30.秘密の願い事
涙が落ち着いた頃、ふとアディが口を開いた。
「あなたの話で気になったんですが、戻される時に何か法則でもあるんですか?」
それはわたくしも思っていたこと。そして今回のことで確信したこと。
わたくしの命が絶たれた時、アディと最後に触れた瞬間に戻されるのだわーー
「……それ、本当ですか? なぜ私が……」
「理由はわかりません。ですが、いつもアディの近くに……あなた様に触れている時に戻ってきます」
繰り返しているのはわたくしだけだけれど。この繰り返しの時は、アディと関係があるのではないかと思ってしまう。
どんな関係なのかは、女神ウルキスのみ知ることだろうけれど……。
「……最初は式直前の毒と言いませんでした? あの時は確か式が始まって、初めてあなたの手を取ったのに、おかしくないですか?」
「そこはわたくしもわからないのですが……。あの時繰り返しの直後に、廊下でお父様と話されているアディを見ましたわ」
アディは顎に手を当て、考えるような仕草をした。
「その後は式の最中、私があなたに触れている時とーー」
「式翌日、アディと握手を交わした時ですわね」
「そして目的地は違えど馬車に乗るためにエスコートしている時、か……」
アディの頭の中でも状況整理が出来たようで、「なるほど」と小さく呟いた。
「確かにこれは、あなたを守るためにも、戻る場所を作るためにも、私はあなたの側にいた方がいいですね」
アディの言葉に、思わずアディの顔を凝視した。アディはどこか楽しそうな顔で、わたくしを見ていた。
「さっき言っていたでしょう? 死の恐怖より、私と過ごした時間が失くなることが怖かったと。ならその時間を失くさないために、そしてシアを守るためにも、常にあなたの側にいようと思います」
一瞬、言葉の意味を理解できなかった。
そしてーーカァッと顔に熱が一気に集まった。
「わ、わたくしは別にそのようなことはっ、」
「大丈夫ですよ。私もこれ以上、あなたとの時間を失いたくないので」
楽しそうに笑いながら言うアディ。その胸を軽く叩いた。
「い、今のような言い方はよくありませんわ!」
「何が良くなかったですか?」
どこか楽しそうな表情で、アディは聞いてくる。
「ですから! わたくしは別に、そんなことは」
何が「そんなこと」なのか、自分でもわからない。だからか少しずつ視線も下がり、語尾が口籠っていった。そんなわたくしを見ていたアディが声を出して笑った。
もう一度、アディに目を向けると、彼はわたくしの頬に優しく手を添えた。
「私のシア。あなたは繰り返す時の中で、私がこんなにもあなたを可愛いと思っていることに気づいてましたか?」
少しだけ顔を赤くしつつも、アディは真っ直ぐわたくしを見て目を細めた。
「あなたは今の今まで、たった一人で懸命に頑張ってきたんです。だから今度は私が頑張る番でしょう? そのためにも、ずっとあなたの側にいなければいけない」
そう言うと、アディはわたくしの唇に、口を寄せようと、顔を近づけてきた。
シトリンの瞳が、いつもよりずっと近くで揺れていた。
思わず腰が引けたわたくしに、アディは驚いた顔をした。
しばらくの沈黙の後でーー
「……いけませんか?」
その声が、珍しく掠れていて。眉を下げ、それはそれは悲しそうな顔でアディはわたくしを見つめてきた。
「いけないも何も、こんな明るいうちから何なさるおつもりですか!」
アディの胸を押すけれど、びくりともしない。
「あなたにもしものことが起こってしまった時、そう時を置かずに私の元へ戻って来れるようにしないとじゃないですか」
「だからと言ってもですね、」
「もう二度と、あなたを死なせない。でも万が一そうなってしまった時に、あなたが一番安心できる状態で戻れたら良くないですか?」
そう言ってアディは、今度こそ口づけてきた。
ほんの数時間前まで、死にたくないと泣いていたはずなのに……。
今はアディの行動に、こんなにも胸が震えている。アディの存在が、あの恐怖を打ち消してくれる。
「……あなたに触れたわたくしのことも、わたくしに触れたあなたのことも全て失くなってしまうことが、何より辛いと思いました」
「もう決して、そんな思いさせません」
アディの少し高めの体温が、わたくしを包み込む。
安らぐ、と言うのかしら。落ち着く……、癒される、そういう感覚かもしれないわ。
そんなことを思いながら、ゆっくりと目を閉じた。……このまま、時が止まってしまえばいいのにと思ってしまったのは、内緒ですわ。




