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死に戻り公爵令嬢は、政略結婚の夫と運命を書き換える  作者: 猪口 零都


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23/31

23.公爵家の闇


「随分と急に来るんだな」

「ご迷惑でしたか?」

「いいや。ここは君の家だ。いつでも帰ってきなさい」


 王宮のほど近くに、ヴァルモン家のタウンハウスがある。今の時期はお父様もこちらにいらっしゃると思い、迷わずここへやってきた。


「アドリアン君も、式以来だね。派遣した騎士とは上手くやっていると聞いたよ」

「その節はありがとうございました。お陰でレティシアに安全な場所で暮らしてもらえます」


 アディは武芸の方が秀でていると陛下に言っていたけれど。こう言う社交辞令をさらりと言う事ができる時点で、やはりあのお義父様の血を継いでいるのだと思うわ。


「それで? いきなりどうしたんだい?」


 お父様に通されたのはお客様がきた時に利用する応接室で。


 ああ、わたくしはもう、この家の客人なのですわ……。


 そんな感傷に浸ってしまった。


「お父様のお耳に入れておきたい事と、それから……お父様にお聞きしたい事がございます」


 そこから式場での毒殺未遂、初夜での暗殺未遂と放火未遂についてーーもう報告は上がっているでしょうが、改めて自分の口から話した。


「あと、これは以前の話ですが、王宮で少し……怖い思いをしましたわ」

「怖い思い?」

「……王宮内では、身分が不確かなものはおりません。それも王妃陛下の宮であるなら、上位貴族もしくはその侍女しか出入りできないかと」

「そうだな」

「わたくしが怖い思いをした直前にすれ違ったのは、叔母様の侍女でしたわ」


 お父様が、ピクリと体を震わせたのがわかった。


「お父様。これは偶然でしょうか?」


 わたくしの言葉に、お父様は右手で顔を覆い、深い深い、息を吐いた。右手が少し下に動き、お父様の口元を覆った。眉間に深く、皺が刻まれている。


 ……お父様は、こんなに皺の多い方だったかしら。


 記憶の中の父は、王女だった母が一目惚れをしただけあり、若々しく容姿が整っていた。でも今はとてもーー苦しそうとも思える表情をされている。


「ちょうど二人で来ている、いい機会だ」


 ポツリとお父様が声を漏らす。その眉間には、深く皺が刻まれている。


「君たちはこの結婚をどういう風に捉えている?」


 どこか悲しげな顔をしながら、お父様はわたくしとアディを見てきた。

 お父様の言動に、思わずアディと顔を見合わせた。


「……わたくしはヴァルモン家が経済的困窮に陥らないための結婚だと伺いましたが」

「私も似たようなところです」


 わたくしの言葉に、アディは頷きながら答えた。


「おかしいとは思わなかったか? 由緒あるヴァルモン家が“経済的困窮“など」

「それはまぁ……。ですが昨年の水害で公爵領の被害は甚大だったと聞いているので、そういうものかと思っていたのですが」


 アディは語尾を弱めながら言う。昨年の大雨で領内の川が氾濫し、領民だけでなく農作物にも被害を受けた。その時の影響で、早急にこの結婚が決まったのだとわたくしも思っていた。


「いくら甚大だとはいえ、たった一度の災害で家が傾くほど弱くはない。あれは水害だけじゃなく……」


 お父様はそこまで言うと、もう一度深いため息を吐いた。そして次の言葉を探すように、瞳を彷徨わせた。


「こんな身内の恥を、本来言いたくはないのだが、君ももう身内の一人だし、何よりこのまま黙っていることは、レティシアが納得しないだろう」


 困ったように力無く笑うお父様を、何とも言えない気持ちで見ていた。


「公爵領は長年、法を犯す犯罪に手を染めていた。それは私が爵位を継ぐ前からの話で、あの水害がなければ気づかなかったことだ」

「具体的にお聞きしても?」

「……人身売買だ」


 アディが息を呑む音が耳を掠めた。頭の中が真っ白になった。


 ……人身売買、ですって? あの自然豊かな公爵領で?


