第25話
トリエの長剣が狼鬼の大剣を弾き返すたび、金属の悲鳴が洞窟全体に反響した。
ガン! ギン! ガドン!
火花が飛び散り、トリエの兜の下で赤髪が汗に濡れて揺れる。
トリエは一歩踏み込み、剣を横から薙ぎ払うが、狼鬼は巨体を沈めると同時に身を屈め、即座に大剣を上段から振り下ろしてきた。
「意外とやるじゃねえか! この層で出てきていい個体じゃねえなぁ!」
トリエは剣の平で受け止め、膝が沈む。
ギリッと奥歯を鳴らし、全身の力を込めて押し返す。
狼鬼の息が熱く吐き出され、獣の臭いがトリエの鼻を突く中、トリエは剣を斜めに滑らせて相手の隙を狙う。
だが狼鬼は咆哮と共に大剣を横さまに回転させ、トリエの脇腹を刈るような一閃を放つ。
「当たるかよ!」
トリエは後ろへ跳び退き、剣先が鎧の側面を掠めて甲高い金属音と共に火花を撒き散らした。
息も継がせぬ連撃。
狼鬼の剣が嵐のように降り注ぎ、トリエの両腕が微かに痺れ始める。
「おーおーっ」
それでもトリエは歯を剥き出しにして笑い、血の味を舌で転がしながら剣を構え直した。
狼鬼の金瞳が殺意を灼き、真上から大剣を振りかぶる。
縦の一撃は空気を裂き、地面に影の十字を描いた。
トリエは両手で剣を盾代わりに翳し、真正面から受け止める。
衝撃が轟音となって炸裂し、足元の砂地が蜘蛛の巣状にひび割れた。
トリエの膝が深く沈み、靴底が土を抉りながら数歩後退を強いられる。
「隙あり!」
だがそこで、トリエは体を低く沈め、回転の遠心を味方につけて狼鬼の懐へ滑り込む。
砂煙を巻き上げながら、剣を下から突き上げるように薙ぎ上げた。
刃先が狼鬼の太腿をかすめ、血が滴る。
狼鬼が痛みに吼え、蹴りを放つ。
トリエは横へ転がって躱し、即座に立ち上がって剣を連続で振り抜く。
横、縦、斜め──三連撃が狼鬼の胸板を鋭く抉り、黒い毛皮の下から赤黒い筋肉がのぞく。
トリエは兜の隙間から牙を覗かせ、舌打ち混じりに笑う。
「重ぇな狼鬼! 誰に『食わせて』もらったんだ? ずいぶん図体デカくなってやがる!」
言葉の最後と同時に剣を下から跳ね上げ、狼鬼の大剣を弾き飛ばす。
返す刀で振り下ろす。
刃が肩口から鎖骨まで深く食い込んだ。
鮮血が霧となって弾け、狼鬼の巨体がわずかに傾ぐ。
トリエは血の匂いに鼻を鳴らし、さらに踏み込もうとした瞬間──狼鬼は裂けた脛を引きずりながら、痛みをまるで感じていないかのように巨体を捻る。
大剣が唸りを上げ、風を切ってトリエの胴を刈りにきた。
「っ!」
咄嗟に両手で剣を横に払い、刃と刃が激突。
甲高い金属音が耳を貫き、火花が視界を白く染めた。
二つの剣が火花を散らしながら絡み合い、互いに噛み合う。
トリエは歯を食いしばり、全身の体重を剣に預けて押し込む。
対する狼鬼は、低く地を這うような唸りを漏らしながら、膨張した腕の筋肉を震わせ、じりじりと押し返してきた。
刃がわずかに滑り、トリエの守りが軋む。
次の瞬間、狼鬼が獣のような咆哮を上げて剣を振りほどく。
そのまま上段に跳ね上げられた大剣が、処刑人の斧のように連続で振り下ろされる。
一撃目。
二撃目。
三撃目。
トリエは剣を斜めに構え、刃を流すように受け流し、受け流し、受け流す。
「ちっ……徐々に凄みが増してやがる。こいつ何かに焦ってるのか……?」
トリエは後退を強いられながらも、隙を見て剣を低く払い、狼鬼の膝を狙う。
刃が毛皮を裂き、骨に当たる感触が伝わるが、狼鬼は足を引いて躱し、代わりに爪を伸ばしてトリエの顔面を狙う。
トリエは首を傾けて避け、剣を逆手に持ち替えて狼鬼の腕を斬りつける。
狼鬼の動きが一瞬鈍る──その隙にトリエは腰を落とし、地面を蹴って低く突進し、剣を腹部に突き刺そうとする。
狼鬼は大剣を横に構えてブロックし、衝撃でトリエの体が弾かれる。
トリエは息を荒げながら叫んだ。
「お前ら! 今のうちに逃げろ!」
トリエに狼鬼の巨腕が襲いかかる。
トリエは咄嗟に、両腕を根元から薙ぎ払う。
だが血飛沫をものともせず、狼鬼は傷口を無視してトリエをがばりと抱き締めた。
「なんだ、締め落とす気か!」
次の刹那、体が宙を舞う。
狼鬼が腕を振り上げ、トリエを真上に放り投げた。
空中で体を捻ろうとするが、腕が痺れて動かない。
──着地までに何人やられる?
──どこでしくじった?
──あの狼鬼、通常個体より明らかに強い。育てられてるとはいえ異常だ。
思考が閃くより早く、ドン!
背中から砂地に叩きつけられた。
受け身は取ったが、頭の奥が一瞬遠のき、肺が潰れたように息が詰まる。
それでもトリエはすぐさま体を起こし、状況確認をした。
すり鉢中央で、エイリとセツが肩を並べて構えている。
二人の真正面──大猿鬼の死体に牙を突き立て、血肉を貪る狼鬼の姿があった。
トリエは頬を強張らせ、剣の柄を握り直して立ち上がる。
「エイリ、セツ! アラを連れて逃げろ! ここは私が食い止める!」
エイリは剣を握りしめ、声を震わせた。
「そんな! 俺も戦える……!」
トリエは鋭く睨みつけ、剣を一閃。
「ダメだ! 今すぐ逃げろ!」
だがその瞬間、狼鬼の体が金色に輝き始めた。
トリエは剣を構え直した。
「……嘘だろ」
トリエは「こいつは私より強い」と肌で悟った。
狼鬼が──笑った。
知性と感情。
モンスターには決してあってはならないもの。
それがレベル上昇によるものか。
その思考が隙となった。
狼鬼が一瞬で距離を詰め、腕が振り下ろされる。
刹那、狼鬼の腕が弾き飛ばされた。
双剣が闇を切り裂き、その姿がトリエの前に立ち塞がる。
アラは二刀を構え直し、血を払うように剣を一閃させる。
「ずいぶんな一撃だったな。借りは返させてもらう」




