第29話
レラの放った金色の矢で、金狼鬼の巨体がわずかに傾ぐ。
その一瞬の隙を、トリエとアラは見逃さなかった。
トリエが地面を蹴り、赤い魔力の残光をまとった長剣を横薙ぎに振るう。
アラは風を纏い、双剣を交差させて金狼鬼の死角へ滑り込む。
二人の剣が同時に金狼鬼の胴を裂いた。
ズガァァン!
肉が深く抉れ、どす黒い血が溢れ落ちる。
金狼鬼が初めてよろめいた。
トリエが歯を剥いて笑う。
「またあいつか! 高みの見物決め込みやがって!」
アラが双剣を回転させて追撃を加える。
「今よ、トリエ! 脚を止めて!」
アラの声が鋭く響く。
トリエは即座に腰を落とし、剛剣を地を這うように構えて突進。
砂煙を蹴立てながら、金狼鬼の懐へと深く滑り込む。
同時にアラが跳躍。
双剣を逆手に持ち替え、宙で身を捻りながら喉元へ急降下する。
「ゴアアアアア!」
金狼鬼が咆哮と共に大剣を振り被る。
だが、もう遅い。
「うるせえよ!」
トリエの剛剣が横一文字に薙いだ。
ズシャァァッ!
刃が膝の関節を深く抉り、骨ごと肉を裂く。
右膝がばっくり開き、巨体がガクンと前のめりに沈む。
その瞬間、アラの双剣が首筋を掠め、鮮血が弧を描いて噴き上がる。
熱い血飛沫がトリエの兜と頬を叩いた。
トリエは血塗れの顔で歯を剥き、叫んだ。
「やれ、アラ!」
アラが着地と同時に双剣を交差させて金狼鬼の胸板を突き刺す。
刃が貫き、内部を抉る。
金狼鬼が初めて苦痛に吼えた。
その瞬間だった。
金狼鬼の全身から、じんわりと青い魔力が滲み出す。
霧のように広がり、トリエとアラの体を包み込んだ。
トリエの動きが一瞬、鈍る。
「こいつは……まずいな」
アラの風の渦が乱れる。
「これはユバスの!?」
青い魔力が二人の肌に絡みつき、無数の細い糸で体を縛るように、体力と魔力が急速に奪われていく。
トリエの膝がガクンと落ち、剣を支えに耐える。
アラの白髪が汗で重く垂れ、息が荒くなる。
金狼鬼の傷口が、青い光と共に泡立つように再生し始めた。
トリエは苛立ちを殺すような吐息を漏らした。
「この膂力で吸収までとか、やりすぎだろ!」
アラが双剣を強く握り、声を絞り出す。
「トリエ! 短期戦で沈めるしかない!」
「分かってる! 二人がかりでぶち抜く!」
トリエが真正面から剛剣を振りかぶり、
アラが横合いから双剣を閃かせて襲いかかる。
だが均衡は一瞬で崩れた。
金狼鬼が大剣を横薙ぎに振るった。
ただの払い──それだけだった。
吸い取った体力と魔力が過剰に注ぎ込まれ、風の呪いが刃に絡みついて唸りを上げる。
空気が裂ける音と共に、刃風がトリエの腹を真正面から抉った。
ズドン!
衝撃が鎧を貫き、内臓ごと吹き飛ばす。
トリエの体が宙を舞い、三メートル先の石畳に叩きつけられた。
鎧の腹部が蜘蛛の巣状にひび割れ、
割れた隙間からどす黒い血がどぷり、どぷりと溢れ出す。
「ぐっ……あぁっ!」
トリエが血を吐き、剣を支えに立ち上がろうとするが、膝が崩れる。
アラが叫ぶ。
「トリエ!」
金狼鬼が返す刀で裏拳を放つ。
アラが双剣でガードするが、衝撃は一切緩和されず、アラの体が吹き飛んだ。
地面を転がり、白髪が血に染まる。
レベル五の二人が、戦線離脱した。
金狼鬼が初めて、勝利の咆哮を上げた。
ガルルラララララララ!!
その頃、エイリとセツは五体目の狼鬼の魔石を砕き終えた。
エイリが立ち上がる。
ようやくできた余裕のある視界に、絶望が映し出された。
最初に見えたのは、アラだった。
腕を抑え、横たわり、息をしているのかすら分からない。
メリコはガレスの顔をまともに見て、首を激しく横に振り、必死に何かを訴えていた。
その瞳の先に、腹を押さえて血が溢れ、地面に膝をついているトリエの姿があった。
エイリは喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「トリエ……! トリエ!」
体が勝手に動き、走り出そうとする。
だがセツがエイリの腕を強く掴み、引き止めた。
セツの指が食い込む。
セツは低く、しかし鋭く吐き捨てる。
「今は……ダメだ!」
エイリは声を震わせて叫び返す。
「だってトリエが! トリエがあんな状態で……!」
セツはエイリの腕をさらに強く引き、顔を近づけて睨みつけた。
瞳に涙が浮かび、唇を噛み締めながら、声を絞り出すように言った。
「恨んでくれていい! でも今はあいつがいる! 隙を見せたら終わるぞ! お前まで死んだら……トリエはどうなるんだよ!」
エイリは奥歯を軋ませ、金狼鬼を睨み据えた。
剣の柄を握る手が白くなる。
金狼鬼がエイリたちの方を見て、笑った。
そして踵を返し、トリエに向かおうとする。
その瞬間、エイリの心に金狼鬼の感情が流れ込んできた。
「雑魚に用はない」
刹那、エイリは走り出していた。
セツが反応できないほどの瞬発力で、守る者のための一歩が体を加速させた。
「トリエから離れろおおおおお!」
エイリが金狼鬼の背後へ飛び込み、剣を全力で振り下ろす。
だが金狼鬼は見向きもせず、体をわずかに横にずらしただけで攻撃を避けた。
エイリが着地したと同時に、金狼鬼の拳が振り下ろされる。
エイリは盾を掲げて受け止める。
ガァン!
衝撃でエイリの体が浮き上がり、地面に叩きつけられた。
盾がひび割れ、エイリの腕が痺れる。
金狼鬼がエイリを見下ろし、牙を剥いて笑う。
エイリは血を吐きながら立ち上がり、金狼鬼を睨みつけた。
「……お前は、俺が止める!」




