9.2度目の初夜
マルクス家に到着後、馬車を降りた時。
わたくしたちを出迎えてくれる使用人の中にーー
「ルミナっ!」
あの時、最後までわたくしのことを祈っていたルミナの姿が目に止まった。
「レ、レティシア様!? どうされたんです!?」
ドレスのまま、思わず抱き着いたわたくしに、ルミナが慌てる。
炎に包まれ、最期までわたくしの手を離さなかったルミナの顔が重なる。
……生きている。あなたが、生きているわ。……あなたは覚えていなくとも、最期のその時までずっと、わたくしを抱き締めていてくれたことを、きっとわたくしは一生忘れませんわ。
「挙式の後で、感情が昂ぶっておられるのかもしれません。レティシア嬢を先に部屋に連れて行ってください」
背後からアドリアン様の声が聞こえる。
ルミナはその声に従い、わたくしを部屋へ連れて行った。
「ごめんなさい。アドリアン様の仰る通り、少し気が昂ぶってしまったわ……」
そう言ったわたくしに、ルミナは優しく微笑んだ。
「式前のこともありますし、当然です。本当に、お疲れ様でございました」
ルミナにハンカチを渡されたことで、恥ずかしくも人前で泣いてしまっていたことに気がついた。
受け取ったハンカチで、目元を拭う。
「ですが、小伯爵様がお優しそうな方で安心致しました」
「……そう、そうね。アドリアン様はお優しいし、本当に……裏表が無さそうな方だわ」
擦ってはいけないと、ルミナがそっとわたくしの目元にハンカチを当てた。
……この温もりを失わないためにも、今度こそ必ず、この夜を越えてみせますわ。
「いつの間にかお名前で呼び合われるようになっていて何よりです」
そこでノックが響いた。
入室を許可すると、立っていたのは護衛騎士の一人、フェリックス。
……そうだわ。また同じことが起きるというのであればーー
そう思ったら、流れていた涙も止まった。
「水差しの件はギルバートに一任を。あなたは自害した者の調査を。それから至急、お父様に伝言を届けてほしいの」
「公爵様にですか?」
しっかりとフェリックスの目を見て頷く。
「馬車の中でアドリアン様とも話したのだけど、今回の件も踏まえて、マルクス家に私設騎士団を設けようと思うの。そのための騎士を少数、ヴァルモン家から融通してくださるよう頼むつもりよ」
フェリックスはわたくしの提案に大きく頷いた。
「式の件を考えると賛成です。……ですが、至急という言葉を取り消して頂けないでしょうか? ギルバートも席を外している今、お嬢様の護衛が一人になってしまいます」
お父様がわたくしにつけてくださった三名の騎士は、共にわたくしの幼い頃から護衛をしてくれる者たち。ルミナのように心を許している存在でもある。
「今は一人で十分よ」
アドリアン様が腕の立つ方だからこそ、護衛騎士は一人で十分だ。むしろ時間を置くことで不測の事態に陥ることこそ避けたい。
「もしお父様に人選を問われたら、あなたに一任するわ」
「ありがたき幸せです。必ずやお嬢様のためになる者を選ばせて頂きます」
「フェリックス卿」
フェリックスが頭を上げる前に、ルミナが声をかけた。
「レティシア様はもう、『お嬢様』ではありません。マルクス伯爵家の若奥様です!」
「……失礼致しました。若奥様のため、よりよい騎士を選んで参ります」
どこか困ったように笑った後で、フェリックスはもう一度頭を下げた後、退室した。
「では、話が一段落したので」
「初夜の準備よね。わかってるわ。公爵令嬢としてアドリアン様の前でも恥ずかしくないようにお願いするわ」
「まぁっ……!」
感嘆の声を上げたルミナに目をやった。
「一時はどうなるかと思いましたが、すっかり心の準備もされていたんですね!」
……そういうわけでもないのだけれど。ルミナが言う言葉を先回りして言ったら、とても感動されてしまったわ……。
「もしかして、アドリアン様に一目惚れなさったんですか?」
「それはないわね」
貴族には珍しい赤髪で、琥珀色の瞳のアドリアン様。
……確かに容姿は悪くはないけれど、一目で心を奪われるほどかと問われたら、疑問が残りますわ。あの方はきっと、外見よりも中身を見て頂いた方がより好感を持てるのではないかしら。
「ふふっ」
唐突にルミナが笑う。
鏡越しにどうしたのかとそちらを見ると、優しい目をしているルミナと目が合った。
「遅くなってしまいましたが、本当に、おめでとうございます。レティシア様の幸せが、私の幸せです」
それは繰り返しの中で聞いた言葉。あの時は確かルミナは涙ぐんでいたけれども……。
今は、姉のように、母のように優しい目でわたくしを見ている。
「……『わたくしの幸せの中には、あなたもいるのだから』」
「レティシア様……」
「わたくしのことを思うなら、あなたも必ず生きて幸せになりなさい」
ルミナは目尻を拭う。
「……なんだか立場が逆になってしまったような気がします」
「そうね。いつかあなたの花嫁姿を見て、わたくしが同じ言葉をかけるわ」
ルミナが微笑みながら部屋を出た。
……そうよ。何故繰り返しが起こっているのか、わからないけれど、わたくしが死ななければ未来に進むはずですわ。少なくとも、今まではきちんと進んできたもの。これが女神ウルキスの御業なのだとしたら、わたくしが生き残ることこそが、この繰り返しを止める術なのではなくて?
であるなら、まずは今夜を越えることこそが大切だわ。
そう思いながら、前回同様、お母様から頂いた護身用の短剣を握りしめた。




