第24話
重い石の扉が青い紋様を妖しく浮かび上がらせ、ゴゴゴッと地鳴りのような音を立てて左右に開いた。
パーティは一列になって中へ踏み込む。
足元は円形のすり鉢状に抉れ、中央に向かって段々に下っている。
壁は黒々とした岩肌で、天井は高すぎて松明の光すら届かない。
ガレスが低く唸った。
「このパターンは……大猿鬼か?」
アラは二刀の柄に指を這わせながら、静かに頷く。
「間違いない。第十層の定番だな」
トリエが笑って一歩前に出た。
「せっかくだ。ベルギルドで狩らせてもらってもいいか?」
ガレスは豪快に笑う。
「俺は構わねぇよ。見物させてもらうぜ」
メリコが優しく微笑んだ。
「何かあればすぐに回復しますわ」
アラは全員の顔を見回した。
「今日はボスを倒したら即撤収予定だ。みんながいいなら、私たちは構わない」
イチ、フタ、サンが声を完全に揃えて答えた。
「「「問題なし」」」
トリエが振り返り、鋭く二人を射抜く。
「エイリ、セツ。武器を構えろ」
エイリは剣を抜いた。
「了解した」
セツは指の関節をボキボキ鳴らす。
「わかった」
三人だけで、中央へ向かって歩き出す。
靴底が砂利を踏む音が、異様に大きく響く。
トリエは歩きながら、低い声で指示を飛ばした。
「真ん中に近づくと大猿鬼が上から降ってくる。それと同時に攻撃してくるから、絶対に油断するな。今回、私の魔法は一切なしだ。お前たちだけで何とかしてみせろ」
エイリは喉を鳴らして頷く。
「……了解」
セツは無言で一歩前に出た。
その瞳は、獲物を狙う獣のように鋭く細められている。
三人がすり鉢の底に到達した瞬間──
ズドン!
天井から巨大な影が音もなく落ちた。
地面が爆発するように跳ね、砂埃が視界を一瞬で白く塗り潰す。
エイリとセツは同時に身構え、正面へ鋭く体を向けた。
だが、煙の向こうに現れたのは、誰もが予想していた大猿鬼ではなかった。
確かに巨体は大猿鬼そのものだった。
ただし首が不自然にねじ曲がり、喉からどす黒い血を噴き上げながら、全身を痙攣させている。
両目は何も映さぬ白濁に変わり、すでに息は絶えていた。
エイリが声を震わせて叫んだ。
「トリエ……これ、大猿鬼か!? 攻撃していいのか!?」
トリエが一歩前に出て、剣を構えたまま叫ぶ。
「待てっ! 状況がおかしい!」
その瞬間──天井の暗闇から、もう一つの気配が降ってきた。
ドゴンッ!
地面が陥没するほどの衝撃。
そこに立っていたのは──狼鬼だった。
狼の頭を持つ人型のモンスター。
だが、その体躯は異常だった。
筋肉が異様に膨張し、血管が浮き上がり、毛皮の下で蠢いている。
右手に握られた大剣は、明らかに人間のもの──おそらくどこかの冒険者の遺品だ。
アラの顔が青ざめた。
「なぜ……浅層に狼鬼が!? ガレス! みんなを後ろに──」
言葉を終えるより早く──狼鬼の右足が横薙ぎに放たれた。
アラは咄嗟に二刀でガードしたが、衝撃は想像を絶していた。
体が宙を舞い、壁に激突。
背中の骨が軋み、口からどす黒い血が吐き出される。
ガレスが巨盾を構え、咆哮した。
「お前ら、扉から出ろ! ここは俺が守る!」
メリコが涙声で叫ぶ。
「でもっ!」
「いいから行け!!」
狼鬼の巨体が動いた。
大剣が縦に振り下ろされる。
ガレスが斜めに盾で受け流す。
ガキィン!
