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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第6話

 食事が終わり、皿の残骸がテーブルに散らばる中、三人は静かに立ち上がる。

 トリエは空のグラスを片付け、ベルは残ったパンくずを一掃する。

 エイリはスプーンを静かに置き、胸の奥で鳴る鼓動を手のひらで押さえ込むように深く息を吸った。

 ダイニングのランプが風もないのに揺れ、壁に巨大な影を這わせる。

「さあ、行くぞ坊主。鑑定の時間じゃ」

 ベルは杖を軽く振りながら、いつもの調子で笑う。

 エイリは立ち上がったまま、わずかに唇を震わせた。

「……本当に、俺……レベル上がってますかね?」

 トリエがエイリの背中を軽く押す。

「上がってなくても、お前は強くなってる。それで十分だろ?」

「でも……ゼロのままじゃ、いつまで経ってもトリエと……」

 ベルがくるりと振り返り、エイリの頭をぽんと叩いた。

「だから確かめるんじゃろ? ほれ、グズグズするな」  

 三人はベルギルドの奥深く、普段は立ち入らない祭壇の間へと向かう。

 祭壇の間は、ギルドの地下に位置し、石壁が湿気を帯びて黒く染まり、松明の炎が不規則に壁を舐める。

 空気は重く淀み、古い血と呪術の残り香が鼻を突く。

 床には円形に呪文が刻まれ、埃に覆われた祭壇の石像が、ぼんやりとした光の中で牙を剥くように睨む。

 ベルは杖を壁の燭台に引っかけ、橙色の炎を灯す。

 炎が広がるにつれ、部屋の隅に潜む影が蠢き、三人の顔に陰影を落とす。

 トリエはエイリの肩に軽く手を置き、励ますように握るが、トリエの指先もわずかに冷たい。

 エイリは喉を鳴らし、祭壇の前に進む。

 祭壇の前にエイリは服を脱ぎ捨て、大理石の台に仰向けに横たわり目を閉じる。

 ベルも服を脱ぎ、台の前に立つ。

 ベルは片手に羊皮紙、片手に短剣を持つ。

 ベルは深く息を吸い、目を細めてエイリを見下ろす。

 トリエは壁際に下がり、拳を握って見守る。

 そしてベルは短剣を自分の喉に当て――一気に掻き切った。

 皮膚が裂ける鋭い音が響き、鮮血が弧を描いて噴き出す。

 血の温かさがエイリの胸に飛び散り、肌を伝って大理石の冷たさと溶け合う。

 エイリは瞼を固く閉じた。

 そしてベルが、低く、呪文を紡ぎ始めた。

「我が血盟の鎖よ、影に潜む忠義の証を照らせ。汝の真実を、此処に顕現せよ! 『ミラー・オブ・ザ・サーヴィテュード・パクト』」

 ベルの声は低く響き、部屋に描かれた呪文が一斉に赤い光を放つ。

 言葉の一つ一つが空気を震わせ、影が壁を這うように動き出す。

 エイリの体が熱くなり、胸の中央から淡い光の粒子が浮かび上がる。

 それは脈打つように瞬き、羊皮紙に向かって渦を巻いて吸い込まれていく。

 エイリは息を詰め、体が浮くような感覚に耐える。

 光が収まると、部屋の空気が一気に重く沈む。

「よし、無事書き込まれたようじゃ」

 ベルは羊皮紙を広げ、確かめる。

 ベルの喉の傷口が、鮮血の縁から新しい肉芽が盛り上がり、みるみるうちに傷を埋めていく。

 瞬く間に、まるで何事もなかったかのように滑らかな喉がそこにあった。

 エイリは目を開け、体を起こして胸の血を拭う。

 トリエは壁際の棚から粗い布を取り、素早くベルに近づく。

 タオルを水差しで湿らせ、ベルの肩から腕、胸元へと優しく拭う。

 ベルは体を預け、トリエの動作に合わせて首を傾ける。

「おや、トリエは確認せんのか?」

「はい。最近塔には挑んでいないので」

「……ふむ。じゃあダイニングで坊主のステータス確認を行うか」

 ベルはタオルを受け取り、自ら腹部の血を拭き取りながら、トリエに尋ねる。

 トリエは首を振り、濡れたタオルを絞って床の血溜まりを拭う。

 ベルはローブを拾い、肩に羽織ってエイリに手招きする。

 エイリは台から降り、足元がふらつくのを堪えて立ち上がる。

