31.敵対勢力
翌朝、アディと同じ部屋で目が覚めた。とても穏やかな朝だ。
「今日は先日の招待状の件で王太子殿下の元へ行かなければいけないので、公爵領の件については帰ってきてから話し合いましょう」
王宮へ向かう準備をしながら、アディは提案してきた。
「……いいえ。起こることがわかっているのですから、このままわたくし一人でもーー」
「絶対に駄目です」
その言葉にアディを見ると、珍しくムッとした顔でわたくしを見ていた。
「昨日言ったはずですよ。あなたは一人で抱え込みすぎです。私も同行します」
「ですが……」
「今日の王太子殿下との話し合い次第で、いつ向かうか決めましょう。今日は大人しく待っていてください。……ルミナ! ルミナはいないか?」
部屋の外に向け、アディが声を上げる。
その直後、外で控えていたのであろう、ルミナがやってきた。
「レティシアの体調が良くない。今日は絶対に屋敷から出さないように」
「アディ!」
「庭の散策はいかがしましょう?」
「そうだな……。護衛騎士をつけて短時間なら」
「かしこまりました」
名前を呼んで制止したにも関わらず、アディとルミナは話を続けた。
「別に体調など悪くないのに、アディは大袈裟だわ」
王宮へ向かったアディを見送った後で、独り言のようにぼやいた。
「レティシア様のことが心配なんですよ。お優しい方で、私も嬉しいです」
アディの言動に満足したらしいルミナは、すっかりアディの味方になってしまったようだ。
……繰り返しの時の中で、お祖父様もとてもアディに好印象を持っていたけれど。アディには人を懐柔する才能でもあるのかしら……。
ルミナから目を逸らし、小さく息を吐いた。
「でもそうなると、やらなければいけないことが滞ってしまうわ……」
「そのことなんですが……」
右手で額を抑え呟くと、ルミナが反応した。
「なぜ今回、急に公爵領へ向かうと仰ったんですか?」
ルミナの言葉に、思わず目を見開いた。ルミナからは右手が邪魔して、わたくしの表情は見えていないだろう。
アディとの時間のことを真っ先に考えてしまっていたけど……。ルミナたちの中からも、わたくしと過ごした時間は失くなるんですものね……。どうしてそのことを失念してしまっていたのかしら……。
公爵領へ向かう道中、そして領地へ着いてからのことは全て、なかったことになっているというのに。
……ならば、今わたくしにできることはーー
「ルミナ。あなたに話があります。ギルバートと、フェリックスも呼んで、わたくしの部屋に来てちょうだい」
「かしこまりました」
もう一度、公爵領でのことを話すところから始めなければいけない。わたくしが全幅の信頼を置いているルミナ。そしてギルバートとフェリックスはヴァルモン家にいた頃からわたくしを護衛し、公爵領に向かう人員の中にアディが入れてくれた騎士。
少なくとも、この三人には打ち明けておいた方がいいでしょう。
「レティシア様。お呼びでしょうか?」
「入ってちょうだい」
三人を部屋に入れ、頑なに座ろうとしない彼女たちに、とても話が長くなるからと、ソファに座らせた。
そしてわたくしがお父様から聞いたこと。恐らくそれに関連して、命が狙われていることなど、今公爵家に起こっていることを伝えた。
「そんなまさか……」
ルミナの顔色が悪い。口元に手を当て、驚きを隠せずにいる。ーーそれは繰り返しの時の中でも見せた、当然と思える反応だ。
「……あなた達は驚かないのね?」
ルミナとは対照的に、ギルバートもフェリックスも表情を変えずにいた。
そしてフェリックスが静かに答えた。
「……昨年の冬、お嬢様の護衛を増やすよう閣下に命じられた時に、理由を少しお聞きしていたので」
「そう。……お父様は、黒幕については何か言われていたかしら?」
