18.狙われているのは
「よく来てくれたわ」
「レティシア・アウローラ・マルクスがオルベルタの月、王妃陛下にご挨拶申し上げます」
今日のお茶会の会場、王妃陛下の待つ部屋に着き、まず陛下へ挨拶をした。
「ふふ。そうね、あなたはもう、マルクスなのね」
王妃陛下は柔らかい声でそう仰る。
……王妃陛下主催のお茶会と言うから、もう少し人数が多いかと思いましたが、本当にーー陛下の腹心と呼ばれる方のみですのね。
「今日は一人で来たの?」
「はい。陛下主催のお茶会ですので、わたくしだけ参りました」
「確かにこのお茶会に殿方は参加できないけれど。でもどうせなら、あなたのご主人にも会ってみたかったわ」
それはつまり、次回はアディのエスコートで、ということ。
……アディをいきなり王宮になんて、事前準備が必要じゃないかしら。
「当主より両陛下へ贈り物がございます」
予め侍女に持たせていたものを、王妃陛下にお渡しした。
「まぁ! 新緑の雫ですわね! 素晴らしい輝きだこと!」
「さすがマルクス家ですわ。陛下の関心をお金で買おうとされるなんて、わたくし共には考えつきもしませんもの」
宝石箱を開けた陛下の両隣にいた夫人たちが、ネックレスに目を釘付けにされながら口々に述べる。……新興貴族、というより、成金貴族と呼ばれるマルクス家をよく思わない方がここにもいたようだ。
……一部不躾な方もおられるけれど、さすがお義父様から託されたものだけありますわ。嫌味を言いつつも、目が離せなくなってますもの。
「これは国王陛下にね。そうだわ、せっかくだからあなたが直接お渡ししたら?」
今のわたくしの爵位的に、直接陛下を訪ねることはできない。でも王妃陛下は、なぜわたくしが今日ここに来たのかご存知のようだった。
「畏れ多くもそうさせて頂いてよろしいでしょうか?」
「もちろんよ。……あなたの婚礼に出席できなかったこと、とても気に病まれていたから、先に顔を出してくるといいわ」
王妃陛下ーーお祖母様は、にこやかにそう言い、わたくしを国王陛下の元へ向かわせた。
国王陛下からいくら寵愛を受けているとはいえ、一臣下の、それも伯爵位程度の後継者の結婚式に陛下自らが参列されるなんて、他の貴族がーーそれこそマルクスをよく思っていない方たちが黙っていないのは日を見るより明らかだった。だから均衡を保つために祖父とは言え、国王陛下は式に出席されなかった。
……それでも、気に病んでくださっていたのね。
王妃陛下からの言葉を受け、もう一度頭を下げ退出した。
まず先に、国王陛下にお目通り願おう。侍女に尋ねると、今は庭園にいるそうで、そちらへ足を向けた。
お祖父様である国王陛下は、執務の気晴らしに庭園を訪れることが多い。今日もきっと、執務の合間なのだろう。
……もしくはこうなることを見越して庭園でお待ちなのかもしれませんわね。ならなるべくお待たせしないようにしなくては。
そう思い足早に庭園へ向かった。
お茶会の部屋から庭園へ行くためには階段を降りなければいけない。1階に降り、庭園へ向かうこともできるが、2階に庭園へ直通の石階段がある。
そちらから行こうと、石階段へ向かった。その途中、見知った顔の侍女とすれ違った。
あの侍女がいるということは、叔母様もこちらにいらっしゃるのかしら……?
「ここはいつ見ても、色とりどりの花が賑わう場所だわ」
王宮内から出た直後、草花の香りが鼻をくすぐった。王国一の庭園と言われるだけある。その香りを胸いっぱいに吸い込んで、石階段を降りようとした。
瞬間ーー
「きゃあ!?」
ドン、という衝撃を体に受けたと思ったら、自分の体が大きく前に飛び出した。
体勢を崩し、最初に頭部をぶつけた。あとは冷たい石の上を、一気に転がり落ちていく。
自分でも何が起こったのかわからない。痛いと思う前に、体が動かなくなっていた。
「きゃあああああ!!! 誰か! 階段から人が!!」
侍女か誰かの叫び声を最後に、意識が暗転した。
「では馬車までエスコート致しまーーシア!?」
ガクン、と膝から崩れ落ちそうになった。
「はぁっ、はぁっ……」
「大丈夫ですか!?」
わたくしの体を、アディが支えてくれている。
……王宮出発前にアディがわたくしを迎えに来たところだわ。
「はぁ……はぁ……」
「医者を呼びましょう。誰かいなーー」
まだ息が乱れる中、室外に向けて声を上げるアディの腕を引っ張った。
それに気づいたアディが、言葉を途中で止めた。
……今、何が起こりましたの? 突き落とされた? 誰から?
だってあそこは王宮の、王妃陛下の宮ですのよ?
今までわたくしを狙ってきたのは、暗殺者や急遽雇われた侍女よ。でも王宮でそんな人間が、しかもあんなに明るい昼間に自由に出入りできるわけないわ。
ならわたくしを狙っているのは、貴族、それも王妃陛下の宮に出入りを許された高位貴族の可能性が高いのではなくて?
相手が高位貴族であるなら、狙われているのはアディやマルクス家というより……。
「シア? 本当に大丈夫ですか? 寒いんですか?」
気がつけばアディの腕を強く掴んでいるわたくしの手は、震えていた。
「アディ、お願いがあります」
「お願い? 私にできることであれば、なんでも言ってください」
今のわたくしには怪我などない。でも、今もまだ、全身が酷い痛みに襲われているような錯覚を起こしている。
「今日はわたくしの側にいてくださいまし」
「えっ?」
運が良かったのか、悪かったのか。恐らく最初に打ちつけたのが頭部だったから、さほど痛みを感じる間もなく意識が途絶えた。
でも……。
打ちどころが良ければ今もわたくしは王妃の宮のベッドで寝ていたのかもしれない。
「ですが、今日は王宮へ行かれるんですよね? 取り止めるということですか?」
「陛下もアディに会いたがっていますわ! 側にいてくださいまし!」
はしたなくも、大きな声が出てしまったわたくしを、アディは驚いた顔で見た。
そして視線を右往左往彷徨わせた後。
「……あ、で、では、そう、ですね。私も同行致します」
どこか困惑しながらも、同行する旨を侍女に伝えに行った。
……まさか王宮で狙われるなんて思いもしなかったわ!
到着するまでに、落ち着いて対策を練らなければ……。
先ほど完全に意識を失う前、自身の体が違う方へ折り曲がっていたような気がした。
その瞬間を思い出し、アディが戻って来るまでの間、事故直前のことを思い出そうとしたけれど、無意識に腕を摩っていた。




