17.現実味のない夢
畏れ多くも王室に直接手紙を出すことを許されているわたくしは、早々に陛下へ向けて手紙をしたためた。
やんわりと事の次第を書いた手紙に対する陛下からの返信は、思いの外早く届いた。
「……本当に、国王陛下から直々に手紙が届く日が来るなんて」
驚きを隠せずにいるアディの目の前で、開封した。
「これは……」
「どうしました?」
その言葉を受け、手紙をアディに見せるように向ける。
「どうせなら直接話が聞きたいそうなので、次の王妃陛下主催のお茶会に参加するように仰られてますわ」
「お茶会の前後に謁見してくださるということですか」
「そのようですわね」
わたくしが公爵令嬢であったのなら、直接謁見を求めることもできたかもしれない。
だけれど、今は小伯爵夫人ですもの。今のわたくしが最も自然に王宮へ足を運ぶ理由としては、王妃陛下のお茶会が一番妥当なのではないかしら。
……でも……。
そのお茶会、繰り返しの時の中で呼ばれていませんでしたわ。国王陛下ほどでないにしろ、お祖母様である王妃陛下からも可愛がられていると自負しておりますし、婚姻後の挨拶として呼ばれていてもおかしくなかったはずですわ。
……繰り返しの中で、呼ばれなかった理由が何かあるのかしら?
「行くのは気が引けますか?」
考え込んだわたくしを、アディは心配そうに見つめて来た。
「……いえ。王宮でのお茶会など久しぶりなもので、衣装を考えておりましたの」
「ああ。そういうことなら、衣装の調達を」
「それは大丈夫ですわ。結婚のお祝いにと、お義父様がわたくしの衣装やアクセサリーをいくつか用意してくださいましたし」
商売人と言われるだけあり、流行りに敏感なお義父様が下さった衣装やアクセサリーは今の流行を抑えたものだった。
「父はあなたに好かれたいようです」
「あら、そんなことなさらずとも、アディのお父様ですもの。もう、大切に思っていますわ」
「そういうことじゃなく……」
アディは歯切れを悪くし、困った顔をしていた。
「こういうことを言いたくないんですが、私の父は打算的なんです。あなたと、そしてヴァルモン家との関係が良好であれば、いずれ私たちの子供が、マルクス伯爵家だけでなく、ヴァルモン公爵家も継ぐことになると考えているはずです」
「まぁ、そんなこと……」
思わず口元に手を当てた。
「父はそういう人ですよ」
どこか申し訳なさそうな顔をするアディ。
「ですが夢があるのは良いことではなくて?」
それに笑顔で答えた。
「夢? うーん……夢、というより、野望じゃないですか?」
アディは両腕を組み、考え込むような仕草でそう言った。
「父からは特に何も言われておりませんが、わたくしは一人っ子ですし、父が今すぐどうこうという事態にならなければ、いずれそうなる可能性は十分にある壮大な夢ですわね」
「私の子が公爵か……」
ぽつり、と漏らしたアディの言葉にハッとした。
わたくしたち、普通に子供の話をしていますが、ただの一度も夫婦の努めを果たしていないのに、何という気の迷いなのかしら……。
「本当、今の私にはとても考えられない壮大な夢ですね」
困ったような、でもどこかおかしそうに笑うアディは、事の重大さに気づいていないのかもしれない。わたくし一人で、変な気の迷いを起こしているだけなのかもしれない。
……夫婦であるなら、いつかはそうなるべきなのはわかっている。でも、そのいつかがいつなのか。義務としての努めになるのか、それとも父や母のように心を許すものになるのか。
それはわからないけれど。
先ほどから、胸の奥が熱くなってきた気がして、どこか居た堪れないような感覚になった。
そして数日後ーー
「シア。準備はできましたか?」
王妃陛下主催のお茶会へ向かうため、準備をしていたわたくしのところにアディがやってきた。
「はい。もう行けますわ」
「では馬車までエスコート致します」
アディが出した手にそっと自分の手を乗せ、並んで歩き出した。
「両陛下には僭越ながら、うちの商団が用意した物をあなたからお渡し頂ければと思います」
「まぁ、わざわざありがとう存じます」
わたくしが王宮へ行くと聞いたお義父様が、最優先で用意してくださった物だそうで。エメラルドのペアネックレスを託された。
「では気をつけて」
「はい。いってまいります」
馬車の扉が閉じ、ゆっくりと走り出す。
窓の外に目を向けると、アディが穏やかに微笑んで見送っている。
……あの馬車事故以来、馬車に乗る時は過剰に緊張してしまうわ……。
けれどアディからというより、お義父様から託された最高級のエメラルドで作られた、新緑の雫と呼ばれるペアネックレスは、その気合を感じられて張り詰めかけたわたくしの心を解してくれた。
……陛下は頭ごなしに反対はされないでしょうが、あとはどう納得して頂くか、ですわね。
先ほどのアディの顔を思い出しながら、自然と手に力が入った。
最高級の宝石を手に、馬車は王宮へと向かうーー。




