2.味気のない誓い
「実に美しく育ったものだ」
式場、扉前で現ヴァルモン公爵家当主、レグリオ・アルセス・ヴァルモンーーわたくしのお父様が待っていたお父様にそう言われた。
お父様のお顔を見たら、どこか震えていた心がゆっくりと、でも確実に落ち着いてきたのがわかる。
「……本当はな。私たちのように恋愛結婚をさせてやりたかった」
父は、先代公爵の三男だった。その父が上二人を差し置き爵位についたのはひとえに母のおかげである。
エレオノーラ・セラフィナ・オルベルターー母は、このオルベルタ王国の王女だった。しかも陛下が特に可愛がっていた末の王女は、公爵家の三男と恋に落ちた。
爵位のない者に王女を降嫁させるわけにもいかず、先代公爵は急遽、三男だった父を後継に指名したという。
「恋愛はいつでもできると伺っています」
「理屈ではないんだがな……」
父が公爵位を継いだ時、わたくしはまだ生まれてもいなかったけど、父の兄弟ーー病弱で早くに亡くなった長男は別として、次男である叔父様は、快く思っていなかったのではないか。
けど全てはわたくしの祖父である先代当主が決めたこと。
そして、わたくしの結婚もまた、祖父が決めたことだ。
「大丈夫ですわ。わたくしの務めは、必ず全う致します」
そう言うと、お父様は少しだけ眉を下げた。
「君のレディ教育を、王室に縁がある者にしなければ良かったのかもな……」
「レグリオ・アルセス・ヴァルモン公爵と新婦レティシア・アウローラ・ヴァルモン嬢の入場です」
式場の扉が開け放たれ、赤い絨毯に一歩足を進めた。
伏し目がちに歩みを進めた先ーー
そこに立っていたのが、今日初めて会うわたくしの夫、アドリアン・マルクス小伯爵。
儀式の流れに従い、父の手を離れてマルクス小伯爵のエスコートへと移る。……その間も、ベールの下からそっと新郎を見ていた。
受け取った肖像画より、ずっと逞しい。
そしてーー今この瞬間ですら、わたくしを値踏みするような目で見ていない。
「これより誓いの儀をはじめます」
大司教様が宣誓文を読み上げる。それが終わり、お互いの名前を署名。そして指輪の交換と誓いの口づけの流れだ。
婚前の挨拶もなく結婚などと言う、非常識に近い行為を承諾した方は、どれほどの人物かと思っていたけれど……。
……新郎は拍子抜けするほどまともな殿方で、式直前にあのような事件が起こっていたなど、微塵も感じさせることなく進んでいた。
叔父様や、従兄弟が言うほど「庶民臭く品位も教養もない人間」などではないわ。
むしろ彼の佇まいは洗練されているように感じる。
「新郎は新婦の指に、誓いの指輪を」
そう告げられ、小伯爵がわたくしの手を取った。緊張からなのか、少し力が入っている。もう少し力を抜いてほしいものだと思うわたくしをよそに、多少ぎこちなさはあれど、指輪は滞りなく薬指に収まった。
「次に新婦は新郎の指に、誓いの指輪を」
今度はわたくしが、彼の手を取る番。
……やっぱりこの方、鍛えてらっしゃるわ。
触れた手のひらには、ギルバートたち護衛騎士と同じ剣だこがあった。
「それでは誓いの口づけを」
少しの間の後で、小伯爵がわたくしのベールを上げた。
その直後、初めてわたくしの夫となるーーいえ、もう夫ねーー目の前の小伯爵を正面から捉えた。赤い髪色は、確かに平民に多い色だ。
それでもーー
ここまで手入れの行き届いた髪は、平民には到底できないことだ。
「……」
何も言葉を発することなく、誓いの口づけが交わされる。ほんの一瞬、触れるだけの口づけ。唇の先に、少しかさついた唇が触れた。
……期待していたわけではないのに。していたわけではない、けれども……。
「たった今より、アドリアン・マルクスとレティシア・アウローラ・ヴァルモンが夫婦となったことを宣言する」
場内から拍手が湧き、わたくしと小伯爵は式場を後にする。
……これで、ヴァルモン家が経済的に困窮することは避けられたはず。
式場を出た途端、小伯爵はエスコートしていたわたくしの手を離した。
……なんとも味気ない式ですこと。
「……義務ですから、夜に伺います」
伯爵邸に戻る馬車の中。小伯爵との初めての会話だった。
……義務、ですって。
「お待ちしております」
心の中を知られぬように、わたくしが頭を下げると、小伯爵はそのまま足早に去って行った。
政略結婚であれば、このようなものなのかもしれませんが……。
小さく息を吐き、ドレスを脱ぐため、用意された部屋へ向かった。




