11.脇の甘い同志
「レティシア様、そろそろ起きられては?」
いつものようにルミナの優しい声が響く。
目を開けると、温かい日の光が部屋に差し込み、少し目を細めた。
「……ああ、わたくし、結婚したんですわね」
一瞬、ここがどこか忘れていたわ。
体を起こすことで、脳もようやく起き上がったようだ。
わたくしは昨日、結婚したのだわ。
何度も繰り返す時を超え、無事に結婚式の日を終えることができたのだわ。
「さぁ、レティシア様。小伯爵様が待っていらっしゃいます。ご準備を」
ルミナに促されながら、ベッドから立ち上がった。
「……アドリアン様はもう起きられているの?」
「はい。朝は無理だったので、昼餉は一緒にとのことです」
あの方、わたくしより休まれたのは後のはずなのに、お元気だわ……。
「小伯爵様は、レティシア様が提案された騎士団がとてもお気に召したようですよ。昨夜も遅くまで話し込まれていたようですが、今朝も早くから騎士たちとお話しされていましたから」
ルミナが笑いながら言う。
……なるほど、ですわ。
それでわたくしより早く精力的に動いていらっしゃるのね。あの方は本当に、騎士を志していらしたのね……。
「アドリアン様。レティシアです」
「どうぞ、お入りください」
身支度を終え、アドリアン様の執務室に向かった。
見上げたアドリアン様は、少しお疲れのように見えるけど、とても清々しい顔をしていた。
「よく休まれましたか?」
「はい。とても快適に過ごさせて頂きましたわ」
穏やかに微笑まれる姿にはもう、式場で見た冷たさはなかった。
朝餉には遅いけれど、昼餉には早い時間の中、一旦アドリアン様の執務室でお茶をしながら話し合うことになった。
「それで何から話しましょうか……」
お茶を淹れたメイドを下げてから、アドリアン様は口を開いた。
「まずはお疲れ様でございました」
「ああ、そうですね。レティシア嬢もお疲れ様でした」
軽く頭を下げたわたくしに、アドリアン様も倣うように頭を下げた。
「わたくしからお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ」
会話の切り出し方がわからないように見えたアドリアン様を見て、わたくしから話を進めることにした。
「ロウソクの件はどうなりまして?」
わたくしの言葉に、力強く頷きながらアドリアン様は口を開いた。
「やはりレティシア嬢の言う通り、中に油が仕込まれていました。いつものように使っていたら、間違いなく壁に燃え移っていたでしょう」
アドリアン様は立ち上がり、問題のロウソクと思われてる物を一本、テーブルの上に置いた。
他は安全のため、別の場所に移したそうだ。
「これを受け取ったメイドは、思っていた通りの人物でした。ただ……」
「ただ?」
「これを飾るように指示した人物までは掴めていません」
ロウソクを握り締めアドリアン様は言う。
「それはまだ時間が足りないからなのではなくて?」
「いいえ。……かなり用意周到な人物なようで、全て手紙での指示だそうです」
事の経緯はこう。
始まりはメイドの母の体調悪化。町医者に診てもらおうとしたけど、理由もなく断られる。
そこに一通の手紙。
母の病、治したくば指示に従えの文言ーー
「であるなら、そのメイドの母君の病気も……」
「その可能性もあるかと思い、今うちの主治医を向かわせてます」
この段階でわかったのは、母君を病気にさせられる何かを持っている人物。
何より町医者に圧をかけらる人物、と言うことになりますわね。
「やはり怨みからくる犯行の可能性が高いかと思います」
「わたくしもそのように考えますわ」
「私か、あなたか、もしくは両家の家自体のものか……」
マルクス家のことはまだわからないことが多いけれど。少なくともヴァルモン家では、新興貴族であるマルクスをよく思わない考えの人間がいたのは確かですわ。でもだからと言って、わたくしが知り得るだけで、三度、暗殺を図っている。それはそれだけあちらの本気度が高いということではなくて? 新興貴族に嫁いだという理由だけで、ここまで恨みが強くなるものかしら……。
「レティシア嬢のお陰で信頼でき得る騎士も出来ましたが、まだ心もとないので少しツテを当たってみようかと思います」
「ツテ、でございますか?」
「はい。うちは商団を抱えていて、都度傭兵を雇っていたんですが、その中から騎士を目指す人間を見つけようかと」
アドリアン様の言葉に、目を伏せ考える。
……確かに、公に騎士を募集すると誰の息がかかっている人間が入ってくるかわかりませんものね。
「傭兵をされている方が騎士になりたいのか疑問ではありますが、良いお考えかと存じます」
わたくしの言葉に、アドリアン様は少し困ったような顔をされた。
「好きで傭兵になった者の方が少ないと思いますよ」
「ではなぜ?」
「生きていくために、そうせざるを得なかったんです。騎士も傭兵も、同じです。ただ生まれた血が違うだけです」
それはつまり、アドリアン様は庶民であれ機会があればすくい上げるお気持ちがあるということ。
……本当に、貴族には珍しい考えの方ですわ。
「あなた様の意見に賛同致しますわ」
微笑み伝えたわたくしに、アドリアン様は一瞬目を見開いた。
「……私はあなたに関する噂話を聞いて、誤解していたようだ」
アドリアン様は柔らかく微笑む。
社交界で聞く、わたくしの噂であるならきっと、笑顔の仮面を被った人形。現王家の血を受け継ぐ貴族主義の女ーーと、言ったところでしょうか。
「仕方がありませんわ。わたくしたち、同志として、これからお互いを知ってゆくのですから」
「同志、ですか?」
わたくしはアドリアン様に手を差し出した。それは淑女が求めるようなものではなく、対等な立場としての形のもの。
「どこのどなたか存じませんが、わたくしたちに仇なそうとする者らを、共に見返して差し上げましょう」
アドリアン様は一瞬驚いた顔をされた後で、とても柔らかく微笑んだ。
そしてわたくしの手をしっかりと握った。柔らかいその表情とは対象的に、どこかゴツゴツとしている大きな手。でも確かにその表情と同じように、包み込むような温もりを与えてくれる手だ。
「あなたは心強い同志になってくれそうだ」
……まだほんの少ししか話しておりませんのに、気を許しすぎではなくて? この方、少し危うい感じが致しますわ。出逢って間もない淑女に、この微笑みはさすがにどうかと思いましてよ。
あまり他人には気を許すなということも、今後教育していかねばなりませんわね……。
そんなことを思いながら、アドリアン様の骨ばった手を握り返した。そしてこの瞬間、同志としてわたくしたちに最初の絆が生まれた。




