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ここは地獄の一丁目  作者: 川合 佑樹


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第21話

 少女が大剣を肩に担ぎ、血の滴るツインテールを揺らして駆け出す。

 七人の冒険者たちが同時に喉を鳴らし、剣や槍を握る指が白くなる。

 リーダーが一番先に振り上げた剣は、少女の頭頂を真っ直ぐに割り裂く軌道だった。

 しかしその刃は、少女の大剣よりも一瞬遅かった。

 轟音が響いた。

 金属が真っ二つに折れ曲がる甲高い悲鳴と共に、リーダーの剣は根元からへし折られ、折れた刃が弧を描いて天井まで跳ね上がる。

 リーダーはその場で尻もちをついた。

 次の瞬間、少女の大剣が横薙ぎに閃いた。

 ザシュッ!

 三人の胴が、紙を裂くように同時に斜めに断ち割られた。

 鮮血が噴水のように噴き上がり、床の血だまりをさらに広げていく。

 残った四人が悲鳴を上げて後退る。

「ひっ……一瞬で!」

「化け物だ……!」

 少女は大剣を肩に担い直し、血の滴る刃先をぽたり、ぽたりと床に落としながらゆっくり振り返る。

 リーダーは折れた剣の柄を握りしめたまま、叫んだ。

「この件は……絶対に問題にしてやるからな……!」

 少女は答えなかった。

 ただ──薄い笑みを浮かべた。

 残った四人が互いの肩を掴み合い、よろめきながら通路の奥へと逃げ去っていく。

 足音が遠ざかり、血の臭いだけが濃く残った。

 少女は大剣を地面に突き立て、ずるずると刃を拭うようにして血を落とす。

 そしてエイリの方を振り向き、かすれた声で言った。

「またね」

 それだけを残して、少女は軽い足取りで闇の奥へと消えていった。

 血の足跡だけが、ぽつり、ぽつりと残り、やがてダンジョンの湿気に溶けていった。

 エイリは呆然と立ち尽くす。

「……いったい、なんだったんだ……?」


 数日後──ベルギルド・ダイニング

 朝の陽光が窓から差し込む中、トリエが封筒を握り潰す勢いで開封した瞬間、轟音のような叫びが部屋中に響き渡った。

「なんだこれはぁぁぁっ!?」

 封筒が床に叩きつけられ、白い紙がひらりと舞い落ちる。

 エイリが箸を置いて駆け寄る。

「どうしたんだトリエ!?」

 トリエは拳で紙をぐしゃりと丸めながら、声を震わせた。

「ロダンからだ……『ダンジョン内における不要かつ過剰な殺害行為、およびその補助行為の疑いにより、ベルギルドの活動停止処分を検討中』だってよ……!」

「活動停止……?」

 トリエは紙をエイリの目の前に突きつける。

「読め!『特に第四層における複数名の冒険者に対する殺害、およびその場に居合わせたベルギルド所属冒険者による補助行為が確認された』……ふざけてんのか!?」

 エイリは紙を受け取り、目を走らせる。

 文字が、刃のように胸に突き刺さった。

「……俺だ」

 トリエが鋭く振り向く。

「は?」

「数日前……一人で第四層に行った時に……」

 トリエの目が、怒りではなく、凍りつくような色に変わった。

「……お前、三層までって言ったよな?」

 エイリは俯いた。

「……ごめん」

 トリエは天井を仰いだ。

「……後で覚えとけよ。今はロダンだ。着替えるぞ!」

 二人は無言で部屋を飛び出し、鎧を急いで身に着けた。

 金属の留め具が乱暴に鳴り、革紐がきつく締め上げられる。


 ロダンの重い扉が、トリエの蹴りでバンッと開け放たれた。

 ホールにいた冒険者たちが一斉に振り返る。

 トリエはカウンターまで一直線に突き進み、両手をドンと叩きつけて仁王立ちになった。

「こんなもの送って来やがって! どういうつもりだぁぁぁっ!」

 カウンターの奥から、レトが静かに顔を出す。

「……トリエさん。ギルド長がお待ちです。奥へどうぞ」

 トリエはエイリの手を掴んで強引に引っ張る。

 ギルド長室に通される二人。

 扉が開くと、黒髪の青年がゆったりとした笑みを浮かべて椅子に座っていた。

 ハーデは立ち上がり、両手を広げて二人を迎える。

「やぁ、二人とも。待っていたよ」

 トリエはドカッとソファに腰を沈め、足をテーブルに乗せて睨みつけた。

