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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第7話

「おらああああああ!」

 エイリとトリエはダンジョン三層に来ていた。

 薄暗い通路の空気は湿気を帯び、石壁から滴る水音が絶え間なく響く。

 エイリが先行し、剣をふるう。

 シュパッ!

 刃が空気を裂く音が通路に響く。

 相手は一本角の青鬼。

 角が青白く輝き、赤鬼ほどではないが筋肉質の体躯が影を落とす。

 青鬼は棍棒を振り回し、エイリを牽制する。

 棍棒の風圧がエイリの髪を乱し、地面に小さな亀裂を刻む。

 トリエが叫ぶ。

「ほら、振り終わりにカウンターを入れろ! 隙を逃すな、エイリ!」

「わかった!」

 エイリは青鬼の棍棒が頂点に達した瞬間を見計らい、身を低くして突進。

 剣の先端が青鬼の脇腹を浅く切りつけ、青い血が飛び散る。

「……よし、手応えあり……!」

 一歩下がり、息を整えながら次の攻撃を待つ。

 青鬼が棍棒を振りかぶる。

 重い音を立てて棍棒が弧を描き、エイリの頭上を狙う。

 トリエが叫ぶ。

「そこだ! 詰めろ! 一気に間合い詰めて動きを封じ込めろ!」

「おう!」

 エイリが棍棒を剣で受け流し、金属と木のぶつかる甲高い音が響く。

 流した勢いで直進し、剣で喉を貫いた。

 刃が肉を裂く感触が手に伝わり、エイリの腕がわずかに痺れる。

 青鬼の目が見開かれ、喉からゴボゴボと血泡が溢れ出す。

 棍棒を落とさず、よろめきながらも低く構え直す。

 トリエの声が大きくなる。

「今だ! 動けなくなるまで攻め続けろ! 息をつかせるな、連続で斬りつけろ!」

「うおおおおお!」

 エイリが剣を引き抜き、勢いそのままに胴を横一文字に薙ぐ。

 次に脚の付け根を狙い、低い軌道で斬り上げる。

 青鬼の膝が折れ、棍棒が地面に突き刺さる音がする。

 最後に腕を狙い、振り下ろすように切りつけ、青鬼の肩から肘までが深く裂ける。

 青鬼がよろめき、棍棒を支えに耐えようとするが、力尽きて崩れ落ちる。

 体がビクビクと痙攣し、角が石床にコツンと音を立てる。

「やった! やったぞおおおおお!」

 エイリが剣を天井に向け、勝利の咆哮を上げる。

「ばか。次の敵が来るだろ」

 トリエはエイリの喜ぶ顔を見て、そのセリフをそっと呟くだけに留めた。

 エイリの瞳が輝き、頰が赤らんでいるのを見て、トリエの唇がわずかに緩む。

 しかしその瞬間。

「ウガアアアアアア!」

 咆哮がダンジョン内に響き渡る。

 壁を震わせ、埃が舞い上がり、通路の奥から赤い影が迫る気配がする。

「おお、お待ちかねのメインディッシュだ」

 エイリが青鬼から魔石を取りかけていた手を止める。

「この声は……赤鬼!?」

 エイリの身体が一瞬、ぎくりと強張った。

 過去の敗北の残像が脳裏を掠める。

「怯むな……今度は絶対に……!」

 だが背中に灼けつくような熱を感じた途端、その記憶をぱちんと振り払った。

 振り返らなくてもわかる──トリエが、口角を上げて見ている。

「リベンジマッチといくか、エイリ。今回はお前の成長を見せてやれよ」

「……おう」

「せっかくだ。補助魔法にも慣れておけ」

 トリエが呪文を唱える。

「血と誓いの絆に連なる戦友よ。刃の牙を研ぎ澄まし、盾の壁を不壊とせよ。猛る力の奔流、砕けぬ守りの深淵。汝らの真価を、此処に顕現せよ! 『スティール・オブ・カムラディシップ』」

