24.ひと月ぶりの提案
公爵家を出た後も、お父様の話が頭の中を何度も駆け巡っていた。
「公爵領でのことですし、そちらに一度行った方がいいかもしれませんわね」
帰宅途中、馬車の中でアディと話し合った。
「うーん……。ですが、タイミングが良くないですよね」
「タイミング、ですか?」
「ええ。恐らく数日以内に王太子殿下からの呼び出しがあると思うんです」
「ああ……。そう言われると、そうですわね」
お父様との会話が衝撃的だったためか、王宮での陛下との会話をすっかり忘れていた。
「要はヴァルモンとマルクスに王太子殿下、そして未来の王太子妃殿下の擁立を任せたいと言うことでしょう? 第二王子殿下が噂通りの方だとして、いつ問題を起こされるかわからない以上、王室としては王太子殿下の婚約を急ぎたいと思うんです」
「そうですわね。早ければ早いに越したことはございませんわ」
「で、あれば、私が公爵領に今赴くことは難しいかと……」
アディの言うことはもっともですわ。陛下は平民街への病院建設を王太子、そして未来の王太子妃の手柄にして、貴族より先に民衆を味方につけようとされているはず。それにはただでさえ時間がかかるでしょうし、より早く進めた方が無難でしょう。
胸に手を当て、口を開く。
「ならばわたくしが一人で参りますわ」
アディは何とも言えない表情でわたくしを見てきた。
「それはそうなるんでしょうけど、本当にわかっていますか? 人を金で売り買いする人間ですよ? 今となっては過去のことかもしれないですが、それでもそんな奴らを調べるなんて、何が起こってもおかしくない。もしかしたらあなたがそういう目に合う可能性だってある。そんな場所に、本当に一人で行くつもりですか?」
アディの言う通り、現状わかっているのは人身売買が行われていたらしいという状況証拠のみですわ。関わったとされる領民はもういなくても、その領民を束ねていた者は必ずいるはず。その者はもう、公爵領にいないかもしれない。けれども、まだいるかも、しれなあ。
ーーつまりそれだけ、今なお危険度が高いと言うこと。
「ですがお父様も言っていたではないですか。そんな曰くつきの領地を、わたくしの子供に受け継がせるわけにはいきませんもの。早めに解決させた方が良いのではなくて?」
わたくしの言葉に、アディは一瞬目を見開き、左右に彷徨わせた。それから何度か息を吸っては吐いてを繰り返し、大きく息を吐き切った後、わたくしの方を見つめてきた。
「今のこんな状況で言うことじゃないとは重々承知しているのですが、話のついでに一つお伺いしてもいいですか?」
「ええ。どうぞ」
何をそんな回りくどいことを言っているのかしら……。
そう思いながら、アディの次の言葉を待った。アディは数回視線を右に左にと動かし、まるで言葉を探しているかのように見えた。
「あのですね……。もっとこう……、上手く切り出せれば良かったのかもしれませんが、私は父ほど口が達者ではなく、」
珍しくしどろもどろと口籠るアディ。その視線は未だ右に左に忙しなく動いている。
「ですから、私が何が言いたいのかというと、」
「何が言いたいのかというと?」
ギュッと目を瞑ったアディは、ゆっくり目を開けながら大きく一つ、息を吸い込んだ。
「あなたは、私たちの夫婦関係をどう思っておいでですか?」
「……えっ?」
突然の言葉に、思わず声が裏返ってしまった。
「ですから! ……式を挙げてからもうひと月以上経ってるわけですが、お互い未来の子供の話は出てますが、実際にそういう可能性は現段階でないわけじゃないですか」
「それは……」
今言うことですの……?
と言う言葉を飲み込んだ。だってアディの顔が、あまりにも赤くなっているんですもの。
「私は、あなたと結婚したことに後悔はしていません。むしろあなたで良かったとすら思ってます。だからいつか、あなたとの子供ができればとも思いますが、そもそも初夜のあの事件のせいで私たちは夫婦というより、ただの同居人じゃないですか」
「それはまぁ……、わたくしもそう思っておりましたけど」
「そうでしょう? 別にあなたとの今の関係が嫌と言っているわけじゃないんです。むしろあなたは家でも良くやってくれてますし、私はとても居心地がいいです。でもこのままこの話を出さなければ、永遠に子供の顔を見る機会はなく、それが日常になりそうじゃないですか」
どこか早口に、いつもよりも口数も多く、捲し立てるように言うアディ。それでもその言葉は、わたくしも思っていたことで。何より繰り返しの時の中で、二ヶ月以上ただの居候のような状況をすでに経験していますもの。あの時は忙しかったとはいえ、繰り返された今も、どちらかがこの話題に触れなければ少なくとも後一ヶ月は何もないまま過ごすことになったでしょう。
「あ! でも別に無理強いしようとかではないですからね!? ……お義父さんの話から、やっぱりあなたは本意ではない結婚だったと知りましたし……。こういうことには心の準備が必要かと思いますし」
アディは弱くなる語尾と共に、再び視線を彷徨わせた。
「ただ私にはその意思があるということを知って頂ければと、」
……本当にこの方は、表情が良く変わって楽しいかたですわ。
「わたくし、三日後に公爵領へ向かおうと思います」
「え? ああ、はい」
「そこで何が起こるのか予測できません。行くにあたりそれなりの覚悟が必要かと思います」
「そうですね」
「ですので」
わざとらしく、咳払いを一つした。
「その前に同衾できれば幸いですわ」
いつものように笑うわたくしに、アディの動きが一瞬止まる。直後、カァッと顔の赤みが増した。
アディはわざとらしく、一つ咳払いをした。
「あなたは本当に表情が変わりませんね」
「あら、お褒め頂き嬉しいですわ」
「恥ずかしいと思ってるのは私だけですか?」
「そんなことございません。わたくしもとても気恥ずかしいです」
わたくしの言葉に、アディは小さく息を吐いた。そして穏やかに、シトリンの瞳を細めて微笑んだ。
その笑顔に、わたくしも心からの笑顔を向けた。