 エイリは急いで服を着て、三人は祭壇の間の扉をくぐる。


 三人はダイニングへと戻る。

 扉を開けると、食後の残り香がまだ残るダイニングが迎える。

 ランプの炎が安定し、窓から入る夜風がカーテンを優しく揺らす。

 ベルは杖を一振りし、折れた椅子の破片を浮かせて元の形に修復する。

 木の繊維が絡み合い、軋む音を立てて脚が再生し、表面が滑らかに整う。

 三人はテーブルを囲み、肩を寄せ合うように座る。

 ベルは羊皮紙をテーブルの中央に広げ、ランプの灯りの下へ滑らせた。

 瞬時に、静寂が部屋を呑み込む。

 エイリは息を潜め、トリエは腕を組んで身を乗り出す。

 ステータス──それは命の形。

 経験値である『カルマ』と肉体が持つ能力が、文字と数字に変換されたもの。

 その出力は魂の契約を交わしたギルドマスターだけに許される秘儀だ。

 そして今、羊皮紙に浮かび上がったのはエイリのすべてだった。

『名前:パーム・エイリ カルマ値:二十 レベル:ゼロ 肉体強度:百六十三 魔法強度:四十四 スキル:未発現 魔法:未発現』

 エイリは指で紙面をそっと撫でた。

 トリエは眉を寄せ、ベルは数字を確かめる。

 先に口を開いたのはトリエだった。

「ベル様……これって……」

 トリエは羊皮紙を指差し、声を低く抑えてベルに尋ねる。

 トリエの瞳に心配の色が浮かび、手がテーブルの縁を強く握る。

 ベルは羊皮紙から目を離さず、頷く。

「そうじゃのぉ……カルマの蓄積が圧倒的に足りておらぬな。一方で肉体の熟練度は飛躍的に伸びておる。レベルゼロでこの数値は見たことがないのう」

 ベルは杖の柄で羊皮紙の『肉体強度』を軽く叩き、感嘆の息を漏らす。

「しかし、一年でカルマ値二十はいくらなんでも……」

 トリエの声に心配が混じり、トリエは拳をテーブルに軽く落とす。

 エイリはそんなトリエの横顔を見つめ、心配そうな表情を浮かべる。

「ベル様……やっぱり……俺には才能がないんでしょうか」

 エイリは喉の奥で小さく息を詰め、羊皮紙から視線を切り離すように顔を上げ、ベルを真っ直ぐ射抜いた。

 ベルはその瞳を静かに受け止め、優しく杖を一回転させて、張り詰めた空気をそっと溶いていく。

「そんなことはないぞ坊主。歴史上、カルマの伸びが遅い者は何度もおる。かつてベルギルドに在籍しておった一級冒険者ヘーラも、カルマの伸びだけがネックじゃった。懐かしい思い出じゃのう」

 ベルは目を細め、遠い記憶を辿るように羊皮紙を指でなぞる。

「それは……どうやって解決したんですか」

 エイリはベルに詰め寄るように尋ねる。

 トリエはベルを横目で見て、答えを待つ。

 ベルは一瞬、目を伏せ、指を絡めてため息をつく。

「それはのぉ……分からん」

「えっ?」

 エイリは目を丸くし、体を引いてベルを凝視する。

 トリエも首を傾げ、眉間に皺を寄せる。

「いや……正確にはあやつはいつの間にかいなくなっておったからのう。みんなで探したんじゃが、肌に合わんかったんじゃろうなぁ」

「……そう、ですか」

 エイリの声は小さく、すぐにテーブルへと目を伏せた。

 ベルはエイリの頭に手を伸ばし、軽く撫でる。

 温かな掌が髪を乱し、励ましの意を伝える。

「まあ気にしてもステータスは伸びぬ。少なくとも肉体の強度はしっかり伸びておる。時間の問題じゃろう! 果報は寝て待て! 今日は寝て、明日からまたダンジョンじゃ!」

 ベルは声を張り上げ、杖をテーブルに叩いて皆を鼓舞する。

 音が響き、ランプの炎が勢いよく上がる。

 エイリは顔を上げ、わずかに頷く。

 トリエはベルを睨み、口元に笑みを浮かべる。

「ベル様。それはそれとして、メンバーは増やしてくださいね」

 トリエの声にからかいの色が混じる。

 ベルは目を細め、杖でトリエの膝を軽く突く。

 エイリは二人のやり取りに口元を緩め、胸の重みが少し軽くなるのを感じる。

 部屋の空気が和らぎ、夜の静けさが三人の絆を優しく包む。


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