3.繰り返す誓い
「自害?」
伯爵邸での自室に戻り、式前にあった出来事の処理のための指示をと思っていた時。
護衛騎士の一人が慌てた様子で伝えてきた。
「遅効性の毒を服用していたかと」
つまり、口封じ込みの捨て駒ということね。
「申し訳ありません。異変に気づいた時には、すでに手の施しようがなく……」
「あなた方のせいではありません。わたくしの判断ミスですから」
「ですが……」
ですが遅効性なら、あの時わたくしが飲んだものとは別ということになる。
そう何度も毒が出てきては、笑えませんわね……。
「あの水差しの方はどうなりました?」
「水差しにわずかですが水が残っていたため、ギルバート卿が責任を持って調べさせております」
その言葉に頷いた。
「中身が判明するまでは、騒ぎを大きくしないように」
「かしこまりました」
護衛騎士は一礼し、部屋から去って行った。
「この件も心配ではありますが、」
それまで黙っていたルミナが声を上げた。
「今一番の心配は、レティシア様の初夜のことです!」
式前に十分すぎるほど整えられたと思っていたのだけれど。どうやらこれからまた、しかも式前以上に念入りに整えられなければならないらしい。
「そんなに気合いを入れなくとも大丈夫よ」
「いけません! 現王族の血を引く公爵令嬢であられるレティシア様の初夜ですよ? これほど高貴なお方が嫁いでこられたのだと、小伯爵様に思わせねばなりません!」
ルミナは鼻息荒く言うけれど、この気合いはきっとから回るだろう。
先ほどまでの様子を思い返しても、わたくしたちの関係はどう贔屓目に見ても事務的なーー表面だけを取り繕った仮初の夫婦でしょう。
ヴァルモン家に支援をという、わたくしの願いは叶えられた。ならば次は小伯爵の願いであろう、伯爵家に王家に連なる血を捧げなければならない。わたくしの次の務めは、小伯爵の子を成すこと。
――それだけでいい。
「では、私たちは下がりますから」
「ご苦労さま」
「……レティシア様」
「何かしら?」
すっかり磨き上げられ、ほのかに香を移されたわたくしの手を、ルミナが握る。
「驚くこともあるかもしれませんが、最終的に小伯爵様に委ねれば大丈夫ですから」
いったい何の心配をしているのか。
そうは思うものの、ルミナがあまりにも真剣な顔をしているから、「わかったわ」とだけ答えた。
ルミナたち侍女が下がってしばらくしてから、部屋のドアがノックされた。
小さく息を吐いてから、声をかけた。
「……どうぞ、お入りください」
……でも、小伯爵は入って来ない。
聞こえていなかったのかしら、と思った時、もう一度ノックされた。
「お入りください」
先ほどより声を張った。それでもドアは開かない。
……まさか、聞こえていないのかしら?
そしてもう一度、ドアがノックされた。ひとつ息を整え、立ち上がってドアノブに手をかけた。
「お入りくださいと申し上げたはずですが、聞こえませんでしたかしら?」
そう言い終わる前。
ドアを開けた瞬間、腹部に強い衝撃が走った。一拍遅れて、胸の下から腹にかけて焼けつくような痛みが広がった。
手に、ぬるりと生暖かい感触が伝わる。
助けを呼ぼうと息を吸った、その瞬間。声になる前に、再び焼けるような痛みが襲った。
血の気が、さあっと引いていく。
ぬるりとした温かいものが、ドレスを瞬く間に赤く染めていく。
そのまま、助けを求める気力すら奪われていきーー
……この感覚、昼間と同じ。死ぬ時の、あの感覚だわ。わたくし、こんな形で殺されてしまうの? 毒の次が刺殺?
……恨みを買いすぎですわね。
視界が傾き、床が近づいてくる。
その中で、わたくしを刺した人間に目を向ける。黒いフードを被った男が二人、廊下に立っていた。
あまりにも分かりやすい刺客ですこと。あなた方の顔、忘れなくってよ。
指ひとつ動かせなくなってから聞こえた「あの方に報告に行くぞ」と言う男の声だけが、やけに冷たく響いた。
「それでは誓いの口づけを」
ーー気がついたら、式場に立っていた。
大司教様のその言葉が、突然耳に飛び込んできて、ハッと顔を上げた。
目の前には、わたくしの夫である小伯爵。……が、こちらへ顔を近づけてきているところだった。
「っ!?」
思わず、小伯爵の体を押してしまった。
もちろん小伯爵は、わたくしの力程度ではビクともしない。それでも動きは止めてくれた。
「……」
止めたせいで、互いの顔がやけに近い距離で動きが止まる。
何が起きているのか、まだ頭が追いつかない。
その中でわたくしは、
この方、シトリンのような琥珀色の瞳をしていらっしゃるのね。
赤色の髪によく合っているわ。
ーーなどと、ずいぶん呑気なことを考えていた。
「……あなたも不本意でしょうが、お互い様です。少し我慢してください」
その直後、触れるだけの口づけが、ほんの一瞬だけ落とされた。
「たった今より、アドリアン・マルクスとレティシア・アウローラ・ヴァルモンが夫婦となったことを宣言する」
大司教の宣言で、わたくしたちは正式に夫婦となった。
……これは、何が起こっていますの? 式の出来事が、また起きている。
まるで同じ時をーー
いいえ、そんなはずはないわ。
けれど。
小伯爵にエスコートされ、式場を後にする。そしてその手を離させてはいけない、と直感した。
彼が手を離そうとするより早く、その腕を少し強く引いた瞬間、小伯爵の琥珀色の瞳がわずかに細められた。
「人目がございます。馬車までエスコートしてくださいまし」
その言葉に小伯爵はわたくしから視線を反らし「わかりました」と感情のない声で答えた。




