第4話
エイリは自室に戻り、剣を壁に立てかけ、皮鎧を脱いでベッドに放り投げた。
「今日も……助けられちまった」
エイリは鏡に映る自分の小柄な姿を睨み、拳を握る。
いつの間にか、ベルギルドのメンバーはエイリとトリエの二人きりになっていた。
それはギルドマスターのベルの怠惰が原因でもある。
しかしエイリはメンバーのうちの一人であることに責任を感じていた。
「いつになったら……俺は……せめてレベルが一でも上がってくれれば……」
ボスッ
エイリはベッドに横たわり天井を仰ぐ。
「こんなことしてて、俺は本当に塔を登れるのか……」
心に浮かぶのは、トリエの頼もしい背中と、自分の遅れゆく足取り。
ダンジョンの最深部にそびえる「塔」――それが冒険者の最終目標だ。
頂上にたどり着いた者は「世界を手に入れる」と言われている。
しかし、塔は弱きものを弾く。
レベル五未満の者は、塔の入り口で強制的にダンジョン入口へ転送される。
トリエは現在レベル五、本来であれば塔の攻略をしていてもおかしくない存在。
「早く……トリエと肩を並べて……」
足を引っ張っている。
その想いがエイリの心を締め付けていた。
エイリは体を丸め、枕に顔を埋める。
布の感触が頰に冷たく、胸の奥で暴れる鼓動をどうにも鎮められない。
遠くからキッチンの火の音が聞こえ、トリエの鼻歌が微かに届く。
それが救いであり、苛立ちの種でもある。
気付けばうとうととし、時間が流れていた。
「エイリィ! 出来たぞー」
トリエの声が聞こえる。
「俺は……寝ていたのか」
エイリは体を起こしてダイニングへと向かった。
廊下を小走りで進み、ダイニングの扉を開ける。
エイリが着くとトリエが席に座りニヤニヤして待っていた。
「遅いぞエイリ!」
「すまない寝てた……って、なんかいい匂いするな」
「エイリ! ギルド一周年おめでとう!」
パチパチパチパチ!
トリエが笑顔で手を叩く。
エイリが唖然とする。
「えっ、あっ、ありがとう」
「ほらっ早く座れよっ」
トリエの拍手が部屋に響き、エイリは目を瞬かせてテーブルに近づく。
椅子を引き、腰を下ろすと、目の前に並ぶ料理に息を飲む。
「うわ……これ全部トリエが作ったのか?」
「当たり前だろ! 今日は気合い入れてカレーだぞ!」
じゃがいもと人参がゴロゴロ入った、濃厚な香りのカレーが大鍋から湯気を立てている。
横には干し肉を細かく刻んで炒めたスパイス野菜、山盛りの固パンに塗った自家製ハーブバター。
見た目は粗野だが、盛り付けが、食卓に彩りを添える。
カレーの表面には油がキラキラと浮かび、湯気が立ち上ってエイリの鼻をくすぐる。
エイリが席に着くとトリエが取り分けてエイリの前にドンと置く。
「冒険者は体が資本だ! 特に男はデカくて強くて頼りがいのある体になんねーとな! 食え! 食ってデカくなれ、エイリ!」
「お、おう……! いただきます!」
「遠慮すんな! 今日はお代わり自由だからな!」
トリエは大皿からカレーを山盛りにすくい、エイリの皿にドバドバ注ぐ。
次にスパイス野菜をフォークで山ほど乗せ、パンをちぎって添える。
トリエの動きは荒々しくも優しく、エイリの皿がすぐに埋まる。
トリエ自身は控えめに取り分け、酒瓶を傾けてグラスに注ぐ。
エイリは食った。
とにかく食べた。
「うまい……! トリエ、これヤバいくらいうまい!」
「だろだろ! 隠し味に私の愛情たっぷり入れてあるからな!」
スプーンを口に運ぶたび、じゃがいものほくほくした食感とスパイスのキレ、干し肉の旨味が爆発する。
カレーの辛味が後からじわっときて、エイリは思わず目を細める。
「辛っ! でも……止まらねぇ!」
「それそれ! 男なら汗かいて食え!」
エイリは無言で皿を空にし、トリエに物欲しげな目を向ける。
「お代わり……!」
「おう! ほらよ!」
「俺、デカくなる!」
「おう、そうだ! デカくなれ!」
「俺、強くなる!」
「おう、強くなれ!」
「俺、頼りがいのある男になるから! 絶対に! だから!」
「そうだ! お前は強くなる! デカくなる!」
「俺と一緒に、塔に登ってほしい!」
「……っ!?」
トリエの頰が一瞬で真っ赤に染まり、グラスを持つ手がピタリと止まった。
エイリは勢いのまま言葉を続け、スプーンを握ったまま身を乗り出す。
「俺は、トリエと塔に登りたい!」
「ひゃあっ」
「塔に登って冒険がしたい!」
「分かったっ! 分かったから!」
「塔に登って思い出を作りたい! 俺はトリエと塔に登りたくてしょうがないんだ!」
言葉を重ねるたび、トリエの顔面が赤くなっていく。
「……坊主。それくらいにしておけ。トリエが死んでしまう」
エイリの言葉を遮るもの。
小柄で幼い少女だが、どこか荘厳な気配を纏っていた。
エイリが目を丸くした。
「って、ベル様!?」
「おう。久しぶりじゃのう。元気しとったか?」
扉の影から現れたのは、ベルギルドマスターのベル。
ゆったりしたローブを纏い、銀色の髪が肩に流れ、瞳には古い叡智が宿る。
ベルはテーブルを見てニヤリ。
「おぉ~、カレーか! ワシも混ぜてくれんかの?」
トリエは咳払いをし、グラスを慌てて口に運ぶ。
酒が喉を過ぎ、赤みがわずかに引くが、目は逸らしたまま。
ベルはテーブルの端にぺたりと座り込む。
手にした杖が床を軽く叩き、部屋の空気を引き締める。
「しばらくぶりじゃが、お前らそんな仲になっとったんか」
トリエは頬の熱を悟られまいと皿に顔を埋めるようにし、エイリはそっと椅子に座った。




