、だいぶ軽くなったけど、まあ、やっぱり重いよね。
内臓を埋めて、リラが立ち上がった。
「魔石、色は浅いけどラビより大きいね」そう言いながら見せてくれる。
うずらの卵よりは大きくて、鶏の卵よりは小さい感じ?
「これって少しは高く売れる?」
「うん、ラビよりずっと高く売れるし、ボアの肉も牙も毛皮も売れるから、頑張って持って帰ろう」
二人で顔を合わせて笑う。
「森から抜ければ荷馬車の人に声をかけに行けるから。がんばろ?」リラが言う。うん、頑張ろう。
なにしろ重いので、二人で悪戦苦闘しながら組んだ木に括り付ける。
「でもこれも二人だから出来たこと」
そうしみじみリラが言ってくれて、髪や服に付いた獣臭や血臭が気にならなくなるくらい嬉しい。それにもう汗だくだしね。
ふふふって笑って、組んだ木にあっちとこっちで引っ張り紐を結んで、手元でもう一本、握りやすい太さの短く切った木にその紐を括り付ける。持ち手代わり。
昨日見つけたウリの実は、昨日よりは少ない量だけど無理しない範囲で収穫して、こちらも腰の袋に。意気揚々と二人で獲物を引きずって、なんとか森を出た。
快哉!
思わず両手を上げて深呼吸。
リラが農家の荷馬車に声をかけて交渉してくれたらしく、近くまで寄せてくれたので獲物を荷馬車に乗せる。馬車の主の男性も手伝ってくれたので、お礼にウリの実を幾つかと、市に着いた時に肉の一部を分けることにして、わたしたちは街へ向かった。
「結構な収入になったよ」ほくほくした声でリラが教えてくれた。
市で、ウリの実とラビ肉、ボアの一部の肉だけ売って、解体はギルドでお願いして魔石を売って。ボアの肉の残りの中で一部は宿屋に卸して貰った。食べたいじゃないですか、せっかくですし?
「わたしは夕食が楽しみ!」
「じゃあさっさと体を綺麗にしよう」「うん!」そういう事で順番にお風呂を使った。もう汗と獣臭でドロドロな気分だよ。さっぱりしたい。
今日も意外に早い時間に帰ってこれたので、まだ宿に帰ってきてる冒険者は少ない。そもそも女性冒険者自体が少ないみたいだけどね。
夕食はボアの肉を煮込んだシチューみたいな物をいただいた。しっかり噛みごたえがあるけど中に入ってるニンニクみたいな香辛料で臭みが結構消えて、大変美味しくいただけました。
食堂で食べ終わってふぅっと息を吐く。満足。
【言語適応率:98%】
【生体適応率:32% 適応継続中】
頭の中にログが流れた。
……えっ?
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