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冬越しの火を歌姫の温室へ回せと言われましたので、契約妻は北門を開けて離縁します  作者: 銀細工ナギ


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3/8

王領中継所

王領北中継所は、城と呼ぶには小さく、宿屋と呼ぶには頑丈な石造りの建物だった。


旧街道を越えて到着した頃には、夜半を過ぎていた。子どもたちは母親の腕で眠り、台車を押してきた職人たちは、凍った髭を手で払っている。中継所の管理人が戸口で目を丸くしたのは、王弟を先頭に二十四基の冬灯石と住民の列が到着したのだから当然だった。


「客室と倉庫を開けてください。費用の保証は監察局で行う」


レオンの指示は早かった。だが、石の置き場所について口を出そうとはしない。


「アーデル殿、どこへ灯しますか」


アーデルは手袋を外し、簡略地図を卓上に広げた。指先が冷えで震える。ミナがすぐに重石を置いた。


「まず大広間に二基。避難してきた方を一室に集めれば朝まで保ちます。診療室へ一基、乳児と老人用です。残りは設置班を二組に分け、旧街道の四小屋と北市場の共同炊事場へ」


「伯領側の道ではなく、王領側へ置くのですね」


「私が維持責任を負える場所から灯します。伯領の小屋へ戻せば、また封蝋を破られるかもしれません」


口にした瞬間、六年の信頼がたった一晩で消えたのだと実感した。泣く暇はない。泣いて火がつくなら、点検班はもっと楽な職業になっている。


アーデルは銀の火打ち鍵を石の刻印へ差し込んだ。


白い石の中心に、蜂蜜色の光が生まれる。次の瞬間、広間へ柔らかな熱が広がった。濡れた靴の子どもが「あったかい」と声を上げ、母親が顔を覆った。


その音を聞いて、ようやく正しかったと思えた。


「ここに名前を書いていただけますか」


アーデルは暖炉脇へ利用簿を置いた。連れ出した人数を盾にされないためでもあったが、誰がどの薬を必要とし、誰に帰る家があり、誰が仕事を失うのかを把握するためでもある。洗濯女は赤子の名を一番に書き、靴職人は「帰る場所」の欄で手を止めた。


「火が戻るまで、ここで靴を直してもいいでしょうか」


「もちろんです。管理班の長靴も頼めますか」


老人が涙を隠すように鼻を鳴らした。避難は、ただ逃げた人を床へ座らせることではない。暮らしが止まらないように次の足場を作ることだ。


夜明けまでに、二十四基のうち十二基が再設置された。残りは応急予備として倉庫で封印する。どの石にも新しい管理札と、王領での仮設理由を書いた紙を添えた。後からいくらでも説明できるように。


朝、レオンは湯気の立つ黒パン粥を二皿持って、記録卓へ来た。


「食事をすると署名の線がまっすぐになります。監察官としての助言です」


「監察官の管轄は筆跡にも及ぶのですか」


「今日は及ぶことにします。私の報告書の読み手が苦労しますから」


少しだけ笑ってしまった。夫の城では、食事を忘れて点検をしていても、ルーファスに気づかれたことはない。気づくことが愛だと短絡するほどアーデルは若くなかったが、並んで働く者の観察として心地よかった。


ミナが入口から飛び込んできた。


「奥様、伯爵様から告発状です! 王領の伝令が控えを届けてくれました」


封筒の文字はルーファスの書記のものだった。開けば、アーデルが夫の許可なく高価な魔石を盗み、領民を煽動して城外へ連れ出し、王弟を利用して伯爵家を脅している、と並んでいる。


末尾に、「妻が反省して設備を返すならば、婚姻を継続し罪は問わない」とあった。


アーデルは粥の匙を静かに置いた。


「罪は問わない、ですって」


熱を奪われる寸前だった人々が、広間の向こうで毛布を干している。診療室からは赤子の泣き声が聞こえる。その全てをなかったことにして、妻だけが戻れば元通りだというのか。


レオンが問う。


「王都の婚姻審理院へ送りますか。告発への反論として」


「いいえ。反論ではなく、こちらから申請します」


アーデルは鞄から婚姻契約の正本を取り出した。薄青の紐で綴じられた六年前の紙は、何度も点検した設備台帳よりずっと新しく見えた。


「第十二条違反による即時離縁請求。加えて冬季街道義務の監査請求です。私は盗人として許されて帰るのではなく、契約を破った人から正当に離れます」


レオンは頷いた。


「証拠の保全と送達を、監察局名義で引き受けます。ただし、申請人はあなたです」


「ええ。それがいいのです」


羽根ペンを握ったとき、中継所の窓へ白い粒が当たった。


初雪だった。


アーデルは紙の冒頭へ、自分の名前をまっすぐに書いた。暖房の戻った部屋で書く離縁請求は、不思議なほど指が震えなかった。


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