22.放蕩王子からの警告
「おや? 珍しい人がいるね」
「……第二王子殿下にご挨拶申し上げます」
王宮の庭園を離れ、家路に……と言うところで後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、オルベルタの第二王子ーーわたくしのもう一人の従兄弟が立っていた。
「君が噂の婿殿か」
「マルクス伯爵家のアドリアンが第二王子殿下にご挨拶申し上げます。以後お見知り置きを」
「うちのティーシャの婿になるなんて、王国一の変わり者だ」
「お兄様だけには言われたくないですわ」
しかも「うちのティーシャ」ですって? あなた様のお家に入った覚えはございませんし、そもそもティーシャだなんて、幼少の頃の名前をあえて使ってくるなんて。
「ほらな。黙って笑っていれば王国でも一、二と言われる容姿だけど、腹黒さは僕たちと同じ血が流れるだけある」
陛下がわたくしたちに頼み事をしてでも、王太子の地位を守ろうとする最大の原因。
先の王太子ーーわたくしのお母様のお兄様は、不慮の事故で亡くなられた。当時の王太子にはすでにお子様が二人。一人は誰からも「聖君になられる」と慕われている第一王子。そしてもう一人が目の前のこの方。
「こんなところでわたくし共と話している時間がおありだなんて、お兄様こそ珍しいですわね」
「ああ、そうだった! これからレディと食事の約束があるんだよ」
無類の女好き、賭け事好きの道楽第二王子。王族としてこの上なく不適合な方ですわ。
陛下が頼む理由もわかりますわ。もし第二王子に継承権が渡り、この方の治世になってしまったら、王宮の風紀は乱れきるでしょうし、国を巻き込んだ賭けをしかねない方ですもの……。
「君も今度一緒にどうだい? 最近、可愛い子が多くて僕一人じゃ大変でね」
「わたくしの夫におかしな誘いをしないでくださいまし」
「そう? じゃあそっちじゃなくて、今度ポーカーでもしようか?」
「どちらもお断り致しますわ」
アディを堕落の道に誘おうとするお兄様に、いつもより低い声で返答した。
「君も大変だな。こんな束縛ばかりされていたら息が詰まってしまうだろう?」
「お兄様、いい加減にーー」
「いいえ。彼女のこれは私に対する可愛いお願いだと思ってます」
アディの一言に、お兄様は一瞬目を見開いた。
直後ーー
「ははっ! ねぇ、ティーシャ。君にそんな顔をさせる男がいるなんて思わなかったよ」
お兄様は愉快そうに声をあげて笑った。
ここに鏡はないから、お兄様の言う「そんな顔」がどう言う顔かは正確にはわからないけれど……。自分の顔が、いつもよりも熱く感じるのは確かだ。
「遅くなってしまったけど、結婚おめでとう。君たちの幸せのお裾分けをしてもらえるように、少し抱きしめていいかな?」
お兄様がアディに目をやる。アディは無言で一つ、頷いた。それに心を良くしたのか、お兄様は笑顔でわたくしをそっと抱きしめた。
そしてーー
「……ローフォードに気をつけろ」
わたくしにだけ聞こえるよう、耳元でポツリとそう呟いた。
腕の力を緩められたことで、お兄様の顔を覗き込むように見上げるけれど……。
「じゃあ僕はもう行くよ。うちのティーシャをよろしくね、ええーっと……マルクス卿」
「はっ」
お兄様はいつもの笑顔で去っていった。
……どう言うことですの? ローフォードは、叔父様のーーお父様の二番目のお兄様の家門。それに気をつけろですって?
繰り返しの時の中で、王妃陛下の宮で見た見慣れた侍女は、叔母様のーーローフォードの侍女、ですわね。
直後、あの時の衝撃を思い出し、無意識に腕を擦った。
……いくら何でも飛躍しすぎよね。でもーー
「シア? どうかしましたか?」
ああも奔放な方でも、わたくしがお兄様を嫌いになれない理由。それはお兄様は、口では意地悪なことを言っても、わたくしには優しく嘘を吐かない方だから。
「少し、調べることを思い出しましたの」
「調べること?」
「ええ。……せっかくですので、アディも一緒に行きませんこと? ヴァルモン家に」
それはつまり、お兄様の全くの出まかせと切り捨てることなどできないということで……。
ならば、一番現状を知っていそうなお父様のところに行くしかありませんわ。
馬車に乗り込む前にヴァルモン家に知らせを出し、アディと共に久しぶりにわたくしの実家に向かうことにした。