盾の表面が削れ飛び、甲高い金属の悲鳴が響き渡る。
ガレスが奥歯を軋ませ、喉の奥から絞り出すように叫んだ。
「化け物が! この階層で武器まで使いやがるのか!」
メリコが扉に向かって走り出す。
しかし──狼鬼がガレスを盾ごと蹴り飛ばし、一瞬でメリコとの距離を詰めた。
メリコが振り返った瞬間、狼鬼の爪が振り下ろされようとした──
ドゴォン!
火の玉が、狼鬼の顔面に炸裂した。
イチ、フタ、サンが完全に声を揃える。
「「「ちょうど良い手土産だ。我らのカルマの糧になってもらう」」」
その瞬間、三人の黒装束が完全に同期した。
一つの生き物が三つに分かれたかのように、動きに一切の無駄がなかった。
イチが正面から一直線に突進する。
斧を大きく振りかぶり、狼鬼の胸板を真っ向から割り裂く勢いで振り下ろす。
ズガァン!
斧が狼鬼の左肩から肋骨まで深く食い込み、肉と骨が弾ける音が響く。
血しぶきがイチのフードを赤く染め、狼鬼が初めてよろめいた。
しかしその隙を、フタが許さない。
イチの斧が食い込んだ瞬間、フタは狼鬼の死角──右後ろへ回り込んでいた。
短剣を逆手に持ち替え、腱を狙って低く滑り込む。
シュパッ! シュパッ! シュパッ!
アキレス腱、膝裏、太腿の裏側を正確に裂き、狼鬼の右足を機能停止させる。
巨体がガクンと傾き、血が滝のように流れ落ちる。
そこにサンが追撃を仕掛ける。
両手を広げ、簡易的に詠唱し指先から赤い魔力の渦を瞬時に形成する。
「燃えろ! 『ファイア・ボルト』」
ドゴォォォン!
直径一メートルを超える火球が三つ、同時に狼鬼の顔面へ直撃した。
爆炎が巻き上がり、狼鬼の毛皮が焦げ、肉が焼ける臭いが一気に広がる。
複眼が煮え滾り、視界を完全に奪う。
だが、それでも終わらない。
イチが斧を引き抜くのと同時に、フタが狼鬼の懐へ潜り込み、短剣を喉元へ突き立てる。
刃が気管を裂き、黒い血が噴水のように噴き上がる。
三人の連携は完璧だった。
イチの重撃で動きを止め、フタの精密な斬撃で機能を奪い、サンの魔法で焼き払う。
しかし──狼鬼の体が青白く光り出した。
「ガルガガガガルルガガガガガ! 『ガルルガガガルル』」
光が狼鬼を包み込み、裂けた肉が泡立つように再生していく。
焼けた毛皮が剥がれ落ち、新しい筋肉が膨張する。
折れた骨が鳴り、傷口が塞がっていく。
イチ、フタ、サンが初めて声を裏返らせた。
「「「モンスターが回復魔法を使うだと!?」」」
狼鬼は驚愕の隙を見逃さない。
一瞬で距離を詰め、サンの腹に蹴りを叩き込む。
サンが吹き飛び、地面を転がる。
イチ、フタが叫ぶ。
「「まずいっ」」
狼鬼の大剣が振り下ろされる。
ガン!
刹那、トリエが横から飛び込み、長剣で受け止めた。
衝撃で膝が沈み、地面がひび割れる。
エイリがサンを抱えて後退。
そして──セツが地面を蹴り、狼鬼の懐を一気に詰めると、そのまま跳躍。
鋭い蹴りが顎から鼻へと突き上がり、ゴキッと鈍い音が響いた。
狼鬼の鼻梁が潰れ、血飛沫が霧のように散る。
巨体が大きく仰け反る。
その隙を見逃さず、トリエが剣を高く掲げ、唇を歪めて笑った。
「悪いな。私と遊んでくれよ」
狼鬼の金色の瞳が、初めて明確な殺意を燃やし、真正面からトリエを射抜いた。




