20.再び石段へ
「もしかして怒っているんですか?」
アディと共に国王陛下に挨拶に向かおうと、王妃陛下の部屋を後にした。静かに目的地を目指すわたくしに、隣を歩くアディが尋ねてきた。
「怒ってなどおりません」
「私は外で喋らない方がいいですかね?」
「ですから、わたくしは怒ってなどおりません」
そう。怒っているのではなく、王妃陛下ーーお祖母様の前で恥ずかしい思いをした、その気持ちを立て直しているだけ。
「事実を言っただけなんですが……」
「だからと言ってあのような言い方をされたらまるで、わたくしがあなた様と離れたくないみたいに聞こえるではないですか」
「え?」
わたくしの言葉に、アディは驚いた顔を向けた。
「『え』とはなんですか」
アディの顔に、少し眉をひそめながらも口にした。
「あ、いや……。私は言葉通り、あなたが私と離れたくないんだと思っていたんですが、そうでないなら、逆にあの言葉をどういう意味で受け止めればいいんですか?」
本当に困惑した顔でわたくしを見てくるアディの言葉に目を見開いた。
あの時は、繰り返し直後で取り乱していたからですわ。
……などと、言えるわけもなく。
「あ、あれは、そういう意味ではありませんわ。そういうつもりで言ったのではありません。あれはそういう意味ではなく、ただ……なんというか……」
慌てて否定したものの、説明のしようがないわたくしの語尾は徐々に小さくなっていった。
「ははっ!」
語尾が消えると同時に、目線も徐々に下に落ちていった。
そのわたくしの耳に、アディの笑い声が響いた。驚いて顔を上げると、アディは口元を手で隠し、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
「あなたのそんな慌てる姿が見れるなんて思っていなかったので」
口元こそわからないけれど、目はおかしそうに細められていた。
「あ、慌ててなどいません」
思わずアディから顔を背けたわたくしの頭に、アディはその大きな手を乗せた。
「怒ったなら許してください。ただあなたが思っていたよりずっと可愛らしいと知れて嬉しくなっただけです」
顔に熱が集まったのがわかる。その熱は少しずつ全身に広がっていく。
これはきっと、アディの手が温かいせいですわ。
「そんなことより、早く国王陛下の下へ向かいますわよ」
「ええ、シア。喜んでついて行きます」
まだどこか楽しそうな声色のアディを連れて、石階段へとやってきた。
……繰り返しの時に、わたくしが転げ落ちた場所ですわ。
あの瞬間の衝撃を、まだ身体が覚えている気がして、少しだけ身震いした。
そして息を大きく1つ、吸い込んだ。
「……もしかして」
「はい?」
「この階段で転んだ経験でもおありですか?」
不意に耳に響いたアディの言葉に、思わず彼を見上げた。
「手に力が入ったようなので緊張しているのかと……」
アディの腕を取りエスコートされていたため、わたくしの緊張が伝わってしまったようだ。
「……以前、ここで足を踏み外したような夢を見たことがありまして」
「本当ですか? なるほど、だから私に側にいてほしいと……」
アディが納得したとでも言うかのように、頷きながら答えた。そして彼は、確かめるようにわたくしを振り返りながら1段ずつ階段を降り始めた。
ドレスの裾を少し持ち上げ、彼に支えられながら石段を降りきった時、安堵の息が漏れた。振り返り石段の上に目を向けた。
……繰り返しの時の中で見た叔母様の侍女は、今は見当たらないですわね。やはりあの時……。
危なげなく無事降りきれたことへの安堵と、消えない疑惑が胸を覆う。
「……あなたは、ここの階段が苦手なんですか? それとも石段が苦手なんですか?」
考えを巡らせていたわたくしに、アディが優しく問いかけてきた。
「もし石段が苦手なら、うちの庭の設計を見直さなければと思って」
……この方は、本当にわたくしを尊重してくれているわ。なぜわたくしが繰り返しの時を生きるのかわからないけれど……。きっとこの方となら、いつか繰り返すことのない時を歩んで行けるのではないかしら。
「あまり高くなければ大丈夫ですわ」
「うちの庭くらいの段差は平気ですか?」
「ええ。むしろあの庭は、あの階段があるからこそ活きるのではなくて? 無くされては悲しいですわ」
「なるほど」
がっしりとしたアディの腕に手を添え、国王陛下の待つ中庭へ歩き出した。




