第33話
事件から数日後――
ロダン大会議室へと続く石畳の通路に、マモの重い靴音が響き渡っていた。
青筋が額に浮かび、拳はすでに固く握り締められ、白い手袋がきしむ音を立てていた。
扉の前で一瞬だけ立ち止まり、深く息を吸い込む。
そして、両手で重い扉を押し開けた。
ガシャァン!
会議室の中には、すでに六人が円卓を囲んでいた。
ニクスは靴底を机に乗せ、レヴィは指先で眼鏡を押し上げ、エルは扇子をぱちりと開き、フェルは欠伸を噛み殺し、ルゼは机に突っ伏したまま――そしてベルだけが酒瓶を抱えてニヤニヤしていた。
マモはわざとらしく靴音を鳴らして歩み寄り、椅子をガタンと引いて腰を下ろすと、肘をテーブルに突き、全員をぐるりと睨み据えた。
「説明してくれるんじゃろうな?」
瞬間、部屋に張り詰めた静寂が落ちる。
レヴィがゆっくり立ち上がり、眼鏡のフレームを人差し指で軽く弾いた。
「説明? それはあなたがするべきなのでは?」
バキィィィン!
マモの拳が円卓を直撃し、厚さ十センチはありそうな天板が、真っ二つに砕けた。
木片が飛び散り、ルゼの髪に何枚か刺さる。
マモの肩が隆起し、首筋の血管が浮き上がる。
「小僧が……今ここで殺してやろうか」
マモが立ち上がった瞬間、部屋の空気が重くなった。
ニクスが舌打ちし、フェルが欠伸を中断し、ベルが酒瓶をテーブルに置く音が異様に大きく響く。
エルが扇子をパチンと閉じ、優雅に片手を上げた。
「マモ、落ち着きなさい。レヴィ、説明してあげて」
マモがエルを睨む。
エルは扇子の内側で、誰にも見えない角度で薄く笑っていた。
レヴィが一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。
「マモギルドには通告通り、戦力の分散および資源独占分野の解体が決定しました」
マモが低く唸る。
「だから、それがなぜかと聞いておるのが分からんのかね、レヴィ」
レヴィが眼鏡を光らせた。
「やりすぎたのですよあなたは。浅層における新種のモンスター実験、それによるギルド全体の被害は……」
バンッ!
マモが今度は掌底でテーブルを叩き、折れた天板がさらに跳ね上がり、ルゼの前に落ちる。
ルゼがびくっと体を起こし、髪についた木片を払う。
「何のことかね! 新種のモンスター!? ああ、冒険者狩りが浅層で出たという話はもちろん聞いている。だが、それをワシの責任というにはあまりにも横暴ではないかね?」
レヴィが静かに、しかしはっきりと告げた。
「新種のモンスターの残骸から、マモギルドのギルド章が見つかっている」
マモが椅子を蹴り飛ばし、立ち上がる。
「それがどうしたのかね? ワシのギルドの者も冒険者狩りにやられている。その際に奪われたのかもしれぬなぁ。それこそそこに座っているベルギルドの小僧がギルドメンバーを殺傷した事件に関与しているという話も上がってきているが?」
ニクスが机に足を乗せたまま、舌打ちして叫ぶ。
「おいジジイ。話を逸らすなよ」
マモがニクスを一瞥し、鼻で笑う。
「小僧は黙っておれ」
ニクスが立ち上がり、指を突きつける。
「あんだとゴラァ!」
エルが鋭く目を吊り上げ、ニクスをぴしゃりと座らせた。
「ニクス黙っていなさい。レヴィ続けて」
レヴィが羊皮紙をもう一枚取り出し、テーブルに置く。
「もちろんそのギルド章だけで断定付けてはいない。我がギルド保有の『血の盟約』のスクロールを使用して、鑑定にかけた」
「なっ!? 貴様! しかし……あのアーティファクトはまだ未使用のはずだ! ……正しく作用するとは限らんはずだ! 使用制限が三回しかないレジェンダリーアイテムだぞ! 実験も出来ない環境のものを信用するわけにはいかな……」
「試したさ」
「……いはず……なにっ!?」
「ベルギルドの少年エイリを鑑定させてもらった。ベルにも許可は取ってある。また、ベルにも既にエイリのステータス鑑定を依頼済みだ。すぐにでも結果はわかるさ」
「世界書の鑑定を進めるためのアーティファクトを、そんなことに使ったのか!?」
「舐めるのもいい加減にしろ! 人造レベル六の生産、それに伴うヘイル王国の資源独占――その野望のためにどれだけの民を苦しめる気だ!」
レヴィの声が円卓を震わせ、部屋の空気が一気に沸騰した。
ニクスの拳がテーブルを叩き、エルの扇子がピタリと止まり、フェルの欠伸が凍りつく。
一瞬の静寂が訪れた。
マモはゆっくりと周囲を見渡した。
ニクスの怒り、レヴィの冷たい眼光、エルの無表情、フェルの苦笑、ルゼの眠そうな瞳、そしてベルだけが酒瓶を傾けてニヤリと笑っている。
マモは深く、深く息を吸い込んだ。
肩が上下し、巨体がわずかに震え、静寂の中でその吐息だけが重く響く。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……はっ、戯言を抜かしよるわ。……よかろう。認めてやる。冒険者狩りを作ったのはワシじゃ。じゃが、ワシは冒険者狩りを命じてはおらん。モンスターが人を襲う。至極当然の摂理じゃ。ワシには何も責任はないであろう?」
レヴィが静かに告げる。
「――入れ」
重い扉が軋みを上げて開いた。
そこに立っていたのは――アラだった。
白髪を後ろで束ね、無表情で部屋の中央まで歩み寄る。
マモが声を震わせる。
「なっ……!? お前、なぜ……!」
アラが深く、丁寧にお辞儀をした。
レヴィが静かに告げる。
「証人で私が呼んだ。ルール上問題はない。ではアラ、話してくれ」
アラが静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「全てをお話しします」
会議室の空気が、一瞬で凍りついた。