「久しぶりだな、ハーデ。要件は分かってると思うが」

 ハーデは苦笑しながら、指を鳴らす。

「まぁ、お茶でも飲んで落ち着いて話そうじゃないか」

 トリエの拳がテーブルを叩き、木が軋んだ。

「落ち着いてられるか! 今すぐここ更地にしてやってもいいんだぞ!」

 レトが静かに部屋を出るが、トリエの殺気で手が震えていた。

 ハーデは椅子に深く座り直し、にこやかに微笑んだまま、書類をテーブルに滑らせる。

「ちゃんと手紙は読んだのかい?」

「活動停止処分だとかほざいてたな」

「検討だよ。検討。まだ君たちの話を聞いていないからね」

 ハーデは静かに体をねじり、エイリの方へ向き直った。

 穏やかな笑みが、さらに柔らかく深まる。

「今日はそっちの坊やに用があってね。話を聞かせてくれるかい? エイリ君」

 エイリは静かに一歩踏み出し、背筋をまっすぐに伸ばす。

「……はい」

 ハーデはにっこりと笑う。

「トリエと違って聞き分けがいいねぇ。良い子だ」

 トリエの額に青筋が浮かぶ。

「無駄話をしてると、首と胴は今日までの付き合いになるぞ」

「おー怖い怖い」

 ハーデは笑いながら書類を指で弾いた。

「つい先日、第四層でエイリ君によく似た少年と接触した冒険者が、『その少年にメンバーを殺された』って証言してるんだよね。それは本当?」

 エイリは即座に答える。

「いえ、俺は誰も殺してません」

「ふむ。だとすると証言が食い違ってしまうね。しかし、向こうはいくつかの証言があり、君は一人だ」

 ハーデはそっと身を乗り出し、声をひそめた。

「もう少し詳しく聞かせてくれるかな?」

 エイリは、あの血の臭いを思い出しながら、静かに語り始めた。

「……数日前。一人でダンジョンに潜って……第四層で、金髪のツインテールの少女が……七人の冒険者に囲まれていて……俺が割って入ったら、少女が一瞬で三人を……」

 トリエが初めて口を挟んだ。

「……お前、そんなこと一言も言ってなかったな」

「……すまなかった」

 ハーデは興味深そうに頷く。

「金髪の少女か……確かにその特徴の子が出てきたという報告は上がってきてる。ただ、彼らの証言にはその少女の話は一切なかった」

 ハーデは指で顎を撫で、目を細めた。

「なんか、きな臭いねぇ」

 トリエが立ち上がる。

「まだ疑うってのか」

「いや。もとより君たちを疑ってはいないよ」

 ハーデは静かに、しかし重い声で続けた。

「だが、トリエ。知っているだろう? 今、ダンジョンで何が起こっているかを」

 トリエの表情が硬くなる。

「……冒険者狩りか」

 ここ数日、ダンジョン浅層──第五層から第七層あたりで、次々と低レベル冒険者が無残に殺されていた。

 まるで獲物を狩るように、計画的に、残酷に。

 だからこそロダンは緊急説明会を開いた。

 全ギルドのレベル四相当以上は強制招集。

 事件当日、トリエは朝からロダンに張り付けにされ、エイリと一緒にダンジョンへ潜れなかったのだ。

「傷跡は違えど、似たような事件だ。冒険者たちが同僚を殺すなんてのはままある話だが、今回のは明らかにやりすぎだ。そうだろ?」

 トリエは奥歯を噛みしめ、拳をぎゅっと握りしめた。

「見えたぞ。この事件、私たちに解決させようとしてるな?」

「半分正解だ。この件は各ギルドでメンバーを募ることにしてある。共同案件だな」

 ハーデは新しい書類をテーブルに滑らせた。

「リーダーはマモギルドの剣姫アラ。サブリーダーは君に推薦しておいたよ。あとはレベル三相当のメンバーが数人つく予定だ」

 トリエは紙を一瞥して鼻で笑う。

「それで冒険者狩りを殺せってことか?」

「調査依頼だ。必要なら──殺しても構わない」

 トリエはエイリの腕を掴み、立ち上がった。

「了解した。行くぞエイリ」

 二人は部屋を飛び出し、廊下を早足で進む。

 レトとすれ違ったが、トリエは一瞥もくれず通り過ぎた。

 ギルド長室にレトが入りお茶を机に置く。

「……トリエさん、怒ってましたよ」

 ハーデは静かに微笑み、窓の外に広がる街並みを見つめた。

「怒られるくらいで済むなら、安いものさ」

 ハーデの瞳に、冷たい光が宿った。


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