「公爵領の一角でそれは行われていた。実に巧妙に隠されていたよ。あれは領民だけの仕業じゃない」

「なら……」

「だが証拠がない。何一つな。関わっていたと思われる者は全て殺された」 


 そこまで言うとお父様は一度、困ったような顔をした。


「君は覚えていないだろうが、君が生まれてしばらくして、私は高熱が出て何週間も寝込んだことがあったんだ」

「初めて聞きますわ」

「そうだろうね。その時の後遺症で、私は子どもを作れなくなったんだよ」


 目の端でアディの体がぴくりと動いたのが見えた。

 わたくしも思わず口元を隠すように右手が顔に触れた。その指先がひんやりと冷たくなっていくのがわかった。


「私たちにはもう君がいるし、必要はなかったけれど、他に子を作れないということは、レティシア。いずれ君の子が、公爵位を継ぐことになる」

「お父様……」


 呼ぶ声が、とても力なかったのが自分でもわかっと。


「黒幕がわからない以上……君やその子供にそんな曰くつきの領地をやるわけにはいかないだろう? だから公爵領とは無縁の場所に嫁がせることを考えてた」

「それがマルクス家ですか?」


 お父様は首を振った。


「いいや。私が考えていたのは別の家門だ。君の家にしたのは私の父ーー先代公爵が君を推したからだよ」

「お祖父様と面識があったんですの?」

「いえ……、そんなことはないと思います。先代とはいえ、公爵閣下と面識があれば覚えているはずですが記憶にないので」

「会っているはずだ。……君が覚えていなくとも、君に直接世話になったと聞いている。父のことだ。恐らく身分は伏せて君と面識を持ったんだろう。そこで気に入られたから、君に白羽の矢が立ったと言うわけだ」


 お祖父様がこの結婚を推し進めた理由を、こういう形で知ることになるとは思いもしませんでしたわ……。


「人身売買を……奴隷にすべく人を隔離幽閉していた場所が発覚してから、公爵家も少し物騒になってね。早くレティシアをこの家から安全なところに出したかったんだ」

「……そういえば、去年の冬あたりから騎士の数が増えましたわね」

「エレオノーラと約束したからね。何があっても君を守ると」


 お父様は目を細めわたくしを見ていた。


 ……あのお顔は知っているわ。お母様を思っている時のお顔だわ。


「事前に話さなかったのは、公爵家から離れれば安全であろうと言う……私と先代の淡い期待があったから、かな」

「でも我が家も安全ではなかった……」

「こう言っては何だが、うちと君の家門が姻戚関係になることをよく思わない古い考えの人間が多くてね。式当日のことはレティシアより、君に対して悪巧みをしているんだと思ったんだが……」

「王宮での“怖い思い“が、違う可能性を導き出したんですわね……」


 お父様は黙って頷いた。


 証拠も何もなく、まだ黒幕はわからないけれど……。疑うにはあまりある、ということですわね。

 第二王子殿下は、道楽、放蕩王子ですけど、遊んでいらっしゃるだけあり、夜の世界、裏の世界の話には昔から長けていたわ。だからわたくしにはっきりと忠告してきたのね……。


「これからどうするおつもりですか?」


 アディがお父様を見つめながら問うた。


「そのまま逃げきらせるわけにはいかないだろう。なんとしても証拠を見つけようと躍起になっているところだ」

「ならば数は多い方がいいですわ。わたくしにできることをさせてくださいませ」

「シア!」


 わたくしの言葉に、アディが声を上げた。


「あなたは状況がわかっているんですか? 式当日のあれは嫌がらせでも何でもなく、間違いなく本気で狙ってきたと言うことですよ? それもあなたを。そんな危険なことに、自ら首を突っ込まないでください」

「ですがこれは早急に解決させなければならない問題でしょう? お父様とお祖父様だけでは解決できなかったのであれば、わたくしたちが力を貸して当たり前ですわ」

「いや、そうかもしれないですが、……“わたくしたち“?」


 わたくしの言葉に、アディは片眉を上げた。


「嫌ですわ。流石にわたくしも一人でどうこうなんて致しません。……アディも手を貸してくださるんでしょう?」

「……」


 にっこりと笑ったわたくしに、アディは口を何度か開け閉めした後、きゅっと強く結んだ。


「妻の尻には敷かれた方がいい。これは我が家の家訓だ」

「……それは我が家の家訓にもなりそうですね……」


 笑うお父様に、アディはため息を吐きながらも、苦笑いした。


 ……この優しい時間を、なかったことにはしたくない。そのためにも、どこのどなたがわたくしを狙っているのかはっきりさせなくてはいけない。


 笑い合う父と夫に目をやりつつ、拳に力を入れ決意を固めた。

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