 それは肉体強度を上げる魔法だった。

 赤い炎のような光がトリエの手から放たれ、エイリの体を包む。

 皮膚が熱を帯び、筋肉が鋼のように硬くなる。

 世界が鮮明に色を取り戻し、心臓の鼓動が力強く胸に響いた。

「トリエ……ありがとう」

「負けるなよ。エイリ」

「絶対に勝つ!」

 赤鬼がエイリの前に現れる。

「先手必勝おおおおお!」

 エイリが叫び、剣を構えて飛び込む。

 しかし赤鬼の攻撃は青鬼の比ではなく素早い。

 棍棒が風を裂き、横薙ぎに振るわれる。

 エイリはそれをギリギリで躱す。

 棍棒の先端が壁に当たり、石屑が飛び散り、エイリの頰を掠める。

 エイリは一瞬下がりそうになる。

 膝がわずかに曲がり、息が詰まる。

 赤鬼の目が嘲るように輝き、次の攻撃を予感させる。

「……トリエを信じろ!」

 エイリは唇を噛み締め、地面を強く蹴った。

 棍棒を剣で受け流しながら徐々に前進する。

 刃の軋む音が耳を劈く。

 エイリの腕に衝撃が走り、骨が鳴るような痛みが走る。

 躱し、流し、進む。

 赤鬼の棍棒が上から、下から、横から、次々と襲いかかる。

 エイリは体を反らし、跳び、滑るように動き、棍棒の軌道を読み切る。

 汗が目に入り、景色が滲むが、拭う暇などない。

 ただそれだけの動きが心と体を削っていく。

 息が上がり、肺が焼けるように熱い。

 赤鬼の咆哮が耳元で炸裂し、圧力で耳鳴りがする。

 だが攻撃が見えていた。

 棍棒の影が壁に映り、次の動きを予告する。

 トリエの呪文は肉体強度の底上げ。

 その効果はステータスに依存する。

 これまでの自分ではここまでの反射神経の上昇はなかった。

「俺は……成長している! お前に勝つ!」

 その実感が自身の自信へとつながった。

 トリエが後ろから声を飛ばす。

「左だ、エイリ! 棍棒の振り戻しを狙え! 体を低くして間合い詰めろ!」

「了解!」

 エイリが体を沈め、棍棒の風圧をくぐり抜ける。

 赤鬼の脇が露わになり、剣を突き刺す隙が生まれる。

 だが赤鬼が棍棒で払いのけようとする。

 エイリはそれを予測し、剣を引いて後退。

 棍棒が空を切り、赤鬼のバランスがわずかに崩れる。

「いいぞ、その調子! 次は右足を狙え、動きを止めるんだ!」

 トリエの指示に、エイリが頷く。

 息を吸い、吐き、再び突進。

 赤鬼の棍棒が振り下ろされるのを、剣の平で受け止め、押し返す。

 徐々に回避の速度が上がり、動きが洗練されていった。

 エイリは棍棒の弧を逆手に取り、赤鬼の死角へ滑り込む。

 剣の切っ先が赤鬼の肩を浅く削ぎ、鮮血が迸る。

 赤鬼が痛みに吼え、棍棒を乱暴に振り回すが、エイリはすでに次の位置へ移っている。

 エイリの感覚は境地に至った。

「なんだ……これ……」

 世界がスローモーションになった。

 赤鬼の筋肉の動き、息遣い、目線――すべてが読める。

 そして赤鬼が振りかぶった瞬間。

 棍棒が頂点に達し、重力が加わる。

「動きが……見える!」

 エイリは棍棒がそこになかったかのように前進し、通り抜け、剣で赤鬼の胴を薙いだ。

 刃が皮膚を裂き、内臓を抉る感触が手に響く。

 赤い血が噴水のように飛び、エイリの服を濡らす。

 単純な一撃――だがその一撃はエイリを大きく変えた。

 赤鬼の体が傾き、棍棒が地面に落ちる鈍い音を立てる。

 赤鬼がよろめきながら振り返る。

 目が血走り、牙を剥いて咆哮する。

「遅いっ!」

 だがそこにエイリはもういない。

 エイリは影のように回り込み、足の腱を切る。

 剣がアキレス腱を断ち切り、赤鬼の膝が折れる。

 体勢が軸足から崩れ、巨体が大きく傾く。

「これで、終わりだぁ!」

 エイリは全身の重みを乗せ、渾身の力で剣を振り抜いた。

 重力と勢いが加わり、刃が喉を裂く。

 ズシャアアッ!

 肉が裂け、首がゴロリと転がった。

 血の池が広がり、熱気が立ち昇る。

 一瞬の静寂。

 エイリの剣から血が滴り、地面に落ちる音がする。

「う……うおぉ……うおおおおおおおおお!」

 エイリは歓喜の雄叫びを上げた。

 剣を掲げ、体を震わせて吼える。

 トリエは目を細め、その声に体を預けた。

 エイリの成長を肌で感じた。

「……よくやったな、エイリ」

 通路の奥からは、当分次の敵の気配はしない。

 ようやく、訪れた休息の瞬間だった。


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