21.国王からの言葉
「オルベルタの太陽、国王陛下にご挨拶申し上げます」
「来たか。さぁ、こっちに座りなさい」
叔母様の侍女の顔が頭から離れないまま、中庭に出た。少し歩いた先にある東屋で、国王陛下はお一人で座っていた。アディと共に挨拶をした後、陛下に促されるまま腰を下ろした。
ちらり、と横目でアディを見る。
明らかに緊張しておりますわね……。まぁ、マルクス家からしてみたら、こうして陛下とお茶を共にするなどなかったと思いますし、仕方ありませんわね。
誰の目で見ても、アディは顔が強張っていて、こちらにまで緊張が伝わってくる。
思わず小さく咳払いをした。
「陛下。改めて紹介させて頂きますわ」
そう言いながらアディを「わたくしの夫」として陛下へと紹介した。
その直後、陛下に向け少し小声で話しかけた。
「少し緊張しているようですわ。申し訳ございません」
「あ、当たり前ですよ。私のような者が国王陛下と同席できるなんて、」
「嫌ですわ。あなた様は今はわたくしの夫なのですから、慣れて頂かなければ」
「そうかもしれませんが、挨拶だけのつもりがまさか同席なんて」
「ははっ!」
わたくしとアディが話していると、陛下が声を上げた。
二人同時にそちらを向くと、陛下はーーお祖父様は、ひどく優しい瞳をしていた。
「ああ、すまん。少しばかり心配していたものだから、なに、安心したら声が出てしまった」
陛下の言葉に、わたくしとアディは顔を見合わせ、そしてお互いどこかバツの悪い顔で笑った。
「それで? 手紙に書いてあったことだがーー」
少し和んだところで、陛下が切り出してくださった。
それを皮切りに、手紙にも記した内容ではあるけれど、改めて平民街の現状から貧民層向けの病院建設について話していった。
「言いたいことはわかった」
長年陛下と接してきたとはいえ、それは祖父と孫としてのこと。この手の政の話をしたことはなかった。
それでも陛下なら良い返事を聞かせてくださると、慢心していたのかもしれない。実際は思っていたよりずっと、陛下の反応が鈍かった。
「陛下。これは王国の未来に繋がるーー」
「ああ、いい、いい。そういうことは言わずともわかる」
陛下は目の前のティーカップに手を伸ばした。
……明らかに渋っておられるわ。承諾までいかずとも、せめて検討の確約を取り付けなければ、うやむやにされてしまいますわ。
逡巡していたその時。
「お前の願いを聞いたら、私の頼みを聞いてくれるか?」
ティーカップを元の位置に戻しながら、陛下が言ってきた。
「わたくしたちで叶えらることであれば、もちろんですわ」
わたくしの言葉に、アディも頷いた。
陛下は目を細め、わたくしたちに交互に目をやった後、ゆっくりと口を開いた。
「その提案は、王太子主導で進めさせてくれないか」
その言葉にハッと息を呑んだ。
王太子殿下は幼い頃からお兄様と慕ってきた、わたくしの従兄弟。
「もしやあの噂、本当なんですの?」
わたくしの言葉に、陛下は深くため息を吐いた。それは無言の肯定。
わたくしたちの結婚前から社交界であった王太子にまつわる噂話。
中央貴族、それも伯爵家以上の者との婚約が暗黙の了解になっている王位継承者において、地方の子爵令嬢と恋仲になっているという。まことしやかに囁かれていた、噂話。本来なら破談にさせるか、よくて王太子の愛人にされるであろう身分の方。でも王太子は、継承権を放棄してでも、その方以外とは婚約しないとまで仰った、との噂があった。
「畏れながら発言をしてもよろしいでしょうか?」
なんの後ろ盾もない地方の、それも子爵令嬢を王室に迎え入れる訳にはいかない。国のため……何より王太子殿下のためにも、令嬢自身のためにも。
理性的で感情で動くことがない殿下に、本当にそこまで言わしめた方が存在するだなんて未だ信じられませんわ……。
そう思い言葉が出てこなかったわたくしに代わり、アディが陛下に向けて声を上げた。
陛下が頷いたことで、アディは口を開く。
「今の陛下のお言葉は、マルクス家に王太子殿下の支持基盤に下るよう聞こえたのですが」
「歯に衣着せぬ物言いをするな」
「申し訳ございません。私は父と違い、武芸の方が秀でているもので」
「まぁ、良い。それで? 王太子の支持基盤になることが嫌と言うことか?」
陛下の目が鋭くなる。場が悪くなる前に止めなければと、口を開きかけた時、アディが軽く手をあげ私を静止した。
「そうではありません。陛下の懸念が、もし私が思っていることであるなら、王太子殿下の支持基盤になる以前に、例の家門の力もある程度高めた方がいいのではないかと思うのです」
「つまり何だと言う?」
「……今回の件を、殿下主導でされるのは絶対として、マルクスだけではなく、その家門も加えた方がよろしいのではないかと」
アディの言葉に、陛下とわたくしは同時に目を見開いた。
それはつまり、王太子殿下だけでなく、かの令嬢側にも恩を売るということ。
「かの方がどういう家の者かご存知なんですの?」
わたくしの言葉に、いたずらっ子のような表情でアディは微笑んだ。
「うちの商団は、王国内なら満遍なく流通しているんですよ。それに伴い、あらゆる話が入ってくるんです」
「それは恐ろしいな」
「妻の情報網には負けます」
陛下とアディは、いつの間にか打ち解けたかのように笑い合っていた。
……アディはやっぱり、あのお義父様の息子だわ。自分に、そして家門に利益の出る行動をいとも容易く取るのですもの。先ほどまで見るからに緊張していたから心配したというのに。わたくしが心配していたのは、いったい何だったのかしら。
「ではこの件は小伯爵の提案通りに進めていくとしよう」
「ありがたき幸せです」
「……何か言いたそうだな」
最後に陛下がわたくしを見ながら、眉を下げて尋ねてきた。
「いえ……。陛下がそのようにお決めになったのであれば、わたくしが申し上げることはございませんわ」
陛下はそっと、わたくしの肩に手を乗せた。
「……事が上手く運べば、お前に甥か姪ができるかもしれない。その時はあの子にうんと恩着せがましく言ってやれ」
「まぁ、重大な役割ですわね」
「では小伯爵。後を頼む」
「はっ」
アディは深く頭を下げたまま、しばらく動かなかった。
席を立った陛下を、アディと二人深々と頭を下げて見送った。




