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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第3話

 ダンジョン――ヘイル王国・ムケ区画中央にそびえる灰色の巨塔の地下に広がる迷宮だ。

 入り口の門は鉄格子で封じられ、内部からは湿った風が絶え間なく吹き出し、訪れる者を嘲笑うように呻く。

 無限とも言われるその迷宮は、数多の凶悪なモンスターの坩堝と化していた。

 壁からは毒々しい胞子が舞い、床には古い血痕が染みつき、遠くで響く咆哮が心を削る。

 ヘイル王国の冒険者は皆こぞってダンジョンに押し寄せ、日夜レベル上げにいそしんでいた。

 朝霧のなか、開門前から長蛇の列ができ、夕暮れまで剣を振るい、傷だらけで這い上がる者たち。

 エイリとトリエもその一人だった。

 ダンジョン第二層。

 エイリは数匹の巨大な蜂型のモンスターと戦闘をしていた。

「うらっ! おらっ!」

 エイリは長剣を横薙ぎに振るう。

 刃先が空を切り、蜂の群れがブンブンと羽音を立てて旋回する。

 一匹の蜂が急降下し、腹部の針を閃かせて突進してくる。

 エイリは奥歯を噛み締め、足を踏み込んで体を捻る。

 剣の平で針を弾き返すが、衝撃で腕が痺れ、毒針が肩の皮鎧を浅く抉る。

 痛みが走るが、構わず体を反転させ、切り上げで蜂の脚を狙う。

「くっ……当たらねぇ!」

 エイリは息を荒げ、次の蜂に飛びかかる。

 蜂の群れは連携を取るように動き、一匹が囮となって正面から襲い、もう一匹が側面から針を伸ばす。

 エイリは後退し、壁に背を預けて剣を構える。

 心臓の鼓動が耳に響き、視界の端で蜂の影が揺らぐ。

 一進一退の攻防戦だった。

 それを、少し離れた位置でトリエが見守っていた。

「エイリ、まだかかりそうか?」

 トリエの鎧が微かに光を反射し、蜂の羽音に混じって金属の微かな振動音を立てる。

 エイリの動きを目で追い、隙を指摘する準備を整える。

 エイリが針を剣でガードしはじき返す。

「暇なら手伝ってくれよっ!」

 ガードの衝撃でエイリの腕が引きちぎれんばかりに痛む。

 はじき返された針が石壁に突き刺さり、毒液が滴って煙を上げる。

「手伝ったらまた『自分でやりたかった』って拗ねるだろ」

「違う! 今日は違うって!」

 エイリは叫びながら体勢を崩さず、蜂の胴体に飛びつく。

 指を棘に食い込ませ、蜂の重い体を地面に引きずり下ろす。

 エイリが剣を首関節に突き刺す。

 ザシュッ。

 蜂の胴体を別の蜂に投げつけた。

「そういう時に追い打ちをかけるんだよ!」

「分かってるって! 今やろうと思ってた!」

「やってから言うんだぞ、そういうのは」

 投げつけられた蜂の体が仲間と激突し、二匹がもつれ合うように転がる。

 エイリは即座に踏み込み、剣を斜めに振り下ろす。

 切っ先が蜂の甲殻を削ぎ、緑色の体液が飛び散る。

 蜂は後退を試みるが、エイリの追撃で地面に叩きつけられる。

 体が痙攣し、羽が無駄にばたつく。

「よし!」

 刹那、後ろから残された蜂の毒牙が迫る。

 ザシュッ。

 エイリが振り返ろうとした瞬間、蜂の首が切り落とされた。

「ほらっ 行動が遅いと不意打ちに遭うんだ。集中集中」

 トリエは飛び出し、巨大な斧槍を一閃させた。

 頭部が転がってエイリの足元に止まる。

「……助かった」

「安心するのは依頼を達成してからだ」

「……次は絶対自分でやる」

「ああ。見てるよ」

 トリエは斧槍を肩に軽く担ぎ直し、エイリに鋭い一瞥を投げた。

 トリエの息は乱れず、むしろ余裕の笑みを浮かべる。

「ほらっ、魔石取ったらここを出るぞ」

「……了解」

 エイリは剣を鞘に収めた。

 トリエの介入に感謝しつつ、悔しさが胸に渦巻く。

 蜂の死骸が床に広がり、周囲の空気が甘酸っぱい腐臭で満たされる。

 魔石――モンスターの体内に宿る結晶。

 形や大きさがギルドで共有されており、ロダンにて換金が可能だ。

 ギルド、冒険者にとっての収入源の一つとなっている。

 エイリは短剣を取り出し蜂を解体し魔石を取り出す。

「おっちょっとデカいかもっ」

「気のせいだ。さっさと終わらせろ。急がないと次が来るぞ」

 エイリは短剣の刃を蜂の甲殻に差し込み、慎重に剥ぎ取る。

 肉の感触が指に伝わり、ぬるりとした抵抗を感じる。

 魔石は掌サイズの青い結晶で、光を内包して脈打つように輝く。

 エイリはそれを布に包み、腰袋にしまう。

 トリエは周囲を警戒し、斧槍を構えたまま耳を澄ます。

 ……サラサラ……

 魔石を取られたモンスターは灰となりダンジョンへと吸収される。

 そしてまたダンジョンに現れるのだと、研究者は語る。

「トリエ、終わったぞ」

「それじゃ行くか」

 灰の粒子が舞い上がり、二人の足元を覆う。

 トリエはエイリの肩を叩き、先頭に立って通路を進む。

 エイリは後を追い、魔石の重みを確かめながら、今日の戦いを振り返る。

 蜂の羽音が背後で再び響き始め、二人は急ぎ足で第二層の出口を目指す。


 ダンジョンを出てロダンでの換金を終わらせると、二人はベルギルドへと戻る。

 ロダンで換金した銀貨の入った袋を腰に揺らしながら、エイリはそれを守るように手を添える。

 トリエは大股で歩き、時折路傍の露店に目をやるが、誘惑に負けず直進する。

 二人はベルギルドの木造の門をくぐり、軋む扉を閉める。

 トリエはダイニングの重い木椅子にどっかりと腰を落とし、肩を回して疲れをほぐす。

「ふぅ……エイリ、脱がしてくれ」

「おう」

 エイリはトリエの前に膝をつき、脚当ての留め具を外す。

 金属の留め金がカチカチと音を立て、プレートが床に置かれる。

 次に胸当てを緩め、トリエの体を起こして引き剥がす。

 鎧の内側から汗の臭いが立ち上り、トリエは首を振って空気を払う。

「あー楽になった。じゃあ飯にするか、エイリは着替えて来いよ」

「えっ、今日は俺が当番じゃ」

「気が向いたんだよ、しっしっ」

 トリエはエイリを押し出すように手を振り、キッチンへ向かう。


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