第27話
最初に動いたのはアラだった。
白髪が風を切るほどの勢いでアラは跳び、双剣を交差させて金狼鬼の喉元へ突き刺した。
刃が空気を裂く鋭い音が響き、砂塵が舞い上がる。
だが金狼鬼は首をわずかに傾げただけで、双剣の切っ先をかわす。
最初からそこに攻撃が来ることを知っていたかのように、動きに一切の無駄がなかった。
アラの瞳が驚愕に見開かれる。
「──っ!」
次の瞬間、トリエが横から割り込んだ。
「ぼさっとすんな、アラ!」
長剣を大きく振りかぶり、剛力のすべてを込めて金狼鬼の脇腹を薙ぐ。
鎧が軋み、赤髪が炎のように翻る。
重い一撃は空気を圧縮し、轟音を立てて迫った。
金狼鬼は地面を蹴り、嘲笑うように体を捻った。
トリエの剣は空を切り、勢い余って地面を抉る。
「避けやがったか!」
石屑が爆発的に飛び散り、トリエの頰を掠めた。
二人の連携が、音もなく始まった。
アラが影のように地を這い、双剣を蛇の牙のように突き出す。
左、右、左、右、連続する突きは金狼鬼の膝から太腿を縫うように狙い、決して同じ軌道を辿らない。
トリエはその背後で一歩踏み込み、長剣を振り被る。
重い一閃が縦に落ち、アラの刃が開いた隙間を正確に貫くように降り注ぐ。
銀と鋼が交錯し、金狼鬼を中心に光の嵐が巻き起こる。
刃が空気を噛み、火花が散り、血の臭いがさらに濃くなる。
だが、全てが空を切った。
金狼鬼は体をわずかに捻るだけで、二人の連撃を完全に読み切り、かわしきった。
その動きは優雅ですらあった。
踊るように、遊んでいるように。
そして金狼鬼が初めて剣を振るった。
横薙ぎの一閃。
ただの払いだった。
まだ本気ではない、ただの牽制。
それでも空気が裂け、衝撃波が走った。
トリエが叫ぶ。
「速ぇ……!」
トリエは体を反らし、背中を地面に擦りつけるようにして避けた。
赤髪が砂にまみれ、息が詰まる。
アラは膝を折り、しゃがみ込んで剣を潜り抜ける。
刃の風圧が白髪を逆立てた。
金狼鬼が──にやりと笑った。
牙を剥き、剣を切り返す。
そして本気の袈裟斬りを放った。
その一撃は、レベル五の二人を確実に殺傷しうる力を秘めていた。
剣が空気を圧縮し、轟音を立てて振り下ろされる。
大気がねじれ、鼓膜が内側から突き破られるような衝撃が走った。
「アラ、避けろ!!」
トリエは咄嗟に叫び、腕を伸ばした。
指先が必死にアラの肩を掴もうと空を掻く。
届かない。
アラの瞳に金狼鬼の刃が映る。
避ける時間も、剣を構える時間も、もう残されていなかった。
ガキィィン!
金属が圧力で折れ曲がる、耳を潰すような音が響き渡った。
ドゴォン!
「ぐおおっ!」
何かが吹き飛び、ボス部屋の扉に叩きつけられた。
重い衝撃音が洞窟全体を震わせ、扉がひび割れる。
それはガレスだった。
巨漢が盾を掲げて飛び込み、トリエとアラを庇ったのだ。
盾は蜘蛛の巣のようにひび割れ、ガレスの巨体が扉にめり込むように激突した。
鮮血が口端から滴り落ち、意識が一瞬で闇に落ちる。
ガレスの右腕は不自然に曲がり、血が噴き出していた。
だが──盾は耐えた。
ガレスの命は、盾に守られた。
ガレスの想いが、最後の希望を残した。
メリコが涙声で駆け寄る。
「ガレスさんっ!」
涙を浮かべて駆け寄り、光を放つ掌をガレスの胸と手に押し当てる。
最悪は続いた。
第五層から川を伝って、ドスッドスッ、ドスッドスッと五つの黒い塊が落下してきた。
先ほどトリエとアラが戦っていたサイズの狼鬼たちだった。
五匹すべてが深い傷を負いながらも、赤い瞳を輝かせて立ち上がる。
血まみれの牙を剥き、唸り声を上げながら周囲を囲む。
エイリは剣を握りしめた。
「なんで……どこにこんな数が……!」
セツは拳を鳴らし、低く唸る。
「『食わせる』予定の狼鬼かもしれない。手負いの獣だ。……慎重に相手するぞ」
トリエとアラは金狼鬼から距離を取り、息を整えた。
トリエが舌打ちしながら剣を構え直す。
「ったく……もう温存は無しだ。やるぞ、アラ」
アラは白髪を耳にかけ、双剣を軽く鳴らして交差させた。
「これ以上は……出てこないと信じるしかないな」
金狼鬼は静かに二人を見据え、巨大な剣を肩に担いだ。
赤い瞳を細め、牙を覗かせて笑った。
その表情には、もはや獣ではなく「人」の知性が宿っていた。
トリエとアラの詠唱が始まろうとしていた。
トリエの赤い魔力が渦を巻いて立ち昇る。
アラの吐息が青白く光り、双剣の刃に氷の紋様が走る。
空気が軋み、洞窟全体が二人の魔力に揺れた。
アラの双剣が青白く輝き、風がアラを中心に渦巻き始める。
二人の魔力が共鳴し、洞窟の空気が熱を帯びて歪み始めた。
その様子を──第五層の川の上、岩陰から冷ややかに見下ろす集団がいた。
レヴィギルドの黒装束三人組と、金髪のレラ。
レラは弓を手に、静かに仲間に指示を出した。
「状況は上々だ。鑑定班、準備。整ったら待機。合図を待て」
黒装束の一人が羊皮紙とペンを構え、もう一人がスクロールを展開して魔力を注視する。
イチ、フタ、サンが声を揃えた。
「「「我々にご命令は?」」」
レラは薄く笑う。
「君たちはもう十分だ。先に帰還しても構わない」
三人組は無表情のまま、声を重ねる。
「「「では、最後まで見届けても?」」」
レラは弓を握りしめ、金狼鬼を見下ろした。
「……ほう。そこまで期待させるか。──好きにしろ」
川の水音が騒がしく響き、魔力の奔流が洞窟を満たし始めた。
金狼鬼が一歩踏み出す。
トリエとアラの詠唱が頂点に達しようとしていた。
金狼鬼の赤い瞳が、愉しげに細められる。
──戦いは、まだ始まったばかりだった。




