29.この方となら
「落ち着きましたか?」
アディの部屋に連れて来られたわたくしは、それからしばらくアディに寄りかかりながら止まらない涙を流していた。
涙が落ち着いた頃、アディが優しく声をかけてきた。
「……申し訳、ございません」
渡されたハンカチは、すっかり濡れていた。
……こんなに泣いたのは、いつ以来かしら。
「謝ってほしいわけじゃないですよ。……どうしたのか理由を聞いても?」
躊躇いがちに聞くアディに、一瞬、言葉が出て来なかった。
「……言いたくないのなら、」
「言っても、信じてもらえませんわ……」
アディの言葉を遮るように出た言葉は、思った以上に弱々しかった。
「言いたくないのではありません。……あなた様に信じてもらえないかもしれないことが、嫌なのです」
アディの肩に寄りかかりそう口にした。
そう。わたくしは、自分に起きた出来事をアディになら話してもいいと思っているわ。
だけれど、それを聞いたアディに信じてもらえず、頭がおかしいと、この優しいシトリンの瞳から拒絶されることが、何よりも嫌なのだわ……。
はっきりと言葉にしたことで、自分の中で改めてそのことを強く感じた。
「ねぇ、シア。聞いてください」
アディは肩に寄りかかるわたくしの手を握ってきた。それは優しく、でもとても力強く感じさせる温もりだった。
「私とあなたは、出会ってからそれほど時が経っていないですが、私はあなたのことを信じています。あなたが実は……そうですね、例えばエルフだったと言われても、信じますよ」
「……何を言ってるんですの」
アディの言葉に、小さく笑いながら答えた。
「おかしいでしょう? でもあなたの言葉を信じたいんですよ、私は。……だから一人で抱え込まず、話してみてください」
アディの左手はわたくしの肩を。右手はわたくしの手を力強く掴んでいた。
「……わたくし自身、どうしてなのか説明ができないことなのです」
「構いません。起こったこと、感じたことだけでも教えてください」
この方となら、この繰り返しの時を終わらせることができるかもしれない。この恐怖を、終わらせることができるかもしれない。
そう思い、大きく一つ息を吸い込んだ。
「……始まりは、あなた様との結婚式の控室でした」
ぽつりぽつりと、起こったことをただ淡々とアディに伝えた。
何度目かの死の話を口にした時、アディの手に力が込もったのがわかった。
「わたくしは、あなた様を騙しました。……わたくしの情報網などではなく、経験したことだったのです。騎士を目指していたことも、どの程度の剣術をお持ちかも、全て知っていたのです」
それはアディが覚えていない時の中で、アディ本人から教えてもらったことだとしても……。
今のアディは、教えたこと自体知らないのだから、騙したようなものですわ。
「……到底、信じられないでしょう?」
「そう、ですね……」
一言、肯定の言葉を口にしたアディに、身体が固くなる。
アディが何度か、息を吸っては吐いてを繰り返した。
「正直なところ、とても信じがたい話です」
しばらく黙っていたアディが、いつもよりもずっと慎重に、言葉一つ一つを考えながら話しているように感じた。
「到底、信じられません」
その言葉に、アディから顔を背けた。
アディの言うことは正しいわ。わたくしがアディの立場でも、きっと同じことを思うもの。
……でも……。
「でも、あなたのことは信じてます」
あなたにだけは、わかってほしかった。
そう思ったわたくしの耳に、アディの優しい声が響いた。
「この話は到底信じがたいですが、私が信じるあなたが言うなら、きっとそういうことが起こったんだと思います」
驚いてアディの顔を見返すと、いつもと変わらない、シトリンの瞳を細めてわたくしを見ていた。
「うちは商人の一族ですよ? こう見えて、人を見る目はあると思ってます。……少なくとも今あなたは、私に嘘をついているようには見えない」
いつにも増して、アディの声が優しく胸に広がっていく。
「それに私は騙されたとは思っていません。残念ながら覚えてはいませんが……、騎士を目指していたとか、私が自ら話したんでしょう? それはシアと分かり合いたいと思ってのことだと思いますよ」
再び涙が滲み始めた瞼に、アディが唇を落とした。
「むしろ私が謝らないといけないと思いました。……あなた一人に背負わせ過ぎていたんですね。もっとあなたが頼れる男になります」
そう言ってわたくしを抱き寄せるアディに、止まっていた涙が、溢れ出した。
「いいえ。いいえ、あなた様は、もう失くなってしまった時の中でも、わたくしを尊重してくださいました。いつでもアディは、わたくしを助けてくださったわ」
アディの背中に手を回し、縋るように抱き締めた。
「でもあなたに何度も怖い思いをさせてしまった。もう二度とそんな思いをさせたくない」
それまで以上に腕に力を込めるアディ。
……この方で良かった。アディとなら、きっともうあんな思いをしなくて済むわ。この方とならきっとーー
そう思い至ったわたくしは、涙が自然と止まるまで、アディの温かい腕の中にいた。
……この方となら、きっともう怖くないわ。




