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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第28話

 トリエは長剣を構え直し、赤い魔力が体を包み込むように渦を巻いた。

 鋭い一瞥を自分自身に、次にアラの体に滑らせ、短く呪文を吐き出す。

「血と誓いの絆に連なる戦友よ。刃の牙を研ぎ澄まし、盾の壁を不壊とせよ。猛る力の奔流、砕けぬ守りの深淵。汝らの真価を、此処に顕現せよ! 『スティール・オブ・カムラディシップ』」

 赤い炎のような光が二人の体を覆い、筋肉が一瞬で膨張するような熱が走った。

 アラの白髪が逆立ち、トリエの鎧が軋む音が響く。

 アラは即座に双剣を交差させ、風の魔力を指先から紡ぎ出す。

 青白い風が渦を巻き、トリエの背中を強く押し始めた。

「北の荒野より吹き、南の奈落へと駆ける、決して休まぬ天の咆哮よ。歩め、走れ、這え、風は常に汝を追い、汝を許さぬ。永劫の追放者となれ! 『ネヴァーウィンド・バニッシュメント』」

 暴風がトリエの体を後押しし、足元が地面を抉るほどの推進力を生み出した。

 トリエの赤髪が激しくなびき、兜の隙間から汗が飛び散る。

 トリエは剣を肩に担いだ。

「それじゃあやるか」

 ちらりとエイリの方へ目をやり、口角をほんの少しだけ上げた。

 アラが鋭く睨み、双剣を低く構え直す。  

「……よそ見して勝てる相手じゃないわよ」

 トリエは舌打ちしつつ、笑みを深くした。

「わかってるよっ!」

 トリエの剛剣が唸りを上げて振り下ろされる。

 アラの風の呪いが後押しし、剣の軌道が空気を圧縮して歪めた。

 風は魔力を注ぎ続ける限り推進力が加速度的に増大していく。

 本来なら体の崩壊が先に訪れる危険な呪いだが、トリエは自身の肉体強度バフで無理やり耐え、余剰の力を攻撃に変換する荒業を繰り出した。

 剣が超高速で閃き、金狼鬼の巨体に迫る。

 ガキィィンッ!

 初めて、金狼鬼は自身の巨大剣を掲げてガードした。

 衝撃で地面が陥没し、砂埃が爆発的に舞い上がる。

 金狼鬼の足がわずかに沈み、赤い瞳に驚きの色が浮かんだ。

 トリエが歯を剥いて笑う。

「ようやく同じ土俵になったな! だが、ここから加速するぜ!」

 トリエは剣を連続で振り抜き、風の後押しで速度が刻一刻と上がっていく。

 一撃目が金狼鬼の剣を弾き、二撃目が肩を浅く裂き、三撃目が胸板を抉る。

 金狼鬼は大剣を回転させて防ごうとするが、トリエの動きが速すぎて対応が遅れ始める。

「おらおらおらおらおらおら!」

 トリエの足が地面を蹴るたび、風が咆哮のように唸り、剣の軌道が残光を引いて残る。

 金狼鬼が初めて後退を強いられ、巨体が砂を抉りながら下がっていった。

 アラはそれを援護するように側面から滑り込み、双剣を低く払って金狼鬼の脚を狙う。

 風の余波がアラの白髪を激しく揺らし、刃が空気を切り裂く音が連続して響く。


 一方、エイリとセツは五匹の狼鬼に囲まれていた。

 狼鬼たちは獣の本能で集団を組み、獲物の隙を伺うように低く唸りながら距離を詰めてくる。

 前から二匹が同時に跳びかかり、後ろから一匹が爪を伸ばして襲い、もう一匹が横合いから牙を剥いて突進してきた。

 エイリは盾を前に突き出し、前からの一匹の爪を弾き返す。

 衝撃で腕が痺れるが、即座に剣を逆手に持ち替えてカウンターを返す。

 刃が狼鬼の脇腹を抉り、熱い血がぶちまけられた。

「くっ……!」

 背後から迫る殺風を肌で感じ、エイリは体を捻った。

 大剣が髪の毛一本すら残さず空を薙ぐ。

 すんでのところで横に滑り込みながら、返す刃を振り上げて切り返す。

 ガキン!

