第三話 麻袋の中身
「その袋、何が入ってるんですか」
一時間ほど走ったところで、小春が後部座席の麻袋を指差した。
「プレゼント」
「本当に?」
「違う」
「じゃあ何ですか」
「書類だ。仕事の」
しばらく考えるような間があって、「運び屋さんなんですね」と小春は言った。断定でも怯えでもなかった。ただ確認するような、静かな口調だった。
「そういうものと一緒に乗るの、怖くないか」
「あなたが怖くないなら、怖くないです」
変な理屈だ、と思った。でも嫌いじゃない。
携帯が振動した。番号非通知。俺はハンドルを握ったまま画面を一瞥して、出なかった。確認連絡なら、また来る。それ以外なら、出ない方がいい。
「電話、出なくていいんですか」と小春が言った。
「いい」
「仕事の?」
「そうだ」
「……怒られませんか」
「俺に怒れる立場の人間は、この仕事にはいない」
小春は何も言わなかった。窓の外を見て、少し考えるような顔をした。
国道沿いに、古い中華料理屋の看板が見えた。赤地に黄色い文字。蛍光灯が一本切れかけて、ちかちかと瞬いていた。昭和の終わりからそこにあるような佇まいだった。もうじき取り壊されるか、それとも今夜も誰かが暖簾をくぐるのか。通り過ぎながら、どちらでもいいと思った。
「さっきの会社名」と小春が言った。「アーク、の続き、思い出しました」
「何だ」
「アークホールディングス、だったと思います。お父さんが、何度も繰り返してたから」
俺は前を向いたまま、何も言わなかった。
麻袋の中の封筒。その表に印刷された文字が、また頭をよぎった。
〈アークホールディングス株式会社 御中〉
訊かないのがルールだ。中身も、宛先の意味も、訊かない。
「小腹、空いてないか」
声が、少し平坦になったかもしれない。小春は気づかなかったようだった。
「……少し」
「コンビニに寄る。ドレスのまま入るかどうかは自分で決めろ」
小春はドレスの裾を両手で少し持ち上げて、「大丈夫です」と言った。「これでも三回試着しましたから、着慣れてます」
俺は笑いそうになるのをこらえて、ウインカーを出した。