「いいえ。まだ黒幕は不明ですが、家門の人間であるだろうとだけ……」
その言葉に視線を落とした。
お父様は、あえてそう伝えたのかしら……。それとも、その時は本当にわからなかったのかしら……。
「先日、第二王子殿下に耳打ちされました。『ローフォードに気をつけろ』と」
わたくしの一言に、三人とも息を飲んだ音が聞こえた。
「お兄様はああいう方です。あなた方には信頼性に欠けるかもしれないわ。でも決して、わたくしに嘘は吐かない方なのよ」
お兄様の言葉は、そのことかもしれないし、別のことかもしれない。だけれど、気をつけなければいけない何かがあるのは確かですわ……。
「レティシア様は、ローフォード侯爵様が怪しいと思っておられるのですか?」
ルミナが恐る恐るとでもいうかのように口を開いた。
「……今の段階では、怪しくないと断言できない、と言ったところかしら」
わたくしの言葉に、三人とも考え込むような仕草をした。
「もし仮に、本当に侯爵様が黒幕であられるなら、少しというか、かなり厄介ですね」
フェリックスが苦々しく口にした。それはなぜかを問おうとする前に、ギルバートが口を開いた。
「以前、侯爵様は公爵家の騎士団をまとめあげておいででした。それだけの実力者ということですしーー」
ギルバートが言い淀む。言葉を選んでいるかのように、瞳を彷徨わせていた。
「はっきり言っても大丈夫よ」
わたくしの一言に、ギルバートは一度頭を下げた。
「私は閣下が力不足とは思いません。ですが……未だ根強く侯爵様を支持している者が、公爵家内にいるのは確かです」
「……それは、お父様が王女の婚約者になるために後継者指名をされたからかしら?」
わたくしの言葉に、ギルバートは一瞬目を見開き、そして固く閉じ、力なく頷いた。
「当時の後継者候補の最有力ではなかったのは確かです。ですがその後の閣下の行動を見てきて、多くの者が閣下を支持しています。それはもちろん、私もフェリックスも同様です」
……でもあなた方は年齢的にも、叔父様の率いていた騎士団の在籍期間が短かったからではなくて? 在籍しているほとんどの時間を、お父様を団長として過ごしたからそうなのではないかしら……?
そもそも何度も命を狙われるなんて、お父様が公爵にならなければ起きなかったことかもしれないですし……。
そこでハッとした。
繰り返しの中で、公爵領の邸宅内で起きたあの事故は、執事も侍女も長年勤めている中での事故だったからなぜか不思議だったけれど。長年勤めているからこそ、お父様ではなく、叔父様を思って行動した人間がいたとしてもおかしくないのかも、しれない。
……そうであれば、長年のつきあいだからと言っても迂闊に信頼できませんわ。
などと口にできるわけもなく、ギルバートの言葉に、ただ静かに微笑みを返した。
その直後、室内にノックの音が響いた。
「失礼します」
アディが王宮から帰ってきたようだ。
「お出迎えもせず、申し訳ございません」
「いいえ。何か話をしていたんでしょう? 構わないですよ」
アディはルミナたちにチラッと目を向けそう告げた。
「殿下との話はすすみまして?」
「それが……殿下から少し気になる話を聞きました」
「気になる話、でございますか?」
アディはわたくしを一度見てから、ルミナ、フェリックス、ギルバートに目を向けた。
「すぐに公爵領へ向かう準備をしてくれ」
「かしこまりました」
ルミナたちが立ち上がり、足早に退室した。
「何があったんですの?」
わたくしの一言に、アディはわたくしの横に腰を下ろし、大きく一つ息を吐いた。
「どうやら私たちが思っている以上に、状況が悪いのかもしれません」
悲しんでいるのではなく……ひどく困惑した、それでいてどこか焦りのある顔で、アディはわたくしを見つめてきた。
その表情を見た瞬間、胸の奥が嫌な音を立てた。




