19.祖母は安心したようだけど
アディと共に王宮へ向かう途中、頭の中で状況を整理することにした。
今もまだ、痛みが残っているような気がする、先ほどのあの衝撃は、間違いなくどなたかに突き落とされた結果ですわ。
繰り返しの時で起こったことと同様に、仮に侍女だとしても、王妃陛下に仕えることのできる、それなりの身分の方のはずですわ。
そして何より、「王妃陛下の宮」という場所である以上、ある程度身元が保証されている方、それもほぼ女性しか立ち入れない。
……そう言えば、石階段に向かう途中、顔見知りの侍女に会いましたわね。
あれは叔父様の妻、つまりわたくしにとって叔母様にあたる方の侍女。
叔母様の実家は、王妃陛下が目をかけている商団を運営している。なんの不自然もなく、王妃陛下の宮に出入りできる立場、ではある。
……まさかそんな、いくらなんでも飛躍しすぎだわ。けれど……。叔父様だけでなく、叔母様もこの結婚をよく思っていらっしゃらないのは、式に不参加だった時点で明白だったじゃない。叔母様がというより……叔父様たちローフォード侯爵家から、良くない感情を抱かれている可能性も捨てきれないわ。
未だ指先が、微かに震えていた。
「どうかしたんですか?」
思わず頭を横に振ったわたくしに、向かいに座るアディが声をかけてきた。
「……陛下にどうお話するのが良いか、考えていたんです」
……咄嗟に出た言葉にしては、悪くない誤魔化しですわ。
「そうだ。あなたにこれを」
そう言いながら、アディがポケットから紙包みを一つ取り出した。
「これは……」
「ルミナから、あなたは意識を集中させる時にキャンディを口にするようだと聞いたので、いつか必要になるかもと忍ばせていたんです」
わたくしがいつも持ち歩いているいちごのキャンディとは違う紙包み。色からして、レモンか何かかしら。
「お役に立てましたか?」
「……はい、とても」
本当はいちごのキャンディが良いのだけど、という言葉を飲み込み、代わりに口の中にキャンディを放った。いつもの甘さとは違うけれど、レモン味が爽やかさを連れてきてくれる。いつものようにコロコロと口の中で転がしたことで、どこか心が落ち着いてきたのがわかる。
ようやく、ふぅ、と一つ息を吐くことができた。隣のアディも、一つキャンディを口に含むのが見えた。
「……緊張しますね」
まもなく王妃陛下の宮に着くという時、どこかレモンの空気を漂わせながら、アディが小さな声で漏らした。
「殿方は滅多に来られるような場所ではありませんものね」
「それもですが……、本当に私なんかが王妃陛下のお茶会に挨拶をしに行ってもいいものかと思うと……」
右手で頬を掻きながら、眉を下げるアディの背を軽く叩いた。
「しっかりしてくださいまし。あなた様はマルクス伯爵家の後継者なのですから」
「……ですね。あなたに迷惑かけないように致します」
アディは1つ息を吐き、前を見据えた。
そしてーー
「レティシア・アウローラ・マルクスがオルベルタの月、王妃陛下にご挨拶申し上げます」
二人並んで、王妃陛下の御前に立つ。
「まぁ! マルクス小伯爵も連れてきてくれたのね」
「オルベルタの月、王妃陛下にご挨拶申し上げます」
アディも陛下に挨拶をする。
「せっかくですので陛下に紹介させて頂こうと思い、エスコートしてもらいましたの」
「嬉しいわ。私も会いたいと思っていたのよ」
穏やかに話す王妃陛下は、王妃という立場より、わたくしのお祖母様という気がした。
その王妃陛下の隣には、繰り返しの時で見てきたように数人のご夫人が座っている。
……わたくしを突き落とした犯人はわからないけれど、少なくともわたくしの退室時にこの部屋にいた、この方たちではないことは確かですわね。最もこの方たちが、どなたかを使った可能性もあるけれど。
「畏れながら、父より両陛下への献上品を預かっております」
侍女に目配せをし、陛下の前に贈り物を差し出した。
宝石箱を開けた陛下は、目を細めながら「新緑の雫ですね」と口にした。
「さすがマルクス家ですわ。陛下の関心をお金で買おうとされるなんて、わたくし共には考えつきもしませんもの」
と、隣にいた婦人が横目でアディを見やりながら言った。何かを言おうと口を開きかけた瞬間ーー
「畏れ多くも、私如きが陛下の関心を頂けるなど夢にも思っておりません」
アディはにこやかに答える。
「ですがこれしきのことで、陛下の関心を頂けると仰っしゃるのであれば、いくらでも献上致します」
「ふふっ」
アディの言葉に、王妃陛下が笑い声を上げた。
「私の方が結婚のお祝いをしなければいけないのに、なんだか悪いわね」
「とんでもございません。陛下がそれを身につけてくださることが、何よりの喜びです」
「まぁ……」
アディの言葉に、王妃陛下は嬉しそうに微笑んだ。
「あなたたちの結婚は本当に突然聞かされたので心配していたけれど、ここまで一緒に来るくらいは仲良くしているようで安心したわ」
何気ない陛下の言葉に答えたのはアディだった。
「ご婦人ばかりの集まりに挨拶だけとは言えお邪魔してしまい申し訳ありません。ですが妻にどうしても側にいてほしいと頼まれたので同行させて頂きました」
「まぁ!」
アディの言葉に目を見開き、顔を見上げた。
「以前あまり甘えてくれないとあなたのお母様が嘆いていたけれど、そう……自分の夫には甘えているのね」
「ちっ、違いますわ!」
思わず出た否定の言葉は、裏返った声で部屋に響いた。
「噂では政略結婚と聞きましたが、恋愛結婚されたのですね」
「ならばもう少し余裕を持って聞かせてくれれば、お祝いもそれなりに準備できたものを……」
「お祖母様! ライオネル夫人も違いますわ、わたくしはそう言う意味で言ったのではなく、」
はしたなくも慌てて否定するわたくしを、お祖母様はじっと見つめてきた。
そして目を細め、アディに顔を向けた。
「幼い頃、王太子たちと共に学ばせたからか、感情を隠すことに慣れてしまった子だけれど、根はとても優しく寂しがりやなのよ。よく見てあげてちょうだいね」
「胸に刻ませて頂きます」
その言葉に、アディは胸に手を当て、深々と頭を下げた。
その彼の姿を、気恥ずかしいような気持ちで見つめた。




