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死に戻り公爵令嬢は、政略結婚の夫と運命を書き換える  作者: 猪口 零都


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27.気持ちのいい青年


 翌朝、公爵領へ向かうための馬車の前までアディが見送りに出てきた。


「護衛騎士をつけるとは言え、気をつけてくださいね」

「ええ。わかっておりますわ」

「……では、よろしく頼む」

「はっ!」


 馬車がゆっくりと動き出す。

 公爵領までは丸二日。調べ物をするから、おおよそ一週間くらいの予定だ。

 一週間。婚姻後、初めてそんなに長い時間をアディと離れて過ごすことになる。


「小伯爵様、お寂しそうでしたね」


 ルミナが、先ほどの馬車の外で手を振っていたアディの姿を思い出したのか、くすくすと笑いながら言う。


 ……アディは表情に出てしまうから、ルミナにすら何を考えているのかわかってしまうのだわ。やはりもう少し、教育をしなければいけませんわね。


「それで、今回はどうして急に公爵領へ向かおうと思われたんですか?」


 侍女も騎士も、主人が決めたことに異は唱えない。だからルミナも、今まで何も触れずに準備をしてくれていた。

 でも実際に向かうにあたり、自分のできることを把握しておきたかったのだろう。今回の目的を聞いてきた。


「……そう、ね。あなたにも、知っておいてもらっても良いのかもしれないわ」


 それはヴァルモンの闇とも言えることだとしても。ルミナほど信頼できる者はいないのだから、知ってもらっても何も損はないだろう。

 そう思い、ポツリ、ポツリとお父様から聞いた話をルミナに伝えた。


「そんなまさか……」


 ルミナは息を呑む。

 それはそうでしょう。自分が長年勤めていた家が、犯罪に手を染めていたという事実を知ったのだから。


「アディが同行する騎士をヴァルモンから迎え入れた騎士にしてくれたのも、彼らなら土地勘もあるし、些細なことでも何か思い出すかもしれないと思ってのことではないかしら」


 わたくしの言葉に、ルミナは両手を祈るように胸のあたりで組み、不安そうな顔でこちらに目を向けた。


「私は、式当日のことは公爵様の仰る通り、ヴァルモンと新興貴族が縁戚になることを嫌がる方の仕業だと思っておりました」


 式でのことや、初夜の件は、全て未遂で終わっているから……。恐らくそこまで「本気で狙って来ている」と言う危機感が、わたくし以外の方は薄いような気がしていた。

 でもあの後も、王宮内での事故もあり、犯人を特定できる可能性の高い出入りの厳しい場所ですら行動に移すほど本気なのだと、わたくしは知っている。


 ……そういえば、以前神殿に向かう時にーー


「……あの、偶然かもしれませんが……」


 わたくしが考え込んでいたら、ルミナが珍しく口籠もりながら話しかけてきた。


「今回、長旅になるため、馬車の点検ももちろんしたんです。そしたら、後ろの車輪が、外れかかっていたそうです」

「……車輪が?」

「はい。普段の点検では気づきにくく、そのまま走らせていたら途中で車輪が外れ、馬車が横転する可能性もあったと言っていました」


 ……繰り返しの時の中で、馬車事故もありましたわ。あの時は不運にも道の悪い場所で横転した可能性を考えたけれど……。そもそも車輪自体が外れやすく操作されていたと考えると、やはりあれも仕組まれたことですのね……。