 刃が金狼鬼の前脚を浅く削ぎ、硬い毛皮の下から赤い筋が走る。

 巨体がわずかに傾ぐ。

 その瞬間、セツが突進してきた。

「はぁっ!」

 握りしめた拳が唸りを上げ、崩れた顎に真正面からアッパーカット。

 ゴキッ、と鈍い音が骨を砕き、狼鬼の頭が鞭のように仰け反る。

 巨大な体が後ろへ吹き飛び、砂煙を巻いて背中から叩きつけられた。

 エイリは荒い息を吐きながら、熱を帯びた声を飛ばす。

「セツ! いいぞ! このまま一体ずつ確実に潰していく!」

 エイリは見えていたかのように、横から迫る狼鬼の爪を盾で受け流し、勢いのまま剣を突き刺す。

 刃が胴を薙ぎ、血しぶきがエイリの顔にかかる。

 熱い感触に顔をしかめつつ、エイリは剣を引き抜いて次の敵へ向き直る。

 セツが一歩滑り込み、低い蹴りを狼鬼の脛にねじ込む。

 支えを失った巨体が崩れ落ちる。

 エイリはそれを待っていた。

 踏み込みと同時に剣を振り下ろし、胸の中央──魔石が脈打つ位置へ正確に突き立てる。

 ザシュッ!

 砕け散る魔石の破片が金色の光を撒き散らし、狼鬼の体が一度だけ激しく痙攣して沈んだ。

 本来は換金用の魔石。

 冒険者としてそれを割るのはタブーだった。

 せっかく命がけで倒したモンスターの魔石を壊せば、収入がまるごと消える。

 だが今は違う。

 今は、それが確実な弱点であり、唯一の必殺の手段だった。

 二人は同時に息を吐き、視線が絡まる。

 言葉はいらない。

 まるで長年組み慣れた相棒のように、鼓動までが重なった。

 エイリが盾で敵を怯ませれば、セツの拳が追撃する。

 セツが体勢を崩せば、エイリの剣が確実に仕留める。

 即席のはずの連携が、まるで一つの生き物のように息を合わせていた。

 エイリは剣を一振り、血の粒を宙に飛ばしながら叫んだ。

「次だ、セツ! 右の奴は俺が引きつける!」

 セツが拳を鳴らし、笑みを浮かべて頷く。

「任せて!」

 セツは低く構え、右の狼鬼の突進を待ち構える。


 その様子を、第五層の川の上、岩陰からレラたちが静かに観察していた。

 レラは冷静に合図を送る。

「鑑定始め。第一目標、金の狼鬼」

 黒装束の一人がスクロールを広げ、魔力を注ぎ込んで詠唱を始める。

「古き獣よ、混沌の落とし子よ、血潮に流れる呪いを、すべて剥き出しにせよ。拒むな、隠すな、偽るな! 『ミラー・オブ・ザ・アビサル・ピアリング』」

 青い光がスクロールを包み、金狼鬼の体に照準を合わせる。

 数秒後、黒装束がスクロールを畳み、レラに差し出した。

「鑑定結果出ました」

 レラはスクロールを受け取り、目を細めて読み上げる。

「あの強さでレベル六ではないのか……スキル『吸性』だと。性魔ユバスの特性か、しかも女性特攻……。なぜ、と考えていても仕方あるまい。だが……これでは、計画に支障が出るかもしれないな」

 レラは弓を構え、弦を引く。

 金色の光が矢となり、魔力を込めて放つ。

 レラは静かに呟いた。

「次の鑑定の準備に取り掛かれ。『血の盟約』のスクロールを使用する」

 光の矢が弧を描いて飛んでいき、金狼鬼の肩をかすめて爆発した。

 衝撃で金狼鬼の体勢がわずかに崩れ、トリエとアラに攻撃の隙を与える。

 レラは弓を下ろし、薄く笑った。

「さて、英雄足り得るか」


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