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死に戻り公爵令嬢は、政略結婚の夫と運命を書き換える  作者: 猪口 零都


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3/16

3.繰り返す誓い


「自害?」


 伯爵邸での自室に戻り、式前にあった出来事の処理のための指示をと思っていた時。

 護衛騎士の一人が慌てた様子で伝えてきた。


「遅効性の毒を服用していたかと」


 つまり、口封じ込みの捨て駒ということね。


「申し訳ありません。異変に気づいた時には、すでに手の施しようがなく……」

「あなた方のせいではありません。わたくしの判断ミスですから」

「ですが……」


 ですが遅効性なら、あの時わたくしが飲んだものとは別ということになる。


 そう何度も毒が出てきては、笑えませんわね……。


「あの水差しの方はどうなりました?」

「水差しにわずかですが水が残っていたため、ギルバート卿が責任を持って調べさせております」


 その言葉に頷いた。


「中身が判明するまでは、騒ぎを大きくしないように」

「かしこまりました」


 護衛騎士は一礼し、部屋から去って行った。


「この件も心配ではありますが、」


 それまで黙っていたルミナが声を上げた。


「今一番の心配は、レティシア様の初夜のことです!」


 式前に十分すぎるほど整えられたと思っていたのだけれど。どうやらこれからまた、しかも式前以上に念入りに整えられなければならないらしい。


「そんなに気合いを入れなくとも大丈夫よ」

「いけません! 現王族の血を引く公爵令嬢であられるレティシア様の初夜ですよ? これほど高貴なお方が嫁いでこられたのだと、小伯爵様に思わせねばなりません!」


 ルミナは鼻息荒く言うけれど、この気合いはきっとから回るだろう。

 先ほどまでの様子を思い返しても、わたくしたちの関係はどう贔屓目に見ても事務的なーー表面だけを取り繕った仮初の夫婦でしょう。

 ヴァルモン家に支援をという、わたくしの願いは叶えられた。ならば次は小伯爵の願いであろう、伯爵家に王家に連なる血を捧げなければならない。わたくしの次の務めは、小伯爵の子を成すこと。

――それだけでいい。


「では、私たちは下がりますから」

「ご苦労さま」

「……レティシア様」

「何かしら?」


 すっかり磨き上げられ、ほのかに香を移されたわたくしの手を、ルミナが握る。


「驚くこともあるかもしれませんが、最終的に小伯爵様に委ねれば大丈夫ですから」


 いったい何の心配をしているのか。

そうは思うものの、ルミナがあまりにも真剣な顔をしているから、「わかったわ」とだけ答えた。

 ルミナたち侍女が下がってしばらくしてから、部屋のドアがノックされた。

 小さく息を吐いてから、声をかけた。


「……どうぞ、お入りください」


 ……でも、小伯爵は入って来ない。

 聞こえていなかったのかしら、と思った時、もう一度ノックされた。


「お入りください」


 先ほどより声を張った。それでもドアは開かない。


 ……まさか、聞こえていないのかしら?


 そしてもう一度、ドアがノックされた。ひとつ息を整え、立ち上がってドアノブに手をかけた。


「お入りくださいと申し上げたはずですが、聞こえませんでしたかしら?」


 そう言い終わる前。

 ドアを開けた瞬間、腹部に強い衝撃が走った。一拍遅れて、胸の下から腹にかけて焼けつくような痛みが広がった。

 手に、ぬるりと生暖かい感触が伝わる。

 助けを呼ぼうと息を吸った、その瞬間。声になる前に、再び焼けるような痛みが襲った。


 血の気が、さあっと引いていく。


 ぬるりとした温かいものが、ドレスを瞬く間に赤く染めていく。

 そのまま、助けを求める気力すら奪われていきーー


 ……この感覚、昼間と同じ。死ぬ時の、あの感覚だわ。わたくし、こんな形で殺されてしまうの? 毒の次が刺殺?

 ……恨みを買いすぎですわね。


 視界が傾き、床が近づいてくる。

その中で、わたくしを刺した人間に目を向ける。黒いフードを被った男が二人、廊下に立っていた。


 あまりにも分かりやすい刺客ですこと。あなた方の顔、忘れなくってよ。


 指ひとつ動かせなくなってから聞こえた「あの方に報告に行くぞ」と言う男の声だけが、やけに冷たく響いた。


「それでは誓いの口づけを」


 ーー気がついたら、式場に立っていた。


 大司教様のその言葉が、突然耳に飛び込んできて、ハッと顔を上げた。

目の前には、わたくしの夫である小伯爵。……が、こちらへ顔を近づけてきているところだった。


「っ!?」


 思わず、小伯爵の体を押してしまった。

もちろん小伯爵は、わたくしの力程度ではビクともしない。それでも動きは止めてくれた。


「……」


 止めたせいで、互いの顔がやけに近い距離で動きが止まる。

 何が起きているのか、まだ頭が追いつかない。

 その中でわたくしは、


 この方、シトリンのような琥珀色の瞳をしていらっしゃるのね。

赤色の髪によく合っているわ。


ーーなどと、ずいぶん呑気なことを考えていた。


「……あなたも不本意でしょうが、お互い様です。少し我慢してください」


 その直後、触れるだけの口づけが、ほんの一瞬だけ落とされた。


「たった今より、アドリアン・マルクスとレティシア・アウローラ・ヴァルモンが夫婦となったことを宣言する」


 大司教の宣言で、わたくしたちは正式に夫婦となった。


 ……これは、何が起こっていますの? 式の出来事が、また起きている。

まるで同じ時をーー

いいえ、そんなはずはないわ。


 けれど。

小伯爵にエスコートされ、式場を後にする。そしてその手を離させてはいけない、と直感した。

 彼が手を離そうとするより早く、その腕を少し強く引いた瞬間、小伯爵の琥珀色の瞳がわずかに細められた。


「人目がございます。馬車までエスコートしてくださいまし」


 その言葉に小伯爵はわたくしから視線を反らし「わかりました」と感情のない声で答えた。

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