12.問題発生
マルクス伯爵家に嫁いで二ヶ月が過ぎた。
その間、暗殺の影はぴたりと止み、私設騎士団の運営が軌道に乗る一方で、私は社交界を回って黒幕の気配を探っていたが……成果は芳しくなかった。
それでもーー
「レティシア。おはようございます」
「おはようございます、アドリアン様」
アドリアン様がわたくしを「レティシア嬢」から敬称なしで呼ぶ程度には、親交を深めることができたのではないかと思っている。
だからこそ、なのかもしれませんが、本当に小さなアドリアン様の違和感に気づくことができた。
「どうかされましたか?」
何がいつもと違うのか考えた時、視線が定まっていないこと、ですわね。
いつもちゃんと、わたくしと目を合わせ話す方なのに、今日は伏し目がちで、その視線も左右に揺れているように見える。
「あ、え? 何がです?」
「……それを今、わたくしが聞いておりますの。何かありまして?」
一瞬、こちらを見たものの、わたくしの質問に再び目を逸らしたアドリアン様。
「……いえ、少し……なんと言うか……問題と言うか……」
どうにも歯切れが悪いですわね。
「何か問題があるなら、教えてくださいまし。わたくしで力になれることがあるかもしれません」
「いや、レティシアは……でもまぁ、追々……?」
何が追々なのかはわからないけれども、アドリアン様が今わたくしに言うつもりがないということだけは伝わった。その後は特に会話もなかった上、食欲もないのかアドリアン様は朝食も早々に切り上げ、部屋を出て行った。
その夜、一日の終わりに寝る支度を終えルミナが部屋を出ようとする時。
「そういえば、あなたはマルクス家の使用人とも仲が良くなったわよね?」
先ほどのことを聞こうと呼び止めた。
「はい。皆さん良い方たちで、すっかり馴染みました」
ルミナの言葉に頷いて返す。
「最近アドリアン様の周りで、何か問題が起こっていないか聞いていないかしら?」
「問題、ですか……?」
「ええ。どんな内容かはわからないけど、わたくしには言いづらい問題だと思うの」
ルミナは顎に手を当て、伏し目がちに考え込んだ。
「ちょっと今は思い当たらないので、使用人仲間に聞いてみますね」
「お願いね」
その言葉を受け、ルミナは頭を下げて退室した。
……あの暗殺騒動の後、わたくしたちは結局初夜を過ごしていなかった。
夫婦というより、本当に同志というか……マルクス伯爵家の居候のような立場のまま日々を過ごしていた。
黒幕のこともあるし、余計に、他のことでアドリアン様のお役に立てればと思いルミナを頼ったのだけれど……。
「子ども、ですって?」
翌朝、ルミナから聞いたその言葉に、聞いてしまったことを後悔した。
「はい。お相手はどうやら……マルクス伯爵様が陞爵される前におつきあいのあった平民の女性のようです」
ルミナの話によれば、別れた後でアドリアン様には秘密に、一人ひっそりと子どもを産み育てていたが、その子が病気になってしまったらしい。医療費がとても高く薬が買えないため、アドリアン様に縋ってきたとのことで……。
「陞爵される前であるなら、10歳前後の歳の子ということ?」
「病気からか、それとも母子のみで育てていて食に回せなかったからか……実際に見た者の話によれば年齢よりもかなり小さく見えたそうです」
「……そう……」
アドリアン様は、子どもの存在を知らなかったそうだ。
……それはそうだろう。あの方の性格ならば、自身の子を私生児にはしなかったはず。
「どういたしましょうか……」
ルミナはわたくしのことをよくわかっている。
平民との間の私生児など、知らぬ存ぜぬでまかり通るのが貴族だ。
……けれど、恋愛結婚されてわたくしを大切に育ててくださったお父様、お母様を見ていたら、例えわたくしの子ではなくとも、罪のない子に対して知らぬ存ぜぬではいられない。
そういうところをわかって、あえて「追い出せ」とは言わなかったルミナに小さく笑った。
「とりあえず、本当にその子がアドリアン様のお子であるか確かめなければいけませんわね」
「親子鑑定を提案されるということですか?」
「ええ。……本当にアドリアン様のお子であるなら、その子はマルクス小伯爵にとっての第一子です」
「レティシア様!」
わたくしが言わんとすることに気づいたのか、ルミナが声をあげた。
「本当なら、の話よ。先に親子鑑定をしなければいけないわ」
わたくしたちの間に、夫婦の営みがない以上、その子どもは今後のマルクス伯爵家を継ぐ存在になりかねない。
だからといって平民がいきなりマルクス伯爵になど、なれるわけがない。場合によっては養子縁組をしてでも、わたくしの子として育てあげなければいけない。
「……とにかく、一度神殿へ親子鑑定の依頼をしましょう」
一つ息を吐いてから、顔をあげた。
暗殺の次は隠し子だなんて……。いくら子どもに罪はないとは言え、この結婚前途多難すぎではございません?
黒幕の存在もまだわからないのに……。
とにかく一つずつ、できることをしていかないとですわね。
そう思いながら、今日のドレスを身に纏った。




