10.長い長い、1日の終わり
「……おかしいですわね……」
いくら待っても、アドリアン様がいらっしゃらない。それに繰り返しの中で、とっくに暗殺者が来ていた時間が過ぎても、アドリアン様だけではなく、暗殺者も来ない。
さすがにおかしい……とは、思うものの、来たばかりの邸宅で、このように遅い時間に出歩くわけにはいかない。
どうしたらいいのか悩んでいた時ーー
「レティシア様! 起きていらっしゃいますか?」
ノックと共に、ルミナの声がした。
一瞬、繰り返しの時の中で炎に包まれたルミナの姿が頭を過った。
「ルミナ! 何かありましたの!?」
「……ああ、良かった、ご無事ですね!」
ルミナはわたくしに駆け寄り、体を見回してから、大きく頷いた。
「いったい何があったの? アドリアン様もいらっしゃらなくて……」
「驚かないで聞いてくださいね。不敬にも侵入者が現れ、小伯爵様と執事見習いの方が撃退してくださったんです!」
興奮気味にルミナは言う。
……アドリアン様は、わたくしの話を聞いてここに暗殺者が来る前に対処してくださったのだわ。
「それでアドリアン様は?」
「ご無事です。ですが、今ちょうど公爵家から騎士が数名やって来たのでそちらの応対をしております」
「わたくしもそちらに案内してくれる?」
「かしこまりました」
フェリックスもすぐにお父様のところから、騎士を連れて来てくれたのだわ。
……ならば、あとはロウソクの件ですわね。
「アドリアン様!」
「レティシア嬢。夜分にわざわざすみません」
アドリアン様の周りには、見慣れた顔の騎士数名とーー
「紹介します。うちの執事見習いのリック・オースティン。……騎士団を作るならば、うちから出せる唯一の兵力です」
「若奥様にご挨拶申し上げます」
短髪で大柄なオースティン卿は、執事服がまるで似合っていない。剣を握っていれば、すぐにでも騎士に見える体つきだった。
「レティシア・アウローラ……マルクスですわ」
まだ一瞬、ヴァルモンと口にしそうになる。そのわたくしにも、オースティン卿は深々と頭を下げた。
「私の幼なじみで……途中まで一緒に騎士を目指していた男なので、きっと役に立ちます」
なるほど、ですわ。どの段階で執事見習いになったのかはわかりませんが、体格的にも騎士を目指して不思議じゃありませんもの。
「リックと共にロウソクの回収をしていたところ、暗殺者を見つけたんです。そのまま対峙していた時に、ヴァルモン家から騎士が合流してくれたので助かりました」
アドリアン様の言葉に頷きながら、ヴァルモン家の騎士に目を向けた。
「閣下の命を受け、取り急ぎ3名駆けつけました。以後、マルクス伯爵家の指示に従います」
……これで、我が家から6名。アドリアン様とオースティン卿を入れれば8名。もう数名、欲しいところではあるものの、急ごしらえでは十分な数ですわ。なんとかマルクス私設騎士団を結成できますわね。
「……なんとか、今夜を越えられそうで安心致しましたわ」
胸を撫で下ろすわたくしの背に、アドリアン様は頷いた。
「……ロウソクを用意した者は?」
「今執事とメイド長が話をしています」
ならばやはり、アドリアン様が仰っていたメイドがそうなのでしょう。
「それとあなたに伝えておくことがあります」
「なんでしょう?」
アドリアン様はどこか躊躇いがちに口を開いた。
「先ほど捉えた暗殺者の一人が、『これで終わると思うな』と言い残し、直後二人とも自決しました」
「自決ですって?」
繰り返しの時でも、確かに暗殺者は自ら毒を飲んだけれど……。前回は一人は生きて逃げていたけれど、今回は二人とも自決したのね……。
「念のためあなたの部屋の前に騎士を立たせますが……、まだ油断しないでください」
アドリアン様の言葉に頷くことで返した。
自決とは言え、二人とも捉えたのであれば、とりあえずは、安心ですわ。
騎士もつくのであれば、なんとか今夜を越えることが出来そうですわね……。
「レティシア嬢はお疲れでしょうし、もうお部屋にお戻りください」
「ですが……」
「今後の方針も含め、明日の……そうですね、昼頃話し合いましょう。そのためにもまず、ゆっくりお休みください」
それは繰り返しの中で、わたくしがアドリアン様に提案したこと。
……わたくしが言わずとも、同じ結論に辿り着かれるのですね。
素直にアドリアン様の言葉に甘え、部屋に戻ることにした。
「……ふぅ……」
本当に、とてもとても、長い一日でしたわ……。でもようやく、今日が終わる。わたくしだけではなく、アドリアン様も自ら動かれた。だからこそ、繰り返しを止め、夜を越えることができたのだわ。
でも暗殺者の言葉と言い、根本的なことは変わっていないかもしれないけれど。これからのことをどうするかは、また起きたら考えますわ……。
そう思いながら、ようやく眠りについた。




