表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/36

第32話

 事件解決の翌日。

 トリエとセツは病室で眠っていた。

 そのそばでベルが座り、俯いている。

 すると、病室の扉を軽くノックする音が響いた。

 エイリは一度だけ深呼吸し、取っ手に手をかけ、静かに押し開ける。

 部屋の中は薄暗く、白いカーテンの隙間から光が柔らかく差し込む。

 ベッドの上では、トリエとセツが包帯で顔までぐるぐる巻きにされ、まるでミイラのように横たわっている。

 ベルの座る椅子は古びた木製で、銀髪が肩から滑り落ち、顔の半分を隠していた。

 エイリが入ると、ベルはわずかに首を動かした。

 はらりと髪が流れ、唇に絡まり、瞳の端に溜まっていた涙がぽろりと零れる。

「おぉ……エイリか」

 掠れた声が薄く響いた。

 エイリは立ち止まり、奥に控えるトリエとセツへと目をやる。

「……トリエ……セツ……」

 その名を聞いた瞬間、ベルの肩が小さく跳ねた。

 ベルはすぐに顔を伏せ、銀髪が再び頬を覆う。

 膝の上で指がぎゅっと絡まり、爪が布を掻くかすかな音だけが、静かな部屋に響いた。

「……トリエと……セツは……もう」

 ベルの言葉が途中で途切れ、部屋が急に底冷えするほど重い沈黙に包まれた。

 エイリは静かに歩み寄る。

 靴音が古い床板を軋ませ、わずかに埃を舞い上げた。

 そしてベルの前で膝を折り、目線を合わせるように顔を寄せる。

 ベルの瞳に映るエイリの表情は、驚くほど穏やかだった。

 涙に濡れた銀色の瞳を、まっすぐ優しく見つめ返しながら。

「……騙されませんよ」

 エイリの言葉が落ちると、突然、トリエとセツが体を跳ね起こした。

 ベッドのスプリングが軋み、二人の包帯がずれて顔が露わになる。

 トリエは腕を投げ出し笑った。

「だーっ、やっぱりバレたかぁ!」

 セツはベッドから体を起こし、親指を立てた。

「エイリ、よく見破ったな」

 ベルは悔しそうに唇を噛み、頬を膨らませた。

「なぜじゃ! わしの作戦は完璧だったはずじゃのに!」

 エイリはベッドの方へ目をやり、トリエとセツを順に見つめる。

 二人は傷一つなく、頬もつやつやで健康そのものだった。

 トリエの赤髪が寝癖で跳ね、セツの黒髪が枕の跡でぺたんと潰れているのが、なんだか微笑ましい。

「二人は顔にダメージ負ってないのに、包帯グルグルなのはおかしいだろ」

 トリエが目を丸くした。

「確かにそうだ。ベル様のアイデアだったのに」

 セツは包帯を解きながら、頷いた。

「エイリは天才だな」

 ベルは立ち上がって悔しげに首を振った。

「しまったああああ! わしの完璧な計画が……」

 エイリは笑った。

「ははははははははははは!」

 腹を抱えて、涙を浮かべるほどの大爆笑が部屋中に弾けた。

 カーテンが風もないのにふわりと跳ねる。

 トリエは肩をすくめて苦笑し、セツは膝をバンバン叩いて一緒に笑い転げる。

 ベルは悔しそうに頬を膨らませ、「むーっ!」と唇を尖らせてふてくされる。

 エイリは唇をきゅっと噛み、肩を小刻みに震わせながら必死に笑いを堪えていた。

 それでも喉の奥から「ふっ、ふっ」と熱い吐息が零れ、視線をそっと皆に巡らせる。

 潤んだ瞳は涙と笑みで揺れ、まるで宝物を確かめるように、一人ひとりの顔を優しく、確かに撫でていった。

「はぁ……みんな元気そうで、本当によかった」

 その素直すぎる笑顔に、部屋の空気がぽっと灯ったように和んだ。

 トリエはもう我慢の限界とばかりに、包帯をぐいぐい剥ぎ取りながら叫ぶ。

「メリコの回復魔法でなんとかな。それにレヴィギルドの救助も早かったからな。腹の傷も、もうほとんど痛くない」

 セツは包帯を丸めて投げ捨てながら頷いた。

「エイリがあいつを早く倒したおかげで助かった。ありがとう」

 ベルはエイリの頭を軽く撫でた。

「二人とも……いや、あそこに居合わせた皆がおぬしのことを心配しておったぞ」

 エイリは皆の顔を見回し、声を低くした。

「俺も……何が何だか分からなかった。あの時、ポーンの思念が頭の中に流れ込んできて……彼女の最後の言葉が、胸に刺さって」

 ベルはエイリの肩に手を置き、優しく握った。

「まあよい。あの事件は解決したのじゃ。今は休むがよい。みんなで体を癒すがよい」

 トリエ、セツ、エイリは小さく頷いた。

 部屋に穏やかな静けさが降り、皆の息遣いだけがそっと重なった。

 エイリはベッドの端に腰を下ろし、トリエの手をそっと握った。

 トリエは指を絡め返し、セツはエイリの背中に頬を寄せ、ベルは皆を見回して満足げにふうっと息を吐く。

 包帯の匂いと、窓から差し込む柔らかな光の中で、四人の体温が静かに溶け合っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