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死に戻り公爵令嬢は、政略結婚の夫と運命を書き換える  作者: 猪口 零都


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4.初夜へ


 馬車までの道中で、必死に現状を整理した。


 なぜ同じことが繰り返されているのでしょう……。

 次はーー初夜前の刺殺、ですわね。

 問題は、狙いがわたくしなのか、小伯爵なのかですわ。


 痛みも恐怖も、毎回本物だというのに、わたくしはまた、笑顔を貼り付けなければならない。馬車に乗り込み、向かい合って座ったところで、口を開いた。


「不躾なことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 馬車が静かに動き出し、他に人の気配がないことを確かめてから、口を開いた。


「……どうぞ」

「小伯爵様は、どなたかの恨みを買っていらっしゃいませんか?」


 わたくしの言葉に、小伯爵は眉をひそめた。


「どういう意味でしょうか?」

「……小伯爵様や、マルクス伯爵家自体が恨まれている。あるいはーーこの婚姻に異を唱える者にお心当たりはありません?」


 小伯爵は片眉をわずかに上げ、こちらを見た。


「……おもしろいことを聞いてきますね。いるじゃないですかーー目の前に」


 そう言いながら、小伯爵は手をわたくしの方に向けた。


 ……ずいぶん、愉快なことを仰いますわ。

自分自身を殺害するために人を雇うわけがないでしょう。


 それにーー


「わたくし、この婚姻に異を唱えたことはありませんわ」


 貴族とはーーとりわけ、わたくしたちのような建国の頃より続く家門にとって、政略結婚など当然のこと。

 確かにこの婚姻は性急に決まり驚きはしましたが、一線を退いたとはいえ、公爵に次ぐ発言権を今なお持つおじい様。その方が決めたことに、異を唱える理由などございませんわ。


「……あなたは本当に、教科書にでも出てきそうな典型的な貴族令嬢ですね」


 ハッ、と息を吐き、わたくしから目を逸らしながら小伯爵は言う。


「……どういう意味か、お伺いしても?」

「言葉通りですよ。……決して表情を崩すことなく、相手に考えを読ませない。人間味がない。まるで、笑顔の仮面でも被っている人形のようだ」


 小伯爵は、呆れたような顔でわたくしを見ながら言った。


 仮面を被っているというのは、……的確な表現ですわね。


「小伯爵様は貴族らしくありませんわ」


 わたくしを睨むように見てくるその表情も、相手に腹の内を読まれやすく、上位貴族には不向きな方。

……ですが裏を返せば、それだけ実直な方ということ。

それはつまりーー


「貴族らしからぬ方で、とても好感が持てますわ」


 腹の底が見えない相手よりは安心できるということ。


「……表情があまりに変わらないので、それが嘘かどうかも測りかねます」

「存外、正直な方ですわね。わたくし、自分の夫となる方に嘘はつきませんし、その必要もございませんわ」


 これほど感情が表に出る方なら、嘘をつく必要はない。

 ただこの方に、不都合な真実を告げなければいいだけのことですわ。


「それが真実である保証はないでしょう?」

「それを見極めるのが夫婦というものではございませんか」


 この短い間に、こうも感情を表情に乗せ話すことのできるこの方は、わたくしにとっては……悪くない婚姻相手ですわ。


「そういえば、まだ正式なご挨拶をしておりませんでしたわね」


 左手で少しだけドレスを持ち上げる。右手を胸に添え、馬車の中でできる限りの礼を尽くした。


「ヴァルモン公爵家長女レティシア・アウローラ・ヴァルモン……いえ、すでにレティシア・アウローラ・マルクスでございますわね。小伯爵様は気軽にレティシアとお呼びいただければ幸いですわ」


 頭を上げ、口元に笑みを浮かべる。

 小伯爵様はわたくしの顔を見た直後、目を伏せた。そして一度、静かに息を吸い込んだ。


「……マルクス伯爵家長男アドリアン・マルクスです。お好きにお呼びください」


 真っ直ぐわたくしを見つめる瞳は、誠実で真面目さを物語っているかのようだわ。

 ……誰が、何のために仕組んだのかはまだわかりませんけれど。少なくともわたくしを殺そうと画策したのは、この方でないことだけは確かですわ。


「では、アドリアン様。もう一つお伺いしたいことがございます」

「なんでしょうか?」

「アドリアン様は、剣を嗜んでおられますの?」


 式場で触れた手のひらの剣だこはきっと……。


「……父が陞爵していなければ、騎士を目指していたでしょうね」


 義父になるマルクス伯爵の陞爵は確か8年ほど前のこと。

 であれば、成人前後の年齢から、騎士の道を諦めざるを得ないほどの学びを課せられていたことでしょう……。

 ……その件はいずれ、ゆっくり伺うことに致しましょう。


今はそれよりもーー


「どれほどの腕前なのでしょうか?」

「そうですね……あのままであれば、王室直属騎士への志願も考えていた程度の腕です」


 この方が、刺客への備えとなり得るかどうかーー見極める必要がありますわね。


「ご自身の剣以外でも、その自信はおありですか?」

「……まぁ、いつも使っていた物が一番扱いやすいのは確かですが、他の物でもある程度は」


 アドリアン様は、わたくしの質問の意図に、さすがに訝しむような表情をされた。


「少々、はしたないお願いをしてもよろしいでしょうか?」

「……はしたない? …… どうぞ?」


 わたくしを見つめる表情は、本当にわかりやすくて助かりますわ。


「今夜、予定より少し早く、わたくしの部屋へお越し頂きたいのです」


 一瞬の間の後、アドリアン様は顔を赤くされた。


「なっ、にを、」


 ……この方、存外ーー可愛らしい、と申し上げても差し支えないお方ですわね。


「わたくしが、あなた様に嘘をつかないというその証を、お見せしたく存じます」


 微笑むわたくしに、アドリアン様は耳の先まで真っ赤にし、視線を窓の外へ逸らした。

 喉が小さく動くのが見えた。逞しい剣士の顔が、少年のように狼狽している。


 馬車が邸宅に到着したのは、その直後だった。


 アドリアン様が答えを返す前に、扉が開く。


「今宵、お待ちしておりますわ」


 アドリアン様に一礼し、夜に備え、支度を始めた。

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