「それはマルクスに出入りできた者、と言うことかしら」

「……この馬車は、レティシア様の婚姻の時に公爵家から贈られたものなので……。今の話を考えると、そうとも断言できません」


 わたくしのためにと、マルクスの家紋を入れて贈られた馬車に、最初から細工がされていたということですのね……。


 思わず頭を押さえ込んだわたくしに、ルミナが大丈夫かと声をかけてきた。その声に手を軽く振ることで答えた。


「お父様が言っていたわ。公爵家も物騒になったと。……大変でしょうが、領地ではあなたも気を抜かないようにしてちょうだい」

「わかりました」


 頭を下げるルミナを横目に、窓の外に目を向けた。

 お母様が愛した自然豊かな公爵領。あの地で、人身売買が行われていたなんて……。それがわたくしが繰り返しの時を生きる理由なのかしら……。

 その答えはまだ見えないけれど……。


 流れる景色が徐々に緑が増え、領地へと向かっているのだと感じさせた。


 そしてーー


「レティシア! よく来たね」

「お祖父様! お久しぶりでございます」


 ヴァルモン公爵領に到着。お祖父様が出迎えてくれた。


「式の時は挨拶も出来ずに済まなかった」

「いいえ。お越し下さっただけでも光栄ですわ」


 お祖父様に招かれるまま、久しぶりに領地の家に入った。


 ……ここは昔から変わらないわ。それとも……、そう見えているだけなのかしら。


「疲れただろう? 少し休んで、食事の時にでも話を聞かせてくれたら嬉しいんだが」

「そうしたいところですが、あまりゆっくりできるわけではありませんので、お祖父様さえ良ければこのままお茶でもご一緒にして頂けると嬉しいですわ」

「何? 久しぶりに来たのに、もう帰る心配をしているのか?」


 お祖父様の言葉に、少しの罪悪感が芽生えた。

 そこにルミナが、恐れながら、と口を挟む。ルミナはわたくしが小さい頃から公爵家にいたこと、そしてわたくしの全幅の信頼を得ていることから、ヴァルモンにおいてお祖父様に物怖じすることなく物を言える数少ない使用人の一人だ。


「レティシア様は新婚でいらっしゃるので、早く小伯爵様の元へ帰らなければなりません」

「ルミナ!」


 だからルミナに任せて大丈夫だろう、と思っていたら、ルミナがお祖父様に対してとても間の悪いことを口にした。

 でもお祖父様はそれもそうだと、応接室にわたくしを招き入れ、お茶の用意を命じた。


「……どうだ? レティシア。あの青年と上手くやれているか?」


 頷きながら言うお祖父様に、小さく一つ、咳払いをした。


「それなんですが、お祖父様はアディ……彼をご存知でしたの?」


 わたくしの言葉に一瞬、目を見開いたお祖父様。


「かなり以前だが、彼に助けてもらったんだよ」

「詳しくお伺いしても?」


 用意されたティーカップを口につけ、お祖父様は話し始める。


「以前、外遊をしていた時に、少し困ったことが起こったんだ。でも知り合いもおらず途方に暮れていたところを、彼が声をかけてくれたんだよ。……まだ15、6歳くらいだっただろうか?」


 アディがそのくらいの歳と言うことは、マルクス家が子爵から伯爵に陞爵したくらいの頃かしら?


「どこの誰ともわからない私に、彼はとても親切にしてくれてね。最後に金貨も渡してくれた。返ってこないかもしれないぞ、と私が言ったら彼は、『返してほしくて渡したわけではない。今このまま去ればずっと心に残りそうだから自分のために渡すんだ』とそう言った」

「アディらしいですわ……」


 お祖父様が何に困っていたのかはわからないけれど。それを助けようとしてくれたアディの行動は、なんだか見てきたようにわかる気がしますわ。


「実に真っ直ぐで気持ちの良い青年だと思ったよ。その後無事オルベルタに帰国し、彼のことを調べたら直ぐに正体がわかった。こういう青年が、うちの家門に入ってくれればと、そう思っていたが、お前は立場上、国のための結婚も視野に入れ身勝手に婚約者を作ることはできなかった。……だから今回のことは正直、渡りに船だと思ったんだ」


 王家の末の王女であったお母様は本来、国同士の結びつきを強めるため、他国に嫁ぐことが期待されていた。……でもお母様は、国同士の結びつきより、自らの心を選ばれた。だからお母様がわたくしを出産されたと言う話に、お母様の代わりに他国へ……という意見があったと言う噂を聞いたことがある。


「お祖父様の言い方ですと、領内で起こったことは陛下のお耳に入っていると捉えて良いのでしょうか?」


 お祖父様の言う通りわたくしが勝手に婚約者を作ることは、好まれていなかった。でもこうも早急に話が進み、「渡りに船」と言えると言うことは、陛下が早々に承諾されたと言うこと。


「あの方も、子を持つ親なのだよ。できることなら他国ではなく、近くに嫁がせたがっていた。条件に見合う青年もいることだし、早々に許可をもらえたんだ」


 お祖父様はそこまで言うと、わたくしの顔を見てきた。優しく、どこかお父様に似ている微笑みで。


「……レティシア。お前はお前の母によく似た、とても美しい女性に育った。私はきっと彼に、金貨以上のお返しができたんじゃないかと思っている」

「そうだと嬉しいですわ」


 久しぶりに口にする領地のお茶は、懐かしい味がして、優しい気持ちにさせてくれた。

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