第8話
ロダン大会議室にて毎月行われる七大会議。
円卓を囲む八つの椅子、革張りが微かな光を反射している。
白髪の少年ニクスが怒鳴り散らす。
「うるせぇぞレヴィ! てめーもぶっ殺してやろうか!」
ニクスが足をテーブルに叩きつける。
鋭い目が青髪の青年レヴィを射抜く。
「うるさいのはあなたですニクス。お座りくらい覚えなさい」
レヴィが指先で眼鏡のフレームを押し上げ、氷のような眼差しを投げ返した。
青髪が額に落ち、唇がわずかに引き結ばれる。
テーブルの上に広げた羊皮紙を、ぱん、と指で叩いた。
七大会議──各ギルドが腹の底を見せ合わない、探り合いの場でもある。
空気は張り詰め、野心の匂いが澱んでいた。
時折、誰かの荒い息遣いだけが響く。
金髪で巨漢の老人マモが、低く唸った。
「ふん……小童めが」
マモが腕を組み、太い指で顎をこすり、ニクスを睨み据える。
眉間に深い皺が刻まれた。
「あら、マモ。その割には楽しそうじゃない?」
老人の横の女性エルが話しかける。
「楽しいわけがあるか、エル嬢。こんなことに時間をかけるくらいなら塔の攻略に使った方が有意義じゃわい」
マモがグラスを掴み、一気に飲み干す。
喉がゴクリと動き、息を吐いてテーブルに置く。
そこに栗毛の青年フェルが立ち上がる。
フェルは糸目をほんの少しだけ開き、両手を広げて皆を制した。
「まぁまぁ落ち着いて! ニクスも席について! 今日は月に一度の七大会議じゃないですか! みんなで攻略情報でも話し合いましょう!」
フェルが笑顔を浮かべ、栗毛を掻き上げてニクスに手を差し伸べる。
「フェル! てめーが一番いけすかねぇ! へらへらしていつも何にも情報出しやがらねぇじゃねーか! こちとら闘技大会前で忙しーんだぞ!」
ニクスがフェルを指さす。
「はははっ、僕は僕で色々やってるものでして。ここはひとつ穏便に」
ニクスはテーブルをぐるりと見回し、声を張り上げた。
「大体何が情報共有だ! 先行してるのは俺とマモ、エルくらいじゃねーか! それによぉ! ルゼは飲食店ばっかりで攻略すらしてねぇじゃねーか!」
ニクスがルゼを指差し、拳を振り上げる。
「……呼んだぁ?」
机に突っ伏していたルゼが、むくりと顔を上げた。
長い髪が肩から滑り落ち、眠たげに瞬く瞳でぼんやりと周囲を見回す。
「ほら! 何にも聞いてねぇ! あとベルはなんでいつも会議に来ねぇんだあああ!」
ニクスが天井を仰ぎながら吼える。
その騒ぎを、席に座ったまま呆然と眺めるエイリとトリエ。
「トリエ……帰りたいんだが」
エイリが小声で呟き、椅子の上で身を縮こまらせる。
「エイリ、我慢しろ。私たちじゃ手も足も出ない方々だ。黙って座ってるのが一番賢い」
トリエは机の下でエイリの太ももを軽くぽんと叩き、正面に顔を戻した。
すると、マモが大きく手を叩いた。
パンッ!
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
「いい加減時間の無駄じゃ。ニクス、資源にも限りがある。各ギルド……まぁ先行組に人が集まるのは致し方がない。故に七大ギルドで別れて三大試練を乗り越えようとしておるんじゃろ。塔の攻略だけが目的ではない。適材適所という言葉の意味、ギルドマスターであるお前が分からんではあるまい?」
マモが説明し、ニクスを睨む。
ニクスが舌打ちしながら机に胡坐をかく。
三大試練――ダンジョン完全踏破、塔の頂上、世界書の解読。
これを全部クリアしなければ世界は手に入らない。
これは全冒険者にとって共通の知識だった。
「だからよぉ。資源が少ねぇなら七つに分けるより三つくらいでいいじゃねーか。俺ら以外にも弱小ギルドなんざ腐るほどあるんだぜ、おめーだって子飼いのギルドをいくつか持ってんだ。ヤル気のねぇやつに資源が流れていっても良いってのかよ」
ニクスが椅子ごとギシギシ揺らし、膝に肘をついてマモを指差す。
「それは違うわよ、ニクス」
エルが静かに口を開いた。
エルは羊皮紙を広げ、細い指で一行をなぞりながら、体を少し浮かせてテーブルをぐるりと見渡した。
「なんだよエル。何が違うってんだ?」
ニクスが体をねじり、エルの顔を真正面から覗き込む。
「ふふっ。世界書には必ず七大ギルドの名前が上がるわ。それも私たち七人の名も……理由は不明だけれど、全員揃わないと塔の攻略が不可能になる。その可能性がある限り、ギルドを減らすことは容認できないわね」
エルが微笑を浮かべる。
マモが膝を叩く。
「減らすのはいつだってできる。じゃがそれは軋轢を生むぞ坊主。人は資源、じゃが心が通っておる以上、切り捨てられた恨みは何よりも深い。今でそれなりに回っておるのじゃから焦らずともよい。そうではないか?」
「ちっ……わーったよ」
ニクスが頭を掻く。
「ふむ。今日は特に事態が進展した様子も無し、一旦お開きでええじゃろ。どうせ情報は常に共有されておるんじゃ。たまに顔を合わせて元気にしとるかの確認くらいで十分じゃて」
「では、七大会議これにて終了とします。議事録は……後ほど各ギルドにお送りいたします」
レヴィが告げ、立ち上がる。
皆が椅子を引く音が重なり、部屋がざわつく。
会議は解散となった。
扉が次々と開き、足音が廊下の奥へ遠ざかっていく。
やがて重い扉が最後に閉まり、部屋は深い静寂に沈んだ。
「トリエ……」
エイリが立ち上がり、机に突っ伏して眠るルゼにそっと視線を落とし、小さく息を吐く。
「そうだな。いつも通り起こして帰ろう」
トリエがルゼの肩にそっと手を置き、優しく揺すった。
「ルゼ様。会議、終わりましたよ」
「んがっ……あれ? もう終わっちゃった?」
ルゼがノソノソと体を起こし、眠たげな目をこすりながら周囲を見回す。
長い髪を指で梳き、大きく欠伸を漏らした。
「はい。みなさん、もうお帰りになりました」
「あー、ごめんねぇ。いつもありがとね。起こしてくれて」
「いえ。ベル様がいらっしゃらない以上、私たちにできるのはこれくらいですから」
ルゼが両腕を天井まで伸ばし、背をのけぞらせてゴキゴキと鳴らす。
ふと動きを止め、エイリをまっすぐ見つめて首を傾げた。
「……そんなことはなさそうだねどねぇ」
「えっと……どういうことですか?」
エイリが小声で尋ねる。
ルゼが優しく微笑んで、エイリの頭を撫でた。
「君はね、まだ『穢れて』ない。だからこそだねぇ」
「穢れて……?」
「大丈夫。トリエちゃんがちゃんと守ってくれるから」
トリエもエイリに目をやり、すぐにルゼへ向き直る。
片眉を上げて静かに待つ。
「何か、エイリに?」
トリエが声をひそめ、ルゼの表情を窺った。
「……んー。いつも起こしてくれるし、ベルの子たちだもんね。ちょっとだけサービスしちゃおっかな」
ルゼが人差し指を唇に当て、くすくすと笑う。
「レヴィには内緒だよ?」
「……はい」
トリエが小さく頷いた。
ルゼがぼそりと続ける。
「最近、喫茶店のお客さんが言ってたんだけど……ダンジョンが活性化してるらしい。僕の見立てだと……命が溢れ出そうとしてるのかな。今日の会議じゃ、みんなわざと触れなかったみたいだね。君たちは当分、浅層で狩った方がいい。赤鬼ちゃんがいるならまあ大丈夫だと思うけど……」
ルゼが遠くを見るように瞳を細めた。
エイリがそっと身を寄せ、耳を澄ます。
「でも……何か?」
エイリが顔を上げ、ルゼの目を見つめ返す。
「君は変わった子だ。能力にしてはカルマが足りない。でも、それでいいのかもね。大切に育ちなさい」
ルゼがエイリの頭をくしゃりと撫で、立ち上がった。
欠伸を噛み殺しながら扉へ歩き、振り返らずに軽く手を振る。
扉が静かに閉まり、足音が廊下の奥に溶けていった。
トリエが小さく笑みを漏らす。
「相変わらず不思議な人だなぁ」
テーブルを拭き終え、布を丁寧に畳む。
「……そう、だな」
エイリは「カルマ」という言葉を胸の奥にしまい込んだ。
レベルが上がらないのは、自分が誰かに守られすぎているからではないか。
そう思った瞬間、指先がテーブルを無意識に叩いていた。
「ほら、エイリ。早く片付けてダンジョン行くぞ」
「……おう」
二人はテーブルを拭き、布を丁寧に畳む。
ランプの火を消し、扉を閉めて廊下へ。
軽やかな足音が石畳に響き、ダンジョンの入口へと向かっていった